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不浄のアルバ  作者: 北郷 信羅
第2章 鍛冶町に溢れる愛の形は
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18.聖女と打ち出祭り

 フレアがリンドの後を追って宿を出ると、わっと歓声をその身に浴びた。思わずびくと上体を引くが、それらの声はフレアに向いたものではない。大通りのあちこちにできた人集(ひとだか)りから、散発的に賑やかな声が上がっているのだ。


 鍛冶町は、今正に祭りに沸いていた。石造り中心の少々無骨な町並みも、本日は色取り取りの布やら花やらで飾り付けられていて、大分華やかな印象がある。


 その雰囲気に圧倒されてフレアが立ち尽くしている間に、リンドは町の中心部に向かってさっさと歩き出す。そのことに気付いて、フレアは慌てて後を追いかけた。この人混みでは、(はぐ)れると少々厄介だ。

 やや駆け足で彼女が追いつくと、リンドはちらとこちらに視線を向けてくる。


「―――それ、要るのか」

「何が」


 問い返すと、彼は自分の頭をぽんぽん叩く。どうやら、フレアがたった今頭に被せた頭巾(フード)のことを言っているらしい。ニーナに派手に吹っ飛ばされたこともあって、頭巾付きの外套はぼろぼろ。確かに羽織っていると、少々みすぼらしく見えるかもしれない。―――が、


「……要るのよ」


 とフレアは、それを目深に被り呟くように答える。


「晒してると、色々面倒なのに絡まれるから」

「だったら、もう要らないだろ」

「はあ?」


 思わず険のある声を向けても、彼はこちらを見もしない。

 ただ淡々と、言葉を返してくる。


「もう一人じゃないんだ。絡まれたって、俺やニーナが必ず助ける」


 それは予想外の言葉で、フレアは返答に詰まってしまう。

 しかし、僅かでも動揺したと思われるのは(しゃく)だ。故に彼女はふーっと息を長く吐き出してから、務めて冷静に声を出す。敢えて間を取ったのだ、と言わんばかりに。


「……まあ確かに、一番面倒そうなあんたに比べたら、他は大したことないかもね」


 そう言ってやった。しかし、それに対してリンドが何か言葉を返してくることは無かった。冷やかに正論など返されても困るので、フレアとしてはそれで(むし)ろほっとしたのだが。

 リンドは無言のまま、右に左に視線を向けながら通りを歩んでいく。


「―――ねえ。買い出しって、何買うつもりなの?」


 フレアはその背に問いかける。


「服買うなら、私も新しい外套が欲しいから―――」

「それは要らないって言っただろ」


 彼の視線が、こちらを向く。


「それに買うのは服じゃない。武器だ」

「武器?」


 訝しげな声を出して、フレアは彼を見る。より正確に言えば、彼の腰に差してある柄に布の巻かれた白い装飾の剣を見た。

 するとその視線に気付いたのか、リンドが補足する。


「俺のじゃない。ニーナのだ」

「あの子何も持ってないの? ……まあ、確かに素手でも何とかなりそうだけど」


 思わず腹を(さす)りながら呟いてしまう。しかしリンドは、首を横に振って見せる。


「始めから持ってなかったんじゃない。ナイフを持ってたんだが、少し前に折っちまったんだ」

「あぁ……」


 それも、別に驚かない。彼女が力任せに振るえば、ナイフくらい簡単に折れてしまうだろう。フレアが驚くとすれば、アルバートが他人の武器を買いに行こうとしていることの方だ。


「―――ていうか、それならあの子も一緒の方が良いでしょう」

「仕方が無いだろ。あいつにはもっと面白いことがあったんだから」


 フレアの指摘に、リンドは事も無げにそう返す。とても王家アルバートの王子の態度とは思えない。

 そんな言葉のやりとりをしながら二人は、南の大通りを蛇行して順に武器屋を当りながら北上した。


 ところが、リンドの目的は果たせない。店が軒並み閉まっているのだ。本日の祭りは本当に大きな催しのようで、この日限りの出店以外はどこも閉めて皆遊び歩いているようだった。


「……どうするの?」


 訊いてみると、彼はぽりぽり頬を掻く。


「―――明日にするか」

「これ、一日で終わるの?」

「……」


 知らないのか、返答までにやや間が空く。


「……明後日にするか」

「勘弁してよ……」


 先を急ぎたいフレアが溜息交じりの声を出すと、リンドは「仕方無いだろ」と言いたげな目でこちらを見る。

 言い合っていると、また一際大きな歓声が上がった。フレアたちの行く先―――中央広場の方からだ。


 中央広場は、鍛冶町にある三つの大通りの交差点だ。東西の旧街道を結ぶ東西通りと、旧都への道へ繋がる南通り、そして王国西部の町への道に続く南西通り。それら全てが、この中央広場の一点で交わっている。

 自然人通りは多く、本日の祭りでも最高の盛り上がりを見せていた。


「……何やってるのかしら」


 心持ち視線を高くして人集りのその先を覗き込もうとするフレアに対して、リンドはむしろ背を丸めて溜息を吐き出す。


「嫌な予感しかしない……」

「嫌な……って、」


 それで十分、フレアにも察しがついた。やや駆け足でリンドに先んじると、人垣の傍で爪先立ちして広場の中心の様子を窺う。

 すると人々の間から覗く視界の中に、小柄な黒髪の少女の姿が映った。


「―――さて、いよいよ決勝戦だよっ!」


 衆目の真ん中で、この催しの主催者と見られる男が叫ぶ。


「前回王者グルードと謎の飛び入り少女ニーナ……、勝つのは果たして!」

「何やってるのよあの子は……」


 フレアの呆れ交じりの呟きは、他の誰の耳にも届いていないようだった。

 当の飛び入り少女はというと、観衆の声援に「頑張りまーす!」と挙手して答えてみたり、肩を回してやる気をアピールしてみたりしている。


「最後の『面割』は、最高に堅い! 素手で叩き割るには、少々骨が折れる強度だっ!」


 主催者の声に合わせて、ニーナともう一人の大柄な男の前に大きめの木箱が置かれる。


「さすがの強者たちも一撃とはいかないだろうが、さて先に面を割るのはどっちか……いざ!」


 主催者の煽りに、観衆は大いに沸く。―――唯一結果が見えているフレアを除いて。


「さあ構えて! ……始めっ!」


 掛け声と同時に、ばきばきばきっと木箱が潰れる音がした。


「……」


 不意に訪れる沈黙。

 主催者も口をあんぐりと開けて、固まっていた。しかし毎年開催していて想定外には慣れっこなのか、すぐに対応する。沈黙を破って、わっと声を上げた。


「何と……何と一振り! 拳の一振りで頑強な面を破ったァ!」


 その声で、観衆も我に返ったようにわっと歓声を上げる。


「勝者は、ニーナ! 新たな王者が誕生しましたっ!」


 主催者の声に応えて、ニーナがむんと胸を張った。それを見てフレアは、思わず呆れ交じりの息を漏らしてしまう。すると、全く同じタイミングで誰かが息を吐いた。吐息を聞いた隣を見やれば、いつの間にか追いついていたリンドが蟀谷(こめかみ)を押さえている。

 今回ばかりは、フレアも同情してしまった。


 「面割」とかいう催しが終わって集っていた人々が散っていくと、ニーナがこちらに気付いてぶんぶん手を振ってくる。


「リンドさーん! 私、勝っちゃいました!」

「それは良かったな」


 返すリンドの声からは、微塵も「良かった」と感じられない。


「……騒ぎは起こすなと言ったはずだが」

「元々騒がしかったですもん。私が騒ぎを起こしたわけじゃありません!」


 ふんと(さか)しげに息を吐く彼女に対して、リンドはがりがり頭を掻く。


「目立つなと言った方が良かったかな……」


 そんなやりとりをしていると、不意に声を掛けられた。


「君らが、その子の同伴者か?」


 そちらへ視線を向けると、大柄な中年の男が歩み寄ってくる。先ほどの催しでニーナと決勝戦をしていた男だ。がっしりとした体格や頭に布を巻きつけ前掛けをした格好から、恐らく鍛冶士と思われる。ただその表情は穏やかで、体格の割にそれほど威圧感を受けない。優しげな雰囲気の男だった。


「同伴……、まあそんなところだな」


 リンドが答える。すると、男はにこりと微笑む。


「丁度良かった。今からそちらのお嬢さんをうちに招いて、新王者誕生を祝う(ささ)やかな宴を開こうかと思っていたところなんだ」

「お祝いですか!?」


 とそれにニーナが目を輝かせる。


「やった! 折角勝ったのに大した賞金も無くてがっかりしてたところなんですよ」

「ちょっと何言ってんのあんた!」


 慌ててフレアが声を上げるが、男が気を悪くした様子は無い。ははと笑って、うんうんと頷く。


「確かにここ数年は、名誉ばかり謳ってるからな。鍛冶屋組合の運営も楽じゃないが、この祭りの日に少々みみっちいなとは俺も思うよ」

「―――それで、あんたが代わりに祝ってくれるってことか?」

「なんであんたも乗っかってんのよ!」


 フレアはリンドの襟巻をぐいぐい引っ張りながら言うが、対する男は気にする様子も無く首肯する。


「賞金ってわけにはいかないが、美味い食事を出すことくらいはできる。君らにも御馳走するよ。―――どうだろう?」


 最後の問いは、渋っているフレアに向けられたもののようだった。


「ええと……、嫌というわけでは無いのですが、でもその……」


 先を急ぎたいが、しかし彼の誘いを無下に断るのも憚られた。序でに言ってしまえば、「美味い食事」という言葉にフレアは弱い。


「行きたくないなら、別に良いですよ。私とリンドさんで行きますから―――」

「それなら私も行く!」


 ニーナの声に、思わず言ってしまった。


「……すみません」


 頬を染めて詫びるフレアに、男は気にするなと手を上げて応える。


「決まりだな。俺はグルード。鍛冶士だ。―――君らは?」

「リンド。旅をしながら傭兵をしている。こっちは―――」

「フレア……です」

「そうか。よろしく」


 グルードは気さくに笑って挨拶すると、フレアたちを先導して歩き出した。


 *


 グルードが営む鍛冶屋は、南西の大通り沿いにあった。店の名はマークス。大きくは無いが、長く店を構えているであろう風格を漂わせていた。もちろん、この石造りの店も入口の扉には「閉店」の札が掛かっている。


「お店閉めてあんな催しに参加してて良いんですか?」


 文字を読んだのか察したのかは分からないがニーナが問うと、グルードはふっと笑って頷く。


「今日と明日はこの町で年に一度の『打ち出祭り』なんだ。こんな日にせっせと働く奴なんていないよ」

「うちで……? 変わった名前ですね」


 口元に手をやりながらフレアが言うと、彼は入口の戸を開けながら応えてくれる。


「ここは鍛冶で栄えた町だからな。その繁栄を祝うと同時に益々の発展を皆の手で『打ち出す』祭りなのさ」


 ただそう話した後に、彼の表情はやや曇る。


「……まあ、その繁栄は魔法王国との戦争のお陰なんだがな。―――嫌らしい話だろ?」


 鍛冶町は、魔法王国との東西それぞれの最前線に近い。よって、武具や防具を供給するのに最適な地点なのだ。

 ただ鍛冶町の装備が選ばれる理由は、それだけに留まらない。

 それをリンドが口にした。


「鍛冶町が栄えているのは、魔法素材を徹底して排しているからだろ」


 およそ五年前、新王ギルトの施策によって広められた「魔法素材」というものの存在が明らかになった時、この鍛冶町は(いち)早くそれを町から排することを宣言した。鍛冶屋の組合で町に入る素材の出所を明確にし、不明瞭なものは使わないこととしたのだ。結果、「鍛冶町の武具防具に外れは無い」という信頼感が生まれ、この町は「鍛冶町」として発展した。

 リンドが言いたいことは、そういうことだろう。


「あんたらの繁栄は、あんたらの努力で得たもんだ。嫌らしいって言うなら、魔法素材を密かに散撒(ばらま)いたアルバートこそがそうだろ」


 そう言葉を継いで、リンドはふうと息を吐く。そんな彼に、グルードは「ありがとう」と言って微笑んだ。


「まあ、最初は東の倉庫がすかすかになって、どうなることかと思ったけどな」


 言いながら、フレアたちを店の中へと呼び込む。


「―――さあ、入ってくれ」


 グルードについて、フレアたちは鍛冶屋の店内を通った。武具や防具が並べられた狭いスペースを抜け、それらを打つ作業空間を通ってさらにその奥まで行くと、そこに二階への階段がある。そして階段を上がると、そこはこの建物の居住スペースになっていた。上がってすぐの部屋は居間のようで、中央には木製の四角い大きなテーブルと椅子が四脚、壁際には戸棚が並び、小さいながら台所もあった。

 グルードはフレアたちに中央の席を勧め、自分は台所に立つ。


「少し待っててくれ。すぐにできる」

「すみません、ありがとうございます」


 席に着き礼を言うフレアの隣で、リンドは腕を組んで辺りを無遠慮に観察し、はす向かいのニーナは身を乗り出してグルードの作る料理を眺めていた。


「おじさんは四人家族?」

「いや、三人だ」


 ニーナの問いに、グルードが背中越しに答える。


「もう一人子供がいても良いなとは、相方と話していたんだが……」


 と、そこで彼の言葉は途切れる。それが気になってフレアが彼の方を振り返ると、ほぼ同時にリンドが口を開いた。


「―――それが、あんたの『依頼』か?」

「え……?」


 フレアとニーナの声が重なる。

 そして、台所に立っていたグルードがこちらを振り向く。


「……気付かれてたか」


 苦笑いを浮かべて、彼はそう言った。

■登場人物(キャラクターデザイン:たたた たた様)


【グルード】

挿絵(By みてみん)

鍛冶屋マークスを営む中年の大男。「面割」の前回王者。

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