第96話「荒野の当ててんです」
日付が変わって翌日。
そんなわけで今日は出店準備である。
朝食などの雑費でいささか消費。ヤラライには2万出そうとしたのだが今まで通りで良いと固辞された。また払えなかった間の支払いも良いという。命を救ってもらったんだからむしろボーナスを渡すレベルなのにこのエルフは本当に男前である。今回はお言葉に甘えることにして、せめて朝食をごちそうすることにした。
今日も商会に顔を出す予定ではあるのだが、チェリナもいないのに朝飯をいただくつもりは無かった。
いつも通りの港の見渡せる高台で、コンロ調理する。朝食代810円也。
残金447万1733円。
「ごちそう、さま」
二人で食後の珈琲タイムの時間にふと思い出した。もう一つ忘れていた案件を。
「そうだ、前から聞こうと思ってたんだがヤラライが喋ってる言葉ってミダル語なんだよな?」
「そうだ」
ヤラライが頷く。
「ちょっと頼みがあるんだが、元のエルフ語で喋ってみてくれないか?」
「それ、意味、あるのか?」
片眉を上げてこちらを見る。
「ちょっとしたテストだ。嫌ならかまわんが付き合ってくれると助かる」
「わかった、では……」
ヤラライは一度視線を斜め上を見やった後に話し出した。日本語で。
「俺が今話しているのが故郷で使われているエルフ語と呼ばれている言葉だ。もっとも今は里にまでミダル語は入ってきているのでエルフ語しか喋れないエルフはほとんどいなくなった。俺は諸国を回っているからかなりミダル語は上手いがな。さて友アキラよ、これで良いだろうか?」
おおう。
びっくりするほど流暢に語り出したぞ。日本語で。突っ込みたい気もするがこれで確定だな。どうやら俺は神さんのおかげで聞く分にはまったく問題無い能力を持っているらしい。なら次の実験は……。
「ああ、命の恩人ヤラライ。今までと違って流暢な喋りで驚いたぜ。俺は今エルフ語を喋っているつもりなのだがちゃんと聞き取れているか?」
エルフ語を意識して日本語のまま喋ってみた。通じたかどうかは……まぁヤラライの顔を見りゃ一発だな。目を見開いて驚いてるよ。
バッファロー出現時も革命内戦時すらもほぼ無表情だったってーのにそんなにびっくりしましたか、そうですか。
「……あ、ああ……聞き取れている。俺の方が驚いたぞ。まさかアキラがこれほどまでにエルフ語に精通しているとは……。まれに物好きな人間が覚えている事もあったが、大抵は片言だ」
うーん。この顔をスマホで撮っておきたい。電池切れてるけど。
「どうやら神さんにもらった能力の一つらしいんだわ。SHOPとコンテナと翻訳ってところかね?」
もう一つ、この世界に適応した肉体もだろうな。風邪一つ引いていないことを考えると病原菌に対する抵抗力なんかも与えられている気がする。逆に俺が病気をばらまいている様子も無いのでだいぶ肉体改造されたらしい。ショ○カーかよ。
彼は腕を組んで「ふむ」と頷いた。
「そうなのか……。さすが神の恩恵だな」
「まったくだ。その辺は感謝しないとダメだな。言葉がわからなかったら本当に詰んでたぜ。……ああそうだ、今後二人の時はエルフ語でも構わないぜ」
「ならばそうさせてもらおう」
うん。普段の言葉だと片言で聞きづらいからな。
「さて、そろそろヴェリエーロ商会に行きますか」
チェリナはいないが案内役を用意しておいてくれるらしい。メルヴィンあたりかね?
俺はタバコを踏み消してから歩き出した。
――――
「アキラさん、昨日はよく眠れまして?」
おい。
「こちらはやる事が多くて睡眠不足ですわ」
こら。
「主人がなかなか寝かせてくれないもので……」
なに頬を赤らめてるんじゃ。ただの仕事関係だろうに。
「それで露店の関係でしたわね。さて何から始めましょうか?」
なんでお前が担当なんだよ。
それは商会の商談室で一服しているときだった。扉のノックと共に入室してきたのはチェリナを遙かに超える超巨乳美女であった。
恐ろしいほどに妖艶な雰囲気を醸しだし、見るもの全てを魅了する魔女かはたまたメドューサか。思わず「なんでお前が出てくんだよ」と突っ込みを入れそうになったがなんとかその言葉を飲み込んだ。
昨夜チェリナに聞いた話なのだが、しばらく商会は「お母様」が取り仕切る事になっていたはず。なのにどうしてそのトップがいきなり出てくんだよ。意味がわからん。
彼女の後ろに商会で時々見た男性もついてきていたのだが、ほとんど視界に入らなかった。
「えーと、すみません、たしかチェリナ……さまの母君でしたよね?」
昨日の円卓会議では旦那の横で船乗りを惑わすセイレーンみたいな妖しい笑みで立っていたお方だ。
いまいち立ち位置のわからない人だが、わざわざ俺の前に出てくる人物ではないだろう。
「ええ。フリエナと申します。娘がたいそうお世話になっているそうですわね」
そこで男を惑わすような妖艶な笑みを見せつけてくる。恐ろしい……。
「い、いえ。こちらこそチェリナさまにはお世話になりっぱなしで恐縮ですよ。えー、ミセス・ヴェリエーロ」
「どうぞフリエナと呼んでくださいな。ヴェリエーロでは誰を呼んでいるのかわかりませんものね」
まぶたを眠そうに蕩けさせて濡れた唇を緩やかに持ち上げる。これは一種の兵器だな。
「えー。ではフリエナ様とお呼びさせいただきますね。それでどうしてフリエナ様が? チェリナ様に伺ったところ奥様は現在商会の責任者となっているようですが……」
混乱した国を立て直すためにチェリナとその親父さんはタッグを組んで仕事に粉骨しているはずだ。
そして完全に手の空いてしまう商会を奥さんが取り仕切る段取りのはずだ。今日は実質その初日なのだ。どれだけ忙しいか想像もつかない。
「どうしても何もアキラさんを案内するためですわ。何かおかしいことでも?」
おかしいことだらけだろう。見ろ、お付きの男も狼狽えてんじゃねーか。
「いえ……その、たしかにチェリナ様にはどなたかを商会から人を出してもらうように頼みましたが……」
露店の事を説明してもらえるのなら丁稚奉公の小僧でも十分なのだ。メルヴィンですら大げさなのだ。それがどうしてお前がいる。
「ええ。ですからわたくしが案内役ですのよ?」
なに熟れた枇杷の皮を剥いたような艶やかな笑みしてんだよ。
「その、フリエナさまはお忙しいお方なので、直々に案内など恐れ多いと申しましょうか……」
お付きが激しく首を上下に振る。お前も手伝え。一緒に説得しろ。
「生憎ですがわたくし以外の商会員は皆忙しいもので……わたくしではアキラさんに釣り合わないと思いますがぜひお許しいただけたらと思いますわ」
クッソ。完全に否定出来ない流れじゃねーか。ここで嘘つき呼ばわりする事も、断る事もできねーっつの!
チェリナよ、お前魔女の娘だったんだな……。あいつが強い理由がわかった気がするぜ。
「そ、そうですか……それではお願い……いたします」
俺、勝てる気がしない。
――――
彼女の衣装はこの国の民族衣装がベースになっているのだが、谷間を強調するような独特のデザインになっている。
太ももにも大胆なスリットが入り男を誘っている用にしか見えない。軽くウェーブのかかった赤紫の髪が腰のあたりまでふわりとなびいて、歩を進める度に輝いて揺れる。
その歩き方も腰つきを強調するような独特な歩法で、ともすれば娼婦と間違われそうだが身に纏う気品さがそれを打ち砕く。
俺が直前までタバコを吸っていたのに気づいたのか自らもキセルを取り出し艶やかに紫煙を吐きだした。濡れた桃の様な唇からまっすぐに吐き出される煙までもが美しい。
そんな絶世の美女と一緒に歩いているのだ。注目されない方がおかしい。
俺はフリエナと並んで。すぐ後ろにヤラライがついてきている。さらに後ろに大きな木箱を抱えたフリエナのお付きがついてきていた。注目度はチンドン屋以上だろう。
そういえば最近見なくなったなチンドン屋……。
などと現実逃避をしていると、俺の腕に彼女が腕を絡ませて体重を掛けてきやがった。ふざけんな。
「えー、マダム。歩きにくいのでできれば……」
「フリエナ。ですわよ?」
クソ。どうやっても主導権が取れない。最初見たとき羨ましいとか思ってすみませんチェリナの親父さん。これは気苦労するタイプですわ……。
中央広場までのさして離れていない距離を歩くあいだに10人中13人くらいに振り向かれた。二度見どころか三度確認してくる奴すらいた。うん。気持ちはわかるよ。
ようやく中央広場に到着すると、例の演説に使ったお立ち台は片付けられていた。
普段と比べるとだいぶ少ないが露店もちらほらと開かれている。街ゆく人々の顔は明るく、見た目以上に活気が戻っているようだった。
「雰囲気がいいですね」
「あら、わかりますのね」
きっと貴女ほどではありませんがね。
「さて、それでは露店の場所を教えていただけますでしょうか?」
「ええ、こちらですわ」
フリエナは腕をほどくこと無く俺の身体を引いていく。
二つの柔らかいものがね、こう、凶器なんですよ。当ててんですよねわかります。クソ。
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