第35話「最強商人と意外な来訪者」
式典終わりに、陣痛が始まってしまったチェリナを、エルフたちが優しく大急ぎで運び出し、パニクる俺を、ラライラが引っ張って、ヴェリエーロ商会ビルへと戻ってきた。
ここにはあらかじめ、現代日本の建材と、ドワーフのハッグによる超絶技巧の合わせ技で、最高の病室、最高の手術室が作られていた。
もちろん、出産のためだけに。
エルフの女性陣には、片っ端から買いあさった近代医療の本を渡してある。
もともと長い歴史で経験的に知っていた衛生観念を持っているエルフ達だが、これらの本に思うところがあったらしく、ここ数ヶ月で彼女たちの医療技術は大幅に上がっていた。
リクライニングチェアごと運ばれたチェリナが、最新の注意を持って、一度下ろされる。
運んでいた男エルフたちの表情は、強敵を前にした戦士の表情そのもの。
エルフ達は言っていた。
「アキラとチェリナは、もう全員の家族だ。人族であろうと関係ない。私たちにとって子供はもっとも大切にするもの。あらゆる生涯から守り通すと、一族全てで誓う」
彼らは言葉通り、手厚い補佐をしてくれていた。
……まぁ、人族であるチェリナからすると、あまりに過保護すぎると感じていたようだが、嫌がっていると言うよりは、くすぐったいというニュアンスだろう。
俺からしたら、感謝しかない。
もっとも最近はギルド設立のために走り回っていたので、ちょっと後ろめたかったのだが。
ラライラやルルイルたちは、気にしないで自分の仕事をしろと、笑って送り出してくれていた。
最高の病室だけではない、この世界には魔法……理術が存在する。
部屋の消毒は、エルフの精霊理術とラライラの空想理術の二重がけ。
さらに、チェリナの出産時には、神威法術の使い手であり、新たな教皇になることが決定しているユーティスにも来てもらう算段になっていた。
商売神メルヘスの強い加護を受けたことで、回復魔法……じゃなくて回復系の理術を使いこなす彼女がいれば、万が一の時も安心できる。
「お兄ちゃん! ……じゃなかった、アキラ様!」
飛び出してきたのは、旅立ちの地ピラタスで宿屋の娘だったナルニアだ。
出会った頃は幼女だったが、子供が育つのは早い。もはや少女ナルニアと呼ぶべきだろう。
今はチェリナのメイドとして、ここにいる。
「部屋の用意はできてるよ……出来ています! すぐに運び込んでください!」
「お、おう」
「もう! アキラさんは少し落ち着いて! 今から術式を部屋に展開するので、父さんはその後にチェリナさんを運び込んで!」
「了承」
エルフ達が慌ただしく、だが、丁寧に動き回る。
精霊理術が得意なエルフ達が、部屋にいくつもの理術を重ねがけしていく。
消毒だけではない。精霊の祝福の大盤振る舞いだ。
さらにラライラが、呪いや理術に対する防衛用の理術だけでなく、物理障壁を展開する理術までもを重ねがけしていく。
俺が狼狽しつつ、様子をうかがっていると、ラライラの母親ルルイルが俺の方に寄ってきた。
「大丈夫よー。安心して任せておいてくれればいいのよー。たとえどんな難産になっても、絶対に無事に産ませてあげるからー」
「そ、それは……」
この世界に絶対など存在しない。
世界最高の出産施設。それも現代地球をはるかに凌駕する完璧な体制を整えていても、万が一が起こる可能性は否定しきれない。
「そんな顔してちゃー、チェリナちゃんを不安にさせるわよー」
「う……」
た、確かに俺一人が狼狽えてたら、チェリナを不安にさせる。
「まったく……」
部屋の準備を待っていたチェリナが、ぼそりと吐き出す。
少し苦しそうに汗を流しながら。
「少し情けないですよアキラ様。これだけの準備が整っていて、なにを狼狽しているのですか」
「いや、でも……」
「仮に馬小屋で一人でも、アキラ様の子は産んで見せますとも」
いや、どこぞの神の子じゃあるまいし、そんな状況には死んでもさせん。
「少しは落ち着いて、深呼吸でもしてくださいな」
「お、おう。ひっひっふー。ひっひっふー」
「……あなたがラマーズ法をしてどうするのです」
はぁとため息を吐くチェリナ。
脂汗は流しているが、言葉遣いもしっかりしているし、思っていたより苦しい様子がない。それに気づいて、ようやく俺も少し落ち着いていく。
「本当に大丈夫なのか?」
「出産は病気ではありませんよ。それにハッグさんも言っていたではないですか」
ハッグが? なんか言ってたっけ?
「波動を使いこなせば、出産も楽になると。今は波動を使っていますから、他の人より圧倒的に楽ですよ」
そういやそんなこと言ってたような。
ドワーフの女は波動を使うから、みんな安産だとかなんとか。
「まぁ、アキラ様やハッグ様と比べたら微々たる力ですが、女の戦いをするには、充分過ぎますよ」
「そ、そうだな」
最近はファフと訓練を重ねているせいで、俺の波動コントロールは大幅に上がっているので、もはやチェリナの波動とは比べものにならないが、そもそもチェリナは蛇の波動使いで、充分に一流の波動使いなのだ。
「分娩に俺は付き合った方が良いか?」
最近の分娩では、男親が一緒に手を握ったりすることもあるそうなので、言ってみたのだが、チェリナだけでなく、女エルフたちにも変な顔をされた。
「男性が出産に立ちあうのですか?」
「こっちの世界じゃしないのか?」
「するわけがないでしょう。父親はどーんと構えて待っていればいいのですよ」
「そ、そうか」
脳裏によぎったので、つい提案してみたが、確かに俺には向いてない。
内心、少し安堵してしまう。
「アキラ様! ユーティス様がお見えになったのですが……」
「おう! 来てくれたか!」
伝言を持ってきたナルニアの表情が妙だ。
「何かあったのか?」
「それが、一緒にお客様を連れてきていて」
「客? こんな時に?」
あのユーティスが、この緊急時に客を連れてくる意味がまったくわからん。
確認に行こうとする前に、ユーティスたちが俺たちの所に姿をあらわした。
そして、連れてきた客を見て、俺はひっくり返りそうになる。
「なっ……教皇猊下!?」
それも一人では無い。
太陽神ヘオリス教・教皇:アファ・ヴォフォル・マルファス。
月の女神テルミアス教・教皇:イェンユァ・ユィチュー・ルェイジー。
大地母神アイガス教・教皇:ダマグレウス8世。
さらに、空間神カズムス教・教主:クロソス・イタムまでいる。
全員と顔合わせはしていたが、式典当日と、打ち合わせの挨拶に行ったときに挨拶をしていた程度である。
世界三大宗教のトップ全員と、今までほとんど表に出てこなかった、カズムス教のトップのお出ましである。
商売神メルヘスの教皇になるユーティスも揃ってるんだから、表立って宗教活動をしているほぼ全ての宗教関係者が勢揃いしたことになる。
ヤラライが彼らを追い出そうとしたので、慌てて止めた。
さすがにまずい。
しかし、この世界の超VIPが、この忙しいときに、雁首揃えて何しに来たの!?
小説書籍の続きに関して感想をいただきましたが、作家個人ではどうしようもないことなので、出版社に問い合わせていただけたら、もしかしたら、なにか起こるかもしれませんw




