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GALA DINNER

本日2度目の更新です

 とうとう始まった晩餐会。

 前菜の前に、一口サイズの小さなレンゲに盛られたアミューズを出す。カモの燻製・梨のジュレ乗せ、かぼちゃのムース焼きチーズ添えの二種類。この、二品を楽しんでもらっている間に、いつでも前菜を出せるように準備する。

 ウェイターは、完璧な微笑みを張り付けており、厨房に入ってもそれが崩れることがない。

「前菜お願いします」

 ほとんどがアミューズを一口運んだ時点で、ウェイターの声が厨房に響き、料理人たちは前菜の皿の仕上げに取り掛かった。

 次々に仕上がる皿を、一人のウェイターが四枚ずつ運ぶ。水平に、料理人たちの手が仕上げたそのまま差し出す。


「前菜は、鶏の蒸し焼きにございます」

 鶏にレンズ豆を詰め、蒸し焼きにしたガランティーヌは、赤カブのピューレの上に乗せられ、客の目を楽しませるために、ザクロの実や、リンゴの千切りによって赤く彩られていた。

 真っ赤な前菜の鮮烈な登場に、客の目が輝く。

 一口運べば、ぴりりと走る刺激的な香りに、皆目を見開いた。

 その正体は、桃色の胡椒の実だ。総料理長が、この日のために用意した超高級品である。そのしびれるような刺激と香りが、ほんの少量にも関わらず、食べる者の食欲を掻き立てた。

 幕が上がったと同時に、客を引き込むジュリアの料理に皆夢中だ。王都では食べることができない、という点でも、彼女の料理の価値は高いが、毎度毎度驚かせるような演出があるのも、嬉しいことだった。


「まぁ、これは」

「相変わらず、素晴らしいね」

 国王も王妃も、楽しみにしていた年に一度のジュリアの料理に、微笑まずにはいられなかった。


 その様子を見ていたセザールは、妻の変わらず溢れる才能に、感服せずにはいられなかった。この内、ほんの一握りの客だけが、総料理長が女性であることを知っている。

 貴族というのは、男はもちろん女でさえも、『女性』というものを貶める傾向にあり、これが女の料理だと知ったら、必ずや幾人かは卒倒するだろう。

 若いころは、そんな彼らに苛立ったものの、今ではその様子を面白おかしく感じている。惜しみない賞賛の声を聞きながら、セザールは誇らしいのと面白いのとで、笑みを深くした。





「塩、あとほんの少し」

「はい」

 作業中の料理人たちの間を縫うように歩きながら、厳しい目線で鍋の中を確認するジュリア。前菜を出して、次はサラダ。生野菜のブーケを乗せたかのような皿は、キイチゴのソースをかければもう出せる。

 今はその後に出すスープの確認だ。

 丁寧に裏ごしし、絹のように滑らかな舌触りのかぼちゃのスープ。刺激的な前菜とは正反対のやさしい味わい。しかし、負けないような豊かな味わい。


 まだまだ晩餐会は始まったばかりだが、ジュリアは確実な勝利を確信していた。


 そんな母の様子を見て、娘のエメは本物の天才とは、このことだと思った。ジュリアの手が触れるものは、何でも輝きを増す。弟子の料理に、彼女が一振りの塩をかけるだけで、きらきらと輝く気がするのだ。彼女が手に取っただけの野菜でさえ、艶良く、さらに匂い立つように思えた。


 ちょっと皮むきが早くて、ちょっとメレンゲ作りがうまいからといって、私は母にはもちろん、ジャンにも届かぬ凡人だ。私が思いついたとされている菓子は、前世の記憶というズルをして得られたもので、母が生み出したルビー色の前菜とは次元が違いすぎる。


「エメ、魚料理の後に出す、フルーツの準備を始めよう」


 ジャン先生の言葉に、私は我に返ると、必要分の皿を作業台に並べた。

 先生が母の料理の雰囲気を壊さないように、ダイナミックに果汁のピューレをスプーンで飛ばした。それでいて、繊細なラインを描くジャン先生の指先を、私はただただ見つめた。見てどうにかなるものじゃないのかもしれない。しかし、見ていれば何かを得られそうな気がしたからだ。

 一皿一皿異なる模様が描かれ、いつでも主役を迎えいれる準備が整う。


「スープ下げます、魚お願いします」

「了解!」


 ウェイターの声に、魚の焼ける香ばしい香りが応えた。







 ベリーソースが添えられたオレンジで、魚料理を食べた後の口直しをしながら、昼間会った少女の姿を思い返した。

 自分の顔が隠れるほどのデイジーの花を抱えていた、十歳くらいの女の子。真っ黒な髪と、真っ黒な瞳に、僕は静かに驚いていたのだ。僕と同じ色をしている。それだけで、親近感を覚えた。この国にはあまりない色だから、怖がられたり、じろじろと眺められたりして、自分の髪が好きじゃなかった。妹がいたら、あんな感じかな。


 初めて出席する、両陛下の結婚記念祝賀会。それぞれの誕生日を祝うよりも華やかで、貴族たちは皆出席したがる。そんな中、僕の家は長年出席して来なかった。それは、父が魔法省の役人だから。

 国王陛下の盾となり、国民の砦となる魔法省の役人は、そのほとんどが伝統的に家系によって選ばれている。精霊を従えることの出来る力の流出を拒み、婚姻もだいたい決められた七つの家柄の中で行われるのがほとんどだ。そのため、主に婚姻を結ぶための社交も、限られた七つの家の中でだけ行われ、他の貴族との付き合いを嫌う。各家の娘たちは、他の貴族に見初められることのないように、年頃になるとベールをかぶり顔を隠して、厳重に守られるのだ。

 とはいえ、都合よく男女の数が揃うわけでもないし、年頃も違う。僕と同年代の娘は、合わせて三人。対して男は六人だ。僕は早々に、そのレースから降りた。

 理由? それは僕が一番不人気だから。

 別に醜い容姿だとは思わないし、馬鹿でもなけりゃ、魔法の腕が悪いというわけでもない。ただ、家を継げない男だからだ。

 七つの家は、結束を強めるため、各家の有望株、嫡男との婚姻を望む。その点、男六人中四人が長男。僕は末っ子の三男だ。はじめから論外。


 そんな男はどうするか?


 外に出て社交するのだ。まぁ、自由恋愛ができると思えば、気楽でいいけれど。おかげで僕は、後ろ盾もなく、この欲望渦巻く貴族の世界に投げ出され、今は慣れない肉料理と格闘してるというわけだ。

 十二歳の息子を一人で、両陛下の祝賀会に出席させるかねえ。普通。

 僕は両親が普通ではないことを思い出し、ため息をついた。


 一口、大きなナイフとフォークで切り出した牛肉を口の中に放り込む。

 濃厚な赤ワインソースの香りが、肉のうまみを引き立てる。コース料理も、肉まで来ると疲れ切ってしまうが、今日のは少し違った。食べたことのない味、香り、食感。そして、あっと驚く見た目。

 料理なんて、腹がいっぱいになればそれで良いと思っていたけど、それ以上のものがあったのだな、と僕は驚きを隠せなかった。

 そして、そんな料理に感動している大人たちの表情を見て、外の世界も悪くないと思った。






 厨房では、もうほとんどの料理人が、片付けに取り掛かっていた。そんななか、一つの作業台だけが、とびきりの緊張感に包まれている。

 ジャンの流れるような手つき。赤いフルーツのコンポートの上に、同じく赤いムースを置く。上には金色に輝く飴のドーム。

 前菜から始まった一連の料理を締めくくる、さわやかなデザートだ。


「デザートで、今夜の勝負は決まるんだ」


 ジャンがつぶやいた一言に、エメはその一挙手一投足を見逃すまいとする。勝負と母もジャンも言う。敵は客なのだろうか。「うまい」と言わせることに懸けている。驚かせて、感嘆させる。皿に付いたソースまで、きれいに食べさせてこそ、彼らの勝利なのだ。


「ここには、歓びの全てが詰まってる。それを分かち合いたい。その気持ちが大事だよ」


 華美な装飾はない。

 しかし、前菜の残した印象が再び蘇るかのような、真っ赤な宝石は、完璧だった。

 母の手と同じように、ジャンの手にも魔法が宿っている。きらきらと、本物のルビーのように輝くデザートの皿が、ウェイターたちによって運ばれていく。

 料理人たちが、客の顔を見ることはない。総料理長も呼ばれない。

 淡々と片付け始める彼らの姿を見ながら、エメは生まれて初めての達成感を感じていた。

 自分が手伝ったのは、ほんの少しのことでしかない。しかし、夢が生まれるこの場所に立ち会えたことが嬉しく、激しく脈打つ鼓動がなかなか収まらない。

 なんて、なんて素晴らしい仕事なんだろう!




「ブラーヴォ……」




 ディナー会場では、国王陛下の声と共に、大きな拍手が料理人たちに贈られていた。その賞賛は、厨房の彼らの耳にも届くほどで、皆が勝利の音に酔いしれた。









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