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突入

 何とか目当てをつけた場所は、2階以上が遊興施設や飲食店になった5階建てのビルだった。

 全ての店舗が、暴力団関係のオーナーによって経営されているようだ。

 ここに二宮が連れ込まれたのなら、それは一般客の入らない1階か地下だ。


 着信音を聞いて電話に出ると、二宮良治からの連絡だった。二宮のスマホのGPSが途絶えた場所を教えてくれた。このビルとは別の建物だったが、そこは二宮たちを監禁できるような場所ではなく、このビルとの距離も近かった。


 確実に二宮が居るとは言えないが、今の時点でこのビルより怪しい場所はない。居なかった場合も、確実に関係者がいるここなら次への手がかりを手に入れることができるだろう。


 こういったビルは、防火のために図面が消防署に提出されている。もちろんそれは、認められた人間にしか見ることができない物だ。その画像を安西は俺のスマホに転送してきた。


「安西。どうしたんだ? この図面は」

「まあ色々と。後で消しておいてください」


 安西がそう言うなら、詳しく聞くつもりはない。それより俺は、集まってくれた十数人の男たちに目的を説明する必要があった。全員、安西が口の堅さを保証するメンバーだそうだ。


「俺の店で働いていた二宮が、暴力団に捕まった。俺は今から助けに行くが、1人で乗り込んで二宮を助け出すのは難しい。みんなに集まってもらったのは、俺に手を貸して欲しいからだ」


 暴力団と聞いても、彼らに動揺する様子は全くなかった。


「一緒に乗り込んでくれと言ってるわけではない。やって欲しいのは陽動作戦だ」

 そして用意したものの説明をした。


「みんなには今からここにあるパーカーを着てもらう。イベント用に大量に作られて、既に廃棄されているはずの古着だ。数は余分にあるから、サイズの合うものを適当に選んでくれ。サングラスとマスクは今じゃなく、ビルに近付く直前に着ければいい。他に持ってもらうのは、自動車用脱出ハンマーと爆竹とライター。ノズルにピンを挿した催涙スプレーの缶だ」


 スプレー缶は市販品を加工したものだ。俺がまとめて入手していた物と、別に安西が調達してくれた物がある。加工といっても、ノズルの穴にピンを押し込んでから漏れないよう瞬間接着剤を塗り、乾いた後でノズルを押した状態に固定しただけだ。


 この催涙スプレーは唐辛子の成分をベースとしたもので、本来は直接相手の顔に吹き付ける。後遺症はないが激しい苦痛で行動不能になって完全に回復するまで1時間以上かかる。量が十分に多ければ、撒き散らしただけでも相手の行動を制限できる。


 その他の小物は安西が仲間と集めてきてくれた。計画に合わせて集めたというより、すぐに集められる物を取捨選択して計画を立てた。詳しい話はしなかったのに安西は非常に協力的だった。


「みんなにはビルから100メートルほど離れた所でバラバラに待機してもらう。予定時刻が近付いたら、その時間にビルの周りを囲めるタイミングで来てくれ。爆竹の音が開始の合図だ。まずそのハンマーで窓ガラスを割り、そこから火をつけた爆竹を投げ込む。さらにピンを抜いたスプレー缶も投げ込む。注意してくれ。抜くときは穴が顔と反対になるように持つんだ」


 俺は実際にスプレー缶を持って、その使い方を説明した。


「それが済んだら、パーカーも含めて配ったものは全て袋の中にいれる。それを2か所に停めてある車の中に窓から投げ込む。騒ぎになればすぐ警察が来るだろう。それまでに速やかに解散してくれ。何か質問はあるか?」


 幾つかの質問に回答して、俺からの説明は終わった。作戦開始は2時間後の午後8時だ。その間に人数分以上のスプレー缶を加工して、爆竹の導火線を色々な長さに延長する必要がある。


「あの辺りをうろついている人間に、高校生や大学生はあまりいませんね。バラバラとはいえ、数が多いと少し目立つかもしれません」

「何かいい方法があるのか?」

「そうですね。……いけそうだと思います。ちょっと写真を撮ります」


 安西はスマホで俺の写真を撮ると、メッセージを打ち込んでから発信した。


「何だ」

「湊河さんがあの周辺で二宮さんとデートをしている。という噂を流しました。これであの辺りに、(うち)の客が集まって来るでしょう」

「それはどうかな?」

「ダメ元ですよ。後でもう1つ送っておきましょう」

「次は何だ?」

「湊河さんがデートをしているところを見つけられて、店の客が2人を探している。という噂です。デートのじゃまをされる湊河さんが気の毒だな、というコメント付けて男どもに送ります。奮起してくれると思いますよ」




 そろそろ計画の時刻だ。俺は運転席に吉村を残して車を降りた。大きなスポーツバッグを担いで目的のビルへ歩いて行く。


 あちこちで顔見知りの姿を見つけた。この様子だと集まっているのは、数十人かそれ以上になりそうだ。安西の策の効果は予想以上だった。

 写真とは違う帽子とパーカーのおかげで、俺とは気付かれていないようだ。もし分かったとしても、そばに二宮がいないならデート中とは言えない。俺に話しかけてはこないだろう。




 目的のビルを前にして、俺の心はこれまでにないほど集中していた。もうすぐ予定の時刻になる。俺は全力疾走でここまでやってきた。運もあって順調に進んだが、ここからはあせりが重大な失敗につながる。


 心配なのは、小延の死を最優先させようとする<俺の中の意思>だ。俺がそれに逆らって心の中で葛藤が起これば、救出が成功するかどうかに関わる重大な支障になる。


 小延と再会したときに、すぐに殺そうとしない自信はあった。小延の命をこの手に握っていると思える間は大丈夫だ。二宮と脱出する際、場合によっては昏倒させた小延をかついで逃げることになるかもしれない。


 小延が既に死んでいた場合は俺も死ぬことになるが、それはあくまで二宮を救出した後の話だ。俺の中の意思もその実行を焦らないだろう。元々の計画でも小延の死から俺の死までには時間があったのだ。

 刑務所での死と違って、事故や心臓麻痺を装って死ぬこともできる。悲しませないのは無理だが、二宮の心の傷を最小限にする工夫はできる。


 これらのことを再確認した今は、俺は二宮の救出に俺の全てを集中させられる。もう少しすれば作戦の開始時刻だ。




 歩道の植込みの陰に、スポーツバッグから出した爆竹に火をつけて置く。俺はビルに入って、エレベーターの前で待つ振りをした。俺の置いた爆竹が鳴り始めると、ガラスの割れる音とともに驚くほど大きな爆竹の音が周囲に響いた。


 俺はゴーグルと鼻と口だけを覆う小型のガスマスクを着け、一般客の入らない1階のドアを開けた。防災上、このドアに鍵がかけられていないことは分かっていた。中からは最初ほどではないが大きな爆竹の音と、咳の混じった怒号が聞こえてくる。


 これだけ大騒ぎになれば、必ず警察が介入してビル内の捜索もするだろう。二宮を連れて行った連中もこの状況なら、殺人の証拠となる死体を作ろうと思わないはずだ。

 漏らされると致命的な情報を、二宮が知っているのなら話は別だ。だが素人にそんな情報を教えるのは、漫画やドラマの話だけだ。たとえ俺が下手を打っても、二宮が助かる可能性は十分にある。


 真っ先にこの階のブレーカーがある場所に行って、全ての電源を落とした。非常灯だけになった薄暗い屋内を歩きながら、俺は出会った人間の全てに催涙スプレーを吹きかけた。相手は既にまともに目を開けていられない状態で、ダメ押しをするのは簡単だった。


 暴力団関係といっても基本は経済活動を目的としたビルだ。銃火器の類が用意してある可能性は低い。手当たりしだいに部屋の中を確認していくと、それなりの立場に見える格好の男たちが居る部屋を見つけた。

 全員が目を開けられない状態なので俺が入ってきたことにも気付いていない。俺は手近にあった椅子を蹴り倒すと、爆竹の音に負けない大きな声で叫んだ。


「何だ! お前ら? おい、待て!」


 俺はその場でバタバタと足音を立てて、さらに言葉を続けた。


「お前みたいなガキがどこから入ってきた? おい! 一緒にいた男は誰だ? ……誰か! この女のガキを知ってるやつはいるか?」


 一番近くにいた男が、俺の呼びかけに対して何か言いたそうな素振りを見せた。俺はその口に予備のガスマスクを当ててやる。口と鼻を覆うだけのマスクだから目はまだ見えていない。


「大丈夫か? 顔がよく見えねえが誰だあんた? このガキと連れの男のことを知ってるのか?」


 この暗さの上に男の顔はガスマスクで半分隠れている。俺にこの男が誰だか分からなくても不自然だとは思われないだろう。


「ゲフッ! ゲフッ! ……そのガキっていうのは、たぶ、ゴフッ! ……船見が今日連れてきた奴らだ。どさくさで下から逃げてきたんだろ」


 二宮がここにいることは確定した。どうやら1階ではなく地下にいるようだ。二宮がこのビルにいなければ、事情を知っているか知ることのできそうな男を1人連れ出すつもりだった。俺は用の無くなった男を裸絞めであっさり気絶させた。

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