捜索
二宮の家に到着した俺たちは、早速彼女の部屋に向かった。PCの電源を入れると、パスワードを入力することなく起動することができた。まず立ち上げたメールソフトには、ごく最近の広告メールが幾つか残されているだけだった。彼女がメールを削除したことは明らかだ。
それなら、ファイルを復活させれば彼女が隠そうとしたことが分かる。データ復元ソフトをダウンロードして実行する。再度メールソフトを開くと、復元したメールが表示されていた。
数少ない送信済みメールを新しい方から開いて行く。最初のメールには携帯会社のメールアドレスだけが書いてあった。
「透花のアドレスです」
それを見た二宮良治が俺に言った。次のメールには、俺にはよく分からない単語が並んでいた。その意味が分かるか尋ねようとして俺が二宮良治を見ると、彼の表情は恐ろしいほど険しいものになっていた。
「分かるんだな? どういう意味だ?」
「男、19歳、健康、全て可能、女、16歳、健康、全て可能、そういう意味です」
「全て可能? 何が可能なんだ?」
「臓器売買です。全ての臓器を提供できるという意味です」
その言葉を理解するのに、数秒の時間が必要だった。
「どうして二宮が!? 彼女は……、絶対そんなことには――」
「分かりません……、が、可能性があるとしたら私のPCから情報を得たんでしょう」
「おい! どういうことだ? まさかあんた――」
小延の父親がつかみかかりそうな勢いで二宮良治に迫った。彼は多分勘違いをしている。
「警察なんだな、あんた。でも普通のお巡りさんじゃない」
園田弁護士は二宮良治を公務員とだけ言っていた。はっきり警官だと言わなかったのは公安だからか。
「詳しくは言えませんが、おそらくあなたの想像通りです。パスワードは厳重に掛けてあったのに、いったいどうやって?」
「その辺の経緯はいい。このアドレスの送信先は?」
「多重債務者の臓器、腎臓などを海外に売っている者がいます。その連絡先です」
「まさか!? じゃあ、智也は……」
小延の父親は、全身の力が抜けてしまったかのように座り込んだ。
「牛や豚じゃないんだ。そんなに簡単に解体されたりしない」
俺は彼の勘違いを訂正した。
「どうして君にそんなことが断言できるんだ」
「臓器移植について、少しぐらいは知ってるからな。人の体から取り出した臓器はそれほど持たない。心臓だとドナーから取り出して移植が終わるまでに4時間しかない。大がかりな手術室で何人もの担当者を集めて、ドナーと患者を並べた状態で行うことになる」
「国内じゃ無理ですね。手術は海外に連れて行ってからになります」
だからといって、安心できる状況ではない。二宮良治も全く緊張感を解いていなかった。
「それはこの街の暴力団がやってることなのか?」
「関わっているのは確かでしょう。取り仕切っているのは海外の組織だと思われますが」
「分かった。あんたはあんたの立場でできることをやってくれ」
「あなたは?」
「警官には説明できない」
二宮良治の目が鋭くなり、しばらく俺とにらみ合った。
「……分かりました。しかし私があなたに配慮できることはありませんよ」
「構わない。じゃあ、そっちはそっちで二宮を頼む」
俺はそう言うと二宮の家を飛び出した。
俺はタクシーを捕まえると、安西と電話で連絡を取りながら一度自宅に立ち寄った。金や免許証などを入れた小さなカバンを持って、待たせていたタクシーに戻る。そこからレンタカー店に向かった俺を、先に着いていた安西が出迎えた。
「車は?」
「準備させています。後は湊河さんがサインをして金を払うだけです」
「あの連中の居場所は?」
「樋口と木戸が確認しています。上南3丁目の雑居ビルです」
その2人は店の常連客で、安西のグループだ。俺は支払いを終えると、借りたワンボックス車に乗り込んだ。
「安西。お前は人をできるだけ集めてくれ。ただし暴力団がらみで危険がある。それでも構わない連中だけだ。集めるのはどこでもいいが、店から少し離れた場所にしてくれ」
目的地近くまで車を走らせると、見知った顔が手を振っていた。おれはその雑居ビルの前に車を止めた。
「この路地の奥です」
「分かった。お前たちは安西の所へ行ってくれ」
俺はカバンから長めの結束バンドとガムテープを取り出した。数本の結束バンドを右腕にゆるく巻き、数枚のガムテープを左腕に貼った。
路地を進んだ先。ビルの裏口がある場所に2人の男が立っていた。どちらもあの祭りの日にケンカをした相手で、今は暴力団の末端だ。俺に気付いた2人は、驚きの表情を見せてからこちらを警戒する姿勢になった。
身を守るように構えた相手の両腕をつかんだ俺は、抱くようにしてその腕を後ろへ回した。そして相手の両親指をまとめて右手でつかみ、左手で結束バンドを俺の手首から相手の親指までずらして締め上げた。最後に左腕からはがしたガムテープを口に貼って、軽く地面に転がした。
安西を相手に何度も練習をしていた成果があって、2人とも数秒づつの作業で済んだ。2人を両脇に抱えるとワンボックスまで運んで後席に投げ込む。呻き続けている2人を無視して車を店へと走らせた。
パーティションに囲まれた奥の席に二人を座らせる。明かりは点けていないため、窓からの光だけでは店内は薄暗い。
「お前たちに質問がある。風俗以外で組員以外の一般人を連れて行く場所があるだろう。何処だ?」
そう言いながら、口のガムテープをはがした。
「知らねえよ。そんなことはしてねえ」
「お前たちの話じゃない。組でそういうことがあるとき、連れて行かれるのが何処かってことだ」
「だから知らねえって」
「うわさ程度の話でもいい」
「しつこいな。知らねえもんは話せねえんだよ」
「そうか」
俺は再び2人の口にガムテープを貼ると、俺と話していた方の頭にフルフェイスのヘルメットを被せた。それから両脚をガムテープで椅子の脚に縛りつける。自分の手にバスタオルを巻き付けると、その手でヘルメットのあごの部分を軽く横へ叩いた。
全く痛くは無いはずだが、それをひたすら繰り返す。右から左、左から右、右から左、左から右、右から左、左から右……
数分間繰り返しただけで、男の目つきが怪しくなってきた。自分が何をされているのか分からず、不安が蓄積されているのだろう。俺はそろそろ説明してやることにした。
「ボクサーのラッキーパンチって知ってるか? あごを掠っただけなのに、相手が脳震盪を起こして倒れてしまうんだ。脳っていうのは頭蓋骨に固定されているわけじゃない。わずかに浮かんでいる状態なんだ。だからこんな風に叩いていると、その度に脳と体をつないでいる部分がすこしねじれることになる」
俺はジェスチャーも使って彼らに説明した。
「それが数十回なら問題ない。数百回でも、もしかしたら少し痺れるかも、と言う程度だ。叩くのを止めたら回復する。だが千回を超えるぐらいになるとちょっと事情は変わる。ダメージを受けた部分が元に戻らなくなってくる。動かなくなる部分がどんどん増えていって、最後にはベッドの上で一生を送ることになる」
その説明が2人の頭に十分浸み込むまで待って、俺は説明の続きを言った。
「体には傷一つ残らない。毒物の反応もない。だから後で面倒なことにもならない。信じられないか? だから2人連れてきたんだ。実際に壊れた人間をその目で見れば、疑うことはできないだろう」
叩いていた方の男が急に暴れはじめた。どうやら俺の言葉を信じたようだ。2人とも1度は俺に容赦なく叩きのめされた人間だ。この状況で俺の言葉を疑うのは難しいだろう。
俺は男が疲れて動かなくなるまで数分間放置した。動きが緩慢になると、俺はまた男のあごを叩き始めた。
「んん~。んっ、んっ、ん~~」
男が悲鳴のような鼻声を上げ始めた。
「どうした? 何か思い出したのか?」
必死になって首を縦に振る男を見て、俺はヘルメットを脱がすとガムテープもはがした。
「どうした? 何か思い出したのか?」
「ああ。……あんたの言って――」
「ちょっと待て」
俺は男の言葉を止めて、また口にガムテープを貼った。
「嘘をつかれても困るからな。先にもう1人から聞いておくことにする。答えが違ったらどちらかが嘘をついてるってことだ。そのときには予定通り、お前を壊してからもう1人に聞くことにする」
そう言ってから、俺はもう1人を居住部分まで運んだ。ガムテープを外して答えを聞く。
「実際に見たわけじゃない。ホントにうわさだけなんだ」
「いいから、何処だ?」
「本部があるビルから西に行った――」
再び店内に戻った俺は、先に聞いた男のガムテープをはがした。
「言っとくけど、確かなことは本当に知らないんだ。田場さんが口にしたのを一度聞いただけなんだ。あんたが向こうで聞いた鈴木だって、間違ったことを言ってるかも知れない」
「嘘かどうかは俺が判断する。早く言え」
2人の言った場所は同じだった。嘘を言っている可能性は低そうだ。
「後で解放してやる。お前たちから聞いたということを秘密にするつもりはない。組に始末されたくなかったら、さっさとこの街を出るんだな」




