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遊園地

 当日の服装は安西に選んでもらった。家の玄関まで迎えに来た安西に、着ていた服をダメ出しされたのだ。


「開園時間を考えたら、まだ早いと思うが」

「二宮さんを迎えにいくんですよ。全員の分のお弁当を用意してくれたそうですから、せめて荷物は持たないと」


 玄関を出て先に歩き出した俺に、安西が後ろから声をかけた。


「そっちは駅の方ですよ。二宮の家は反対です」

「いや。駅前のレンタカー屋に用がある」

「車で行くんですか?」

「荷物が多いなら、その方がいいだろう」

「免許、持ってたんですね」

「18になってすぐに取った。身分証明に便利だからな」

「ペーパードライバーですよね。二宮さんを乗せて大丈夫ですか?」

「免許を取る前にサーキットでプロの講習を4回受けた。教習所の教官にはお墨付きを貰った」

「……さすがですね」


 レンタカー屋では8人乗りのミニバンを借りた。黒い外車で、前席以外はガラスが濃いスモークになっている。サングラスをかけて運転席に座ると、安西が何か言いたげな顔で俺を見ていた。


「どうした?」

「もっとフレンドリーな車もありますよ?」

「安全のためだ」

「そんなに違いますか?」

「こういう車だと、周りの車が安全運転をするようになる」

「……まあ、そうでしょうね」

 

 葉山たちも俺たちと同じ理由で二宮の家に集まっていた。俺が二宮の家の前に車を止めると、すでに全員が玄関の外で待っていた。二宮以外は安西と同じような表情で俺と車を見た。


「車の運転が出来るんですね。知りませんでした」


 にこやかな顔で二宮が言った。一昨日、昨日と店で働いている間に、彼女の態度はすっかり元に戻っていた。いや、以前より親しさが増した気がする。


「さあ! みんなで遊園地に行くわよ!」

「なによ江美。急に大きな声で」

「誰かに通報とかされたらやだなって思って」

「大丈夫よ。1人で4人も拉致できないから」

「黒川。オレまでそっちに入れるな」

「一般人が見たらって話よ」

「俺の見た目はそんなにひどいか? 安西に選んでもらった服だが」

「……安西先輩」

「言っとくが、湊河さんの持ってない服は選べないんだからな」


 安西たちの言葉をフォローするように二宮が言った。


「あたしは店長さんらしくて好きです。その服」


 俺も素直に本心を言った。


「可愛い服だな。二宮によく似合っている」

「……ありがとうございます」


 二宮は少し頬を染めてそう言った。その隣で葉山が、満足そうな顔でうなずいていた。




 それぞれが何処に座るかでさらにもめた後、荷物と共に全員が車に乗り込んだ。遊園地まで距離にして30キロもない。休日の渋滞があっても1時間ほどで着くだろう。

 走り出して10分と経たずに車は渋滞に捕まった。渋滞といっても完全には止まらず、時速10キロから20キロでゆっくりと走り続けている。


「店長さん。運転がお上手なんですね」


 葉山が感心したように言った。


「こんなにゆっくり走ってるのに、湊河さんの運転がどうかなんて分かるのか?」

「こんな渋滞だからこそ分かるんです。わたしは車だとすぐに気分が悪くなる方で、特に渋滞には弱いんです」

「やっぱりそうか。変に緊張していると思った。車にして悪かったな」

「いえ。それが今は全然平気なんです。何かコツみたいなのがあるんですか?」

「よく言われるのはスムーズな加減速、特に減速だな。すぐ前の車だけでなく、その2~3台前まで見て動きを予測する。それから、減速する時には事前に同乗者に知らせる」

「それで運転中に何度も小声で『ブレーキ』って言ってたんですか。湊河さんの口癖だと思ってました」

「車の動きを予期していると揺れても酔わない。運転していたら酔わないのと理屈は同じだ」




 着いたのは入場者の9割が地元民という小さな遊園地だ。アトラクションはそれなりだが、二宮との親睦を深めるのに問題はない。


「あたし、遊園地って小学校の頃に2回来ただけなんです」


 二宮が期待に満ちた笑顔でそう言った。


「それなら、久しぶりということで色々と乗ってみるか?」

「あの頃は、身長制限で乗れなかったのが多かったから楽しみです。……もう大丈夫ですよね?」

「最大で130だから心配するな」

「最初は全員で乗れるのがいいよね」

「待って、早希。あたし高いのは苦手」

「辻野はジェットコースターが苦手か。二宮さんは?」

「乗ったことがないから分からない」

「店長さんに隣で手をつないでもらったら」

「そこまでは――」

「それなら俺は横に座ろう。つなぎたくなったらつなげばいい」

「でも、最初はみんなで乗れるのを――」

「だったらあたしも乗る」

「いいの?」

「オレが手をつなごうか?」

「えっ。いえ、いいです。つぐみ、お願い」

「いいよ。安西先輩は早希の手を握ってて下さい」

「わたしは――」

「早希も苦手なんですよ。この前もすごい大きな声で」

「それは声を出した方が――」

「じゃあ、そうしようか」

「あ、でも、あの、……はい」




 ということで、全員でジェットコースターに乗ることになった。ここの車両は2人掛けなので、俺と二宮、安西と葉山、黒川と辻野という組み合わせで乗った。


 カタン、カタン、と車両が昇っていくと、二宮の顔に緊張が増してきた。


「あ、……これ、あたしダメかも」


 俺は二宮の手をつかむと少し強めに握った。こちらを見た二宮の顔から緊張が抜けていった。


「目を開けてレールの先を見るんだ。動きを予測しながら方が怖くないから」

「車酔いと同じですね」

「そうだな」


 車両が下り始めても、二宮の様子は落ち着いていた。俺が言った通りしっかり前を見ている。後ろから辻野の絶叫と黒川の楽しそうな叫び声が聞こえてきた。




「……あたし、もう乗らない」


 辻野が精魂尽き果てたという様子でそう言った。


「あんなに静かな早希は初めてだったね」

「オレの方が騒いでたんじゃないか。大声を出した方がストレス発散になっていいぞ」

「いつもはそうしてるんですけど、今日はちょっと」

「オレが横だと遠慮して楽しくなかった?」

「そんなことないです!」

「……ああ、それならいいんだ」

「ユッカはどうだった? 初めてのジェットコースターは」

「楽しかった」

「じゃあ、別のに乗ってみる?」

「今度はもっと大人しいのにしよう。さっき頑張った辻野が決めてくれ」


 俺がそう言うと、辻野は周りをぐるっと見回した。


「あそこにします」

「え? ホラーハウス?」

「何だ。黒川はああいうのが苦手なのか」

「……別に、苦手ってほどじゃないけど、楽しいかっていうと――」

「つぐみ。スキンシップといえば定番でしょ」

「……分かった」




「苦手そうだったから、もっと騒ぐのかと思ったら、静かだな黒川は」

「安西さん。本当に怖いと声が出ないものなんですよ。暗くて良く見えないでしょうけど、さっきから歩き難いぐらい抱きつかれてます」

「自分で選んだだけあって、辻野はこういうのは平気なんだな。二宮さんもさっきから静かだけど」

「あたしは大丈夫です」

「ちゃんと手を握ってる? 店長さん」

「この暗さだったら、手を握るより腕を組んだほうが良くないか?」

「いいんですか?」

「こんなに小さい手だ。うっかり力を入れて、二宮の指や手首を痛めたりしないか心配だ」

「分かりました。いいお仕事のためですよね」

「二宮が痛い思いをするのが嫌だ」

「……」


 二宮は俺の言葉に何も返さず、俺の左腕に自分の右腕を絡めようとした。そして彼女の体が固まった。俺にはその理由がすぐに理解できた。

 俺の肘の高さは二宮の胸の高さだ。だから肘同士を絡めるには、二宮は自分の肩の高さまで肘を持ち上げないといけない。これはかなり無理のある姿勢だ。

 だから二宮は腕を組むというより俺の腕に抱きつくことになる。すると俺の肘が彼女の肩より前の部分に触れる。これが親子ならほほえましい姿だが、二宮には子供と違って柔らかい部分がある。


「やはり手をつないだ方が動き易いな。オレが気をつければ大丈夫だ」


 俺がそう言っても、二宮は俺の腕を離さなかった。そして俺を引っ張るように歩き出そうとした。俺は彼女に逆らわず一緒に歩いた。

 二宮はホラーハウスの仕掛けが目に入らないかのように、他のみんなを置き去りにして先へと歩いていった。先の方に明かりが見えてくると、二宮は俺の腕を離して先に外へ出ていった。


 俺が出口を抜けると、二宮はすぐ外のベンチに下を向いて座っていた。俺はその隣に腰かけた。


「……あたしのせいで、あまり楽しくなかったですね」

「騒々しいあの建物の中より、こうやって2人で話している方が俺は好きだな」


 二宮は頭を上げて、頬を赤く染めた笑顔を俺に見せた。




 その後も二宮は久しぶりの遊園地を楽しんだ。1つ例外があったのは、俺と安西が1人乗りのやや本格的なカートを走らせている間に、葉山や黒川と3人で乗った絶叫系の乗り物だった。

 俺たちが彼女たちに合流すると、二宮はまだ青い顔でベンチに座っていた。


「大丈夫? ユッカ?」

「うん。……あたし、こういうの平気だと思ったんだけど」

「今回は隣りにいなかったからね」




 昼をやや過ぎた頃に、俺たちは二宮の作った弁当を食べた。持ち込んだ食べ物をゆっくり食べるスペースがあるのが、こういう小さな遊園地のいいところだ。弁当としてはかなり豪華で、食べた全員に好評だった。


 安西と葉山が全員の飲み物を買いに行っている間に、黒川が俺に話しかけた。


「店長さん。ちょっといいですか?」

「どうした」

「2人がいない間に急いで言います。早希を安西先輩との2人きりにしてあげませんか?」

「そういうことなのか。協力するのはかまわないが」

「だったら安西先輩に、午後は二宮と2人で回りたいって言ってください。あたしと江美は先に電車で帰るって言いますから」

「分かった」


 戻ってきた安西たちに、俺は言われた通りの言葉を伝えた。


「分かりました。それなら俺と葉山は、もうしばらく楽しんでから帰ります。オレたちも電車を使うので、帰りは気にしないでください」


 安西が離れて行った後、すぐに黒川が俺に言った。


「じゃあ、あたしたちはこれで」

「何だ。本当に帰るのか?」

「はい。今日は楽しかったです。ありがとうございました」


 そう言うと、葉山と辻野は俺たちから離れていった。俺はこの状況に困惑していた。これではまるで二宮とデートをしているようだ。

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