4.ふたりでぬけださないか
ふたりでぬけだす?
してみたい。
こっそりと、ふたりでぬけださないかって。
プログラムをおえて、閉場されたライヴハウスのそと。
演奏を楽しんだ観客と、それにあいさつをくれにおりてきたバンドのメンバーで。がやがや、にぎわう時間帯のなか。
わたしとそのひとは、どちらからともなく、そうしめしあわせた。
わたしもそうとう尻軽って、おもわれそうだけど。
まちあわせてた友達を、おいてきぼりにしようとするそのひとも、そうとうをこえてずいぶんってかんじ。
だけどその薄情さだかずるさにも。わたしはとくに嫌悪感をいだかなかった。
むしろ。友達をうらぎってまで、わたしとふたりでいることをえらんでくれるんだ? そんな歪んだ優越感みたいなものに、どきどきしていた。
小柄な金髪の目を盗んで、ライヴハウスをあとにしたわたしたちは。とりあえず市街へむかおうと、電車に乗ることに。
——漫画喫茶でも、いこっか?
ここらなら、深夜でも遊べる場所だっていくらでもある。
長くいられるうえに食事もとれ。となりでくっついて座ることができる、オールナイトの漫画喫茶チェーンをわたしたちは選んだ。
ブース内のカップル・シート。なぜかオールナイトではなく、ドリンクバーつきの数時間の滞在をえらぶ。
出逢ったばかりのそのひとと。カップルなんて呼ばれるのに、不思議な高揚をおぼえながら。わたしは前回、ここにきたときに読みかけのマンガを三冊とってきた。ふたりでドリンクバーでコップに、飲みものをくんできて。狭いブースに横たわる、やすっぽくないとはいえないが、かたくもないソファにならんで座ると。それぞれさいしょの一冊をひらいた。
何読むの? なんて、会話くらいはしたんだろうけど。
はやばやとマンガに没頭はじめた、そのひとに。
なんだか肩すかしみたいに感じたわたしは、自分もマンガを楽しむことにする。
それでも。
ぴとり。
わたしたちは、かるく身を寄せあっていた。
ふたりでいっしょに、べつべつの時間を過ごす。
こんなのも悪くないな。
なんて思っていると、わたしたちの注文したフードがブースへととどいた。
きっとまだ夜はながいはず。
ふたりはパスタだかオムライスだかを、ぺろりとたいらげると。ふたたび、身を寄せあってソファに沈む。
こんどはさっきより、ほんのすこし首まであずけてみる。
見のがさないよ。いま、ちょっと視線、こっちにむけたでしょ?
ゆるむほほをかくすように、ちょっとうつむいて。わたしはマンガのつづきを読む。
かんじんの内容が、あたまにはいってこないなんて。そんなことはないから安心してね。
ふうっ。
三冊目を読みおわったわたしは、おおきくのびをする。
そのひとのほうは、まだもってきたぶんが読みかけらしく。まじめな顔をして、ページをめくっていたのだが。
きゅうに肩をはなしてしまったわたしに、おどろくようにその顔をむける。
そんな表情しないでよ。
飲みもののおかわりをくみにいくときだって、いったんはなれたでしょ?
苦笑いしたわたしは、時計に目をやった。
あと30分ほど。
もう一冊読むには、ちょっと微妙な時間。
どうしようかと、すでに読みおわったのをパラパラしていたわたしと。読みかけのマンガから、目をきってしまったそのひと。
どちらからだったのだろう。
手を肩にかけたかとおもえば、それだけじゃ足りなくて。
背中にまで、だきかかえるように、腕をのばす。
だきかかえるように?
わたしはなにをいっているんだろう。
これはもはや抱擁だ。
背の高いほうは、首から。
背の低いほうは、腰から。
それぞれに背中まで腕をまわし。
たがいをおしつけるように抱きあう。
これを抱擁と呼ばないのなら、わたしはまだ、だれにも抱擁なんてされたことがない。
さいしょのくちづけは、唇だけだったか、舌までだったか。
ブース内のカップル・シートをえらんだんだもん。
こうなることに、覚悟どころか期待さえなかったなんて、しらばっくれることはしないよ。
でも、そのひとはほんの何時間かまえに、出逢ったばかりのひと。
だからこそ。
わたしは、このひとならって思ってしまったんだ。
このひとなら、わたしをぐしゃぐしゃにしてくれる。
これからどうするかなんて、はなしあうまでもなかった。
なぜだかなんていったけど。ここへのオールナイトでの滞在をえらばなかったのには、ちゃんと理由があったんだ。
とうぜん延長なんてするわけがない。
終電もとっくに行ってしまっている。そもそも帰る気なんてあるとおもう?
——いこっか。
のこり30分を抱擁と、くちづけに費やしてしまったわたしたちは。マンガをそれぞれ、棚にもどしにいったのがさいごの別行動。
読みおわりを置いておくワゴン棚の存在に、あとから気づいたけどかまわないよ。
ここからはわたしたちはくっついてすごすんだ。
基本料金はすでに払いおわっているので、注文したフードのぶんをわたしが支払うと。
ごちそうさまって、おれいをしてくれたそのひとに。このぶんは高くつくよ、なんて軽口をかえす。
ここらへんなら深夜でも遊ぶ場所があるっていったけど、それだけじゃなくて。これからわたしたちがするようなことを、するべき施設だっていくつかあるのも知ってる。
さきにコンビニに寄らなきゃ。
指と指を絡めるつなぎかたで、わたしたちは一夜の寝ぐらへとむかった。
その夜。
この日、出逢ったばかりのひとと、わたしは肌をあわせたんだ。
カップル・シート!
ちょっと、憧れます(笑)




