第190話
夏のインターハイ・東京予選2次トーナメント。
その2回戦へ臨んだ僕たち栄成サッカー部は、早田実業と激突。
相手は全国的に有名な大学の付属校ながら、近年はスポーツ面での活躍が目立つ。
数年前に冬の選手権への出場を果たしているのだが、『東京予選を無失点で突破した』と話題になっていたそうだ。本戦出場は、創部以来2度目の快挙である。
早田実業のチームのスタイルは、堅守速攻。
事前のスカウティング映像では、選手それぞれの粘り強さが際立って見えた。
対する栄成サッカー部のスタイルは、高い足元の技術を軸に据えたポジショナルプレー。ピッチ上で最適なポジションに立ち、細かいパスワークや個人技を駆使して相手を押し込んでいくスタイルだ。
さらに今年は、永瀬コーチ主体で『素早い攻守の切り替えと縦への意識』を徹底的に植え込まれている。つまり、優れた技術と豊富な運動量、加えて高度な戦術的インテリジェンスの融合が不可欠。
選手に課せられた要求水準は極めて高く、全国の名門と渡り合うことを――否、高校サッカーの頂点を視野に入れた強化が妥協なく進められていた。
そして人工芝ピッチ2面にナイター設備まで完備した贅沢な環境が、抜群のトレーニング効率を実現させた。ゲーム形式の練習を日々積み重ねられる強みが、十二分に発揮されている。
その結果、現在のAチームの完成度はかなり高い。
スタメンでプレーさせてもらっている僕が言うのもアレだけれど、断言しよう――今年の栄成サッカー部は、創部史上最強だ!
実際、早田実業を『3-1』で下している。
互角という前評判を打ち破る快勝劇。序盤に低い位置からの縦パスをカットされてショートカウンターから失点したものの、栄成は終始ボールを支配して有利に試合を進めた。
僕はスタメンで出場し、相棒の玲音とのパスワークから抜け出して1得点を記録。
しかし、前半のみでピッチを退いた。
美月が応援に来られなかったこともあり、パフォーマンスはやや低調……けれど、試合前に通話で声を聞いてメンタルを安定させるなどの手厚いサポートを受け、どうにか最低限の仕事は果たせたように思う。
この日、東京予選のベスト8が出揃った。
残りは格上の強敵揃いながら、栄成サッカー部にとって2度目の夏のインターハイ出場がいよいよ現実味を帯びてきた。
次戦が行われるのは、翌週末――兎走烏飛。平日は学業と部活に追われ、恐ろしいほどの速さで過ぎていく。どれだけ意識して目を凝らしていても、本当にあっという間だった。
それから迎えた、夏のインターハイ東京予選・2次トーナメント準々決勝の当日。
会場である駒沢オリンピック総合競技場の補助球技場を訪れた僕は、嬉しくも賑やかな再会を果たしていた。
「よお、兎和。久しぶりじゃん。関東大会じゃあ絶好調だったみたいだな!」
「やあ、兎和くん。久しぶり。メッセージでも伝えたけど、関東大会優勝おめでとう!」
本日は同会場で、予選の全試合が順番に開催されていた。
栄成の出番は、午後を回ってからの第3試合。そしてロッカールームで着替えを済ませ、僕はピッチへと向かっていた。しかし施設の通用口に差し掛かったとき、二人の少年にほぼ同時に声をかけられて足を止める。
不敵な笑みを湛え、堂々たる足取りで近寄ってきたのは、東帝のチームジャージを着用する黒瀬蓮くん。
穏やかな微笑を浮かべ、颯爽とした足取りで近寄ってきたのは、星越のチームジャージを着用する鷲尾伸弥くん。
もちろん、僕にとっては双方とも友人だ。
鷲尾くんの星越は午前の第1試合、蓮くんの東帝は昼からの第2試合――スケジュールを鑑みるに、二人ともわざわざ残って待っていてくれたようだ。
たまらず嬉しくなり、思わず笑顔になって「久しぶり!」と挨拶を返した。
ところが……蓮くんと鷲尾くんは、向かい合うなり険悪なムードを醸し出す。
「あん? 誰だよ。この俺が、兎和と話をしてるところなんだが」
「は? そっちこそ誰かな……まあ、知ってるけどさ。その前に、俺と兎和くんが話をしているの見えなかった?」
僕は会えて凄く嬉しいけれど、この二人の関係はあまりよろしくないのかも……東帝と星越、全国常連のサッカー名門校同士。これまでバチバチにやり合ってきているだろうから、何かしら因縁があっても不思議じゃない。
そのうえ蓮くんが有名人ということもある。周囲からも一斉に視線を向けられ、場の空気が瞬時に熱を帯びる気配を感じた。
僕は何もしていないのに、ものすごく気まずい……だが、大丈夫。
こんなときは、共通の話題を出せばいいって前に美月が言っていた。しかもタイミングよく、この場の三人は来月の『ワンデイサマーキックオフ』に参加予定。
ならば、関心を引くことなど簡単だ。
ほんの少しだけ人とのコミュニケーションが苦手な僕でも、これ以上空気を悪くしようがない。
「あ、あのさ、二人とも。ちょこっとだけ話題変わるけど、七夕のワンデイサマーキックオフ楽しみだね!」
「あ? もしかして、この星越のMFも参加すんのかよ」
「奇遇だね。同い年だと、参加するのはこの三人くらいじゃない? ていうか、黒瀬蓮くん。やっぱ俺のこと知ってるよね? この前のカップ戦でもマッチアップしたもんね」
案の定だ。鷲尾くんが言うには、試合でマッチアップしてバチバチにやり合っているらしい。
他校が開催するカップ戦や公式リーグなどでも長年しのぎを削っており、個人で交流を持つメンバーもいるそうだ。
けれど、蓮くんは星越に対して悪印象を抱いている様子。
理由をそれとなく尋ねてみれば……。
「試合中に、コイツの先輩が『ションベンタレ』とか言ってきやがってさ。だから、星越はキライだ」
「あ、なるほど。挑発されて、蓮くんはイラッときちゃったんだね」
「でも、黒瀬くん。キミもすぐ10倍くらい言い返して、揃ってカードもらってたよね」
蓮くんは、ついイキってしまうお茶目な性格だ。それが原因で、活を入れるべく大口叩きながら先輩に軽くビンタをかまそうとするもガードされ、逆にカウンターを食らった前科がある。そして暴挙に怒り狂ったメンバー20人ほどに囲まれてゴン詰めされ、恐怖のあまりションベンを漏らしたと聞く。
その事件が交流のあるメンバー伝いに星越へ流出し、試合中に挑発されたようだ。
そりゃあ腹も立つだろう。だが、すかさずやり返すあたり流石である。流出に関しては、ちょっと気の毒……だけれども、蓮くんだしなあ。微妙に自業自得感があってなんともいい難い。
「うちの先輩はともかく、そっちはまだ許してねえ。覚悟しとけよ、星越のMF。次の準決勝は、大差をつけてうちが勝つ。そんで、メンタルボッコボコにしてやる。インターハイにいくのは、俺と兎和だ。ホテルで一緒に飯食ったりしている写真を送ってやるから、せいぜい悔しがれ」
「俺の名前は鷲尾伸弥ね、そっちこそ覚えておいてくれよ。あと、勝つのは星越だから。インターハイには、俺と兎和くんがいく。夜にホテルのロビーで語り合ったりして、素晴らしい夏の思い出を作ってくるよ」
あれ、場の空気が余計に……けれど、これ僕は悪くないよね?
そもそも近年の東京エリアにおいて、トーナメントの上位争いに絡む高校の顔ぶれはほぼ固定されている。大体10校くらいで、栄成は今そこへ割って入らんとしている。
ならば当然、勝負の度に因縁が生じるわけで……しかもこの二人の口ぶりから察するに、本日の試合には勝ったのだろう。すなわち、両校は来週の準決勝で激突する運命にある。
さらに言えば、準決勝での勝利はインターハイ出場の確定を意味する――東京エリアは予選規模の関係で、本戦トーナメント出場は2枠。ゆえに、次が文字通り大一番となるのだ。
栄成はトーナメントで逆の山だったので、幸いどちらとも決勝までは当たらない。
とにかく、この二人はどうしたってバッチバチにならざるを得ない理由があり、僕は巻き込まれた被害者みたいなものだ。よかった。コミュ障の白石兎和はどこにもいなかった。
「そうだ、兎和。せっかくだから、準決勝の観戦に来いよ。どうせ会場は一緒なんだし、少し早くきてさ。俺が星越をぶっ飛ばすところを見とけ」
「いいね。神園さんを誘ってあげたら喜ぶんじゃない? ちょっとしたデート気分でさ。東帝の夏が終わる瞬間をお届けするよ」
揃って負ける気はさらさらない、といった口ぶりで観戦に誘われる。もし勝ったら、と保険をかけがちな僕としてはその強気が心底羨ましい。
「そんで、もちろん東帝を応援するよな?」
「それで、もちろん星越を応援してくれるよね?」
またもほぼ同時に、なんとも答えづらい質問を投げかけてくる二人……これもう一周回って仲良しなのでは?
というか、このシチュエーション……妹に借りた少女マンガで見た覚えがあるぞ。あれだ、ヒロインを取り合うイケメン的な構図だ。
それなら、どう仲裁すればいいかは明白。珍しく頭が冴えまくっている。
僕は胸の前で手を組み、目パチクリして言う。
「やめて、二人とも! 僕のためにケンカしないで!」
「……兎和、きっしょい勘違いやめろ。つか、ちょっとは空気読めよな」
「兎和くん、今はそういう流れじゃなかったよね……」
あれ、思っていた反応と違う……なんか僕がスベったみたいな感じになったんだが?
せっかく頑張ったのに、扱いがヒドい。流れで上手くごまかせたのはいいけど、心が痛いぜ。後で美月に慰めてもらおう。
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