第185話
体育祭を間近に控えたある夜、俺――白石鷹昌は、部活終わりに学校近くのファミレスを訪れていた。そして同じテーブルで食事をする相手に対し、しかめっ面で不満を示すのだった。
「ちゃんと部活をガチってるのに、なんつーか……ぜんぜん上手くいかないんだが?」
「はあ? ちょっと頑張ったくらいで何いってんの。そんなすぐ状況が変わるほど人生は簡単じゃないんだよ」
強めに窓を叩く雨粒のせいか、夕飯時にもかかわらず客の姿はまばら。おかげで、正面のソファ席に座る加賀志保の返事がはっきりと聞こえてきた。どこか苛立っているような声音そのままで。
なんだよ……お前がアドバイスくれたんだろうが。本気で頑張れば状況が変わるって、ゲロ兎和と真正面から勝負しろってさ。
「加賀も部活で色々あって、ちょっと疲れてるみたいでさ。たまには鷹昌も話を聞いてやってよ」
やはり正面の席でステーキを切り分けていた中川翔史が、フォローするみたいに口を挟む。
つーか、なんでいつもお前まで一緒なんだ。相談があって加賀を呼び出してみれば、当然みたいな顔で毎回ついてきやがる……今日は流石にメシ代奢らねーからな。
俺は注文したスパイシーチキングリルをフォークでつつきながら、「翔史は別会計だからな」と釘を刺す。それから、また加賀へ視線を向け直す。
「そんで、お前が不機嫌な理由は? 仕方ないから、この俺が聞いてやるよ」
「別に不機嫌じゃないし! 人の気持ちを勝手に決めつけんな!」
「お、おう、スマン……」
なんだよ、めちゃくちゃ不機嫌じゃねーか……しかも超怖くて、思わず謝っちまった。一応心配してやったのに、どうしてキレられなきゃいけねーんだ。
そもそもこの話題を振ってきたのは翔史だろ、と俺はどうにかするようまた視線で訴える。
「あはは……なあ、加賀。これでも鷹昌なりに心配してくれてるんだよ。だから、今日は逆に相談してみるなんてどう? グチるだけでも気持ちが楽になったりするしさ」
「翔史が言うなら、まあ……でも白石、言いふらしたら殺すから」
「言わねーよ……いちいち怖いんだよ、お前は」
俺が親切に応じると、加賀は不機嫌の理由を語りだす。チーズドリアをスプーンでつつきながら、ぽつりぽつりと。
その内容を掻い摘んで言えば、主に部活メンバーとの行き違いって話になる。ゲロ兎和の応援を通じて、部活を頑張りたくなった……最近はサッカー部の実績に影響されるやつが多いらしいが、コイツもかよ。
だが、ノリが合わない女バスのメンバーたちと衝突。
結果、部活の空気を悪くしたうえに、学内でも軽くハブられているのだとか。
いや、そうなるだろ……女バスはエンジョイ勢の集まり。というか、うちの高校はサッカー部以外ほぼお遊び感覚だ。それなのに、いきなりやる気を出されても周りだって困る。
俺としては、他のメンバーに同情しちゃうね。それこそ、人生そんな簡単じゃない。
「私だって、自分も悪いってわかってる。もとは皆と一緒で、楽しくバスケできればそれでよかったし……でも、兎和くんに憧れちゃったんだもん。一度でいいから、あんな風に気持ち込めてプレーしてみたいって」
加賀の口から憎き相手の名前が出た瞬間、盛大に顔をしかめてしまうほど胸がざわついた。ついでに罵倒の言葉が腹のそこから込み上げてきたが、ドリンクバーの冷たいお茶でどうにか飲み下す。
それにしても、嫌な偶然だ。
俺と加賀、揃って悩みの根本はあのヤロウにある。
「どいつもこいつも、兎和の名前を出しやがって……あいつがいなかったら、絶対に俺が選ばれていたはずなのに……」
ふと思い返すは、先日の部活での発表。
ワンデイサマーキックオフ――古巣である『東京FC』のホームで行われる一日だけのビッグイベント。
最高のチャンスだった。そこで凱旋できれば、俺をクビにしたアカデミーのスタッフどもを見返せていたはず……しかし選ばれたのは、よりにもよって俺じゃない方の白石くん。
確かに、あいつの実績はもはや認めざるを得ない。とはいえ、戦術次第で選手のパフォーマンスが大きく変わるのはサッカーにおける常識だ。
前年は不調に喘いでいたFWが、翌年のチーム移籍をキッカケに大ブレイク。勢いそのまま得点ランキングに名を連ねる、なんて例はプロの世界でも珍しくない。
その点、兎和は栄成のサッカーに完璧にフィットしている……要は、実力以上に高く見積もられている状態なわけだ。
正直、チームの中心に据えてくれるなら俺だって大活躍する自信がある。それだけの素質も備えている――鬱憤を吐き出すみたいに、長々とそう力説した。
もちろん、加賀と翔史も同意すると信じて疑わなかった。
ところが、返ってきたのはまったくもって期待外れの反応で。
「アンタさぁ……どうしてそんな根拠のない自信に溢れてるの? ここまでくると能天気とか通り越して、もうただのおバカさんだね。わかってはいたけど、再確認したよ」
「鷹昌、少しは現実を直視できるようになってきたと思ってたが……まだ目が曇っているみたいだな」
加賀に続き、翔史までもが呆れたような顔をする。
クソが……こいつらはサッカーの素人だから、何もわかっちゃいないんだ。学内の連中も同じ。神園含め、見る目のないやつが多すぎる。
「どうして周囲は、俺を正しく評価しようとしない……もっとハッキリ実力を示す機会さえあれば、こんなことには……運も悪かった……」
「この際だから、勘違いはスルーしてあげる。そうやって後悔するくらいなら、もっと前から真剣に頑張っておきなさいよ……まあ、これは私もなんだけどね。今さらだけど、ちゃんと練習しとけばよかったなぁ」
俺と加賀は、揃ってため息を吐く。
同じレベルの悩みとして扱われるのにはぜんぜん納得いかないが、気持ちはわからなくもないので黙っておく。
「でも、その後悔って結構大事なんじゃない? きっと大人になったときに効いてくるやつだよ。あんな思いはもうしたくないから今度こそ頑張ろう、ってパワーに変わったりしてさ」
そう考えると、いま凄く頑張っている人たちも後悔した経験があったりして――などと言って、場の空気を変えるよう明るく笑う翔史。
俺は「バカ言うな」とツッコミを入れる。
後悔なんて、しない方がいいに決まっている。それに兎和をよく見ろ。いつも何も考えていなさそうなアホヅラを浮かべてるじゃねーか。
何より、大事なのは今だ。それに、後悔なんかしちゃいねえ……ちょっと反省しているだけ。
ワンデイサマーキックオフの件では屈辱を味わったが、次こそは俺が選ばれてやる。
「ていうか、俺たちめっちゃ青春してない? ファミレスで後悔について語るとかさ」
「えー、微妙。だって私も、後悔なんて大っキライだし!」
翔史と加賀がアホな話ばかりするせいか、いつの間にか気分が軽くなっていた。
ふと窓の空を見上げる。雨はまだ止みそうにない。それでも、体育祭の日くらいは晴れたらいい――柄にもないことを考えながら、俺はほんの少しだけ口元を緩めるのだった。
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