9.転生女神とセイラたん
曲が終わって、静寂が訪れて――次の瞬間。
「余興は終わり?」
声が響く。
山田さんがそこに、立っていた。
その姿を見て、ほっと気が抜ける。
間に合ったのだ。
山田さんは魔王を倒して……約束通り、帰ってきた。
次の曲が始まって、また一際大きな歓声が上がって。
私とセイラたんに当たっていたライトが消えた瞬間、倒れ込むように舞台袖に引っ込んだ。
「ウヴオエッ、き、キッツ、ゴホ、ウェッ」
舞台袖に駆け込むや否や、膝から崩れ落ちてえづいてしまう。
いやほんと、キツイ。超キツイ。
女神になってからまともに運動していなかった年単位の負債が全部まとめて一気に来た感じがする。
年に1回こっきりの持久走大会の後のような状態が近いかもしれない。
肺が痛いし喉の奥が渇いて気持ち悪いし、頭がくらくらするし吐きそうだし。
えづいても何もでないし。
そりゃあダンサブルな曲だったけど、確かに通しで歌って踊ったこととかなかったけど。
こんなキツイ?
ぜえはあしてなんとか酸素を取り込みながら、ステージを振り返る。
私と同じくらい、いや、歌割もダンスもわたしよりよほどキツかったはずのセイラたんは。
ステージに立って、まっすぐに客席を見て、山田さんと一緒にパフォーマンスをしていた。
歌声もダンスもブレてなくて、バチバチに決まっていて……本当に、かっこいい。
山田さんにも、負けないくらい。
私のアイドルは……可愛くてかっこよくて、強くて、そして。
この世界の何よりも、輝いている。
◇ ◇ ◇
「女神様!」
シャッフル曲も終わって、ライブは大成功。
ステージ裏に戻ってきたセイラたんが、きらきらの笑顔で私に飛びついてきた。
普段だったら大慌てしてきゅうりを見つけた猫よろしく飛び退くところだが、まだ無茶をしたダメージが回復していない私はされるがままだ。
もう、あの、好きにして。
女神の間にランニングマシンとか置いた方が良いのかもしれない。どう考えても運動不足だ。
女神の身体になってからというもの、食事も睡眠も必要ないし老化もしてないようなのだが、運動したら体力とか筋力はつくのだろうか。
疲れるって概念はあるんだから、多少は身になるのか?
弾けんばかりの笑顔のセイラたんを見て、今日も推しの顔が良いし、鉄壁の前髪がたまらんなと天を仰ぐ。
そういえば、ライブ終わりのセイラたんを出迎えるのは……初めてかもしれない。
いつもこんな感じなんだ。円盤の特典映像につけて欲しい。アーカイブはどこで見られますか?
「どうでした!?」
「最高でした本当に最高です生きててよかったセイラたん一生推す」
息をするようにそう言った私を見て、ただでさえステージ終わりで上気していたセイラたんの頬が、さらにいっそう赤く染まる。
あ。今完全にキモオタムーブかましましたね。
まぁでも、今更か。
「女神様、あたしはー?」
「バチクソメロかったです神様仏様山田様長生きしてほしい未来永劫」
「早口ウケる」
「あと魔王、ありがとうございました」
「全然楽勝でしたー」
「め、女神様!」
セイラたんがやっと離してくれたかと思うと、遠慮がちに私の袖を掴む。
そして上目遣いで、こちらをちらりと見上げた。
あまりに愛くるしいその表情に、心のシャッターを切りまくる。
天使? あれ? 今天使が見えてる? もしかして疲れ果てていよいよもってお迎えが見えてる??
愛くるしいって愛らしすぎて胸が苦しいって意味でしたっけ? 違ったとしてもこれからはもうそういう意味ということにしませんか?
「女神さまはわたしの女神様、ですよね?」
「えー? 誰のとかないと思いますけどー」
2人がそんな感じで何やら仲良く話し始めたところで、頭の中で声が響く。
「め、女神様~!! 帰ってきてください!! やっぱり僕、女神なんて無理です~!!」
これは女神を代わってもらった男の声だ。
何故か女性よりも男性の方が女神代わってくれる率が高いのだった。
何で? みんな意外とTS願望あるの??
「す、すみませんが私はこれで!!」
「え、女神様!?」
ふわりと体が宙に浮かび上がる。
ああ、また女神の間に戻されるのか、と思っていると、セイラたんの声が響いた。
「ほ、ほんとに一生、推してくれますか!?」
その言葉に、目を見開く。
一生推させてね、なんて。
そんなの呪いみたいかな、なんて思ってたけど。
セイラたんがそう言ってくれるなら……私はいつだって、いつまでだって。
あなたのことを大好きでいられる。
ずっとずっと、一生推せるアイドル。推させてくれるアイドル。
そんなの、夢みたいじゃないか。
でも、他でもない君が見せてくれる夢なら、喜んで信じたい。
セイラたんの言葉に、私はサムズアップで答えた。
「もっちろんです!」




