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薄暗い路地裏。
繁華街からさほど離れていない。
人がごった返す道のすぐ隣。
道を急ぐ人たちは私達に気づかない。
私もよく通っていた場所。
「わたし我慢できないの」
男の首に手を回し、誘うような猫なで声。
「冬乃がっつきすぎ」
「嫌い?」
「いや、好物」
「よかったぁ」
男の下半身を撫でるように擦る。
刺激を与えるだけで気持ちよさとは関係なく彼のスキニーパンツから痛そうなほど主張。
まだ足りない。
決定的な証拠たり得ない。
「触って?」
肩からサスペンダーをずらし、男の手をやさしく掴み自分の服の中に案内した。
下卑た笑み。
私も男と似たような表情をしているだろうと俯瞰して見ている。
股下に膝を誘導。
自分で洋服の裾を口に咥えると同時にスカートが捲られ、上下の黒い下着が顕になる。
ブラもずらされピンクの色の突起が外界の空気にさらされる。
男の興奮度合いが変わっていた。
息が荒くなり胸と恥部の往復、私の顔なんてみていない。
ちょうどいい。
首に回していた腕をずらして時間を確認しておく。
17時15分。
そろそろかな。
男は自分でベルトを緩め、ボトムと下着をおろして一般男性よりも少し大きい程度のいきり立ったモノが私の腹部に当たる。
自分でやってくれるなら好都合。
大通りに目を向け、しばし待つ。
紺色と青い制服が通りすぎた。
女の涙は武器と昔から言われている。
自然と泣けるほど女優ではないが、春人くんに捨てられることを想像する。
実際こんなことをやっている女なんて捨てられそうだと。
親からも見捨てられ、愛する恋人にも捨てられる。
頬に雫が垂れていくのを感じた。
表情だけでもと思っていたけど。
本当に泣いてしまった。
「……て。…………助けて」
この叫びは現状のものではないけど、本音。
眼の前の男を突き飛ばして、大通りに向かって走る。
半裸の女。
そんな人物が路地裏から飛び出してきたのだから当然周囲からの視線が集まる。
もちろん先程見た姿も。
「ど、どうしました?」
「助けてください! あの男が」
市民の正義の味方。
警察官。
この時間のこの場所。
街頭監視、パトロールをしているのを知っていた。
迅速に動く警察官。
応援を呼び、私に待機するように命じると強姦魔。高橋遊が現行逮捕された。
あっけない。
こんなものか。
ただそう思った。
人生で初めてこんなに人を恨んだ。
無様を晒す男の姿をみても喜びも達成感もない。
下半身丸出しで地面に押さえつけられている。
現場から動けない以上見ているしかない。
「……あの」
「え?」
声を掛けられ振り返ると応援に駆けつけた警官の一人が立っていた。
「すみません。言いにくいのですが言わないわけにもいかないので」
「……?」
「服を整えられては?」
「……。あぁ」
言われて思い出した。
服もブラも胸に乗っかり降りてきていない。
下半身は目視で見えないが感覚的に食い込んでいてスカートもめくれている。
手早く直し謝罪した。
「すみません。呆然としてました」
「いえ」
応援が駆けつけたことにより高橋遊はなにかを叫びながらパトカーに乗せられ連れていかれた。
私はなにをすればいいのだろう?
まだ隣に居た警官にたずねてみると特に今やることがないらしい。
書類作成後に署名と印鑑を押すだけらしいので後日ということになった。
連絡先を記入すると自宅まで送ってくれるらしいのだが、帰る家がない。
送迎を断りとぼとぼと泊まっているホテルに戻ることにした。
これから一人暮らしになるにしても荷物の大半は春人くんの家にある。
顔を合わせづらい。
何を言われるのだろう?
やっぱり拒絶されるだろうか?
髪色を戻して黙っていればバレないかもしれない。
騙す。
裏切りと同一。
だから彼に対してはどんな結果になろうと真実を伝えたいな。
そうあるべきだと思っている。
角を曲がるとホテルの入口が見えたが、傍にある自動販売機の前によく見知った顔があった。
「春人くん……」
呟きは聞こえない距離だけど、目が合う。
思わず反らした。
逃げても運動神経の違いからすぐ捕まる。
オレンジ色のスニーカー。
もう目の前に彼がいる。
「遅かったな冬乃」




