第2話 イベント:第二の人生がはじまりました
俺は死んだ。
だが、別の世界で生を受けたらしい。
順を追って説明しよう。
俺の人生と、そして、この世界のルールを。
――
1歳で意識が芽生えるのかは不明だが、俺が目覚めた――つまり前世を思い出したのは1歳のころだった。
視界はぼやけている。耳もどこかおかしい。体の可動域がよくわからない。赤ん坊の体のなかに30代の意識が芽生えるという違和感。しかし剣への熱量は消えていない。その事実に安堵した。
俺の名前は、誠継というようだ。誠の字が入っていて嬉しい。
姓は山田。
悪くはないが、近藤、沖田、土方のビッグスリーではなかった。
しかし、自分の名は大切にしようと思う。
山田誠継。親からの最初の贈り物だ。
そう。
この世界の俺には親がいる。
それだけで本当にありがたいことだ。
どうやら家も持ち家らしく、庭まである。
信じられない環境だ。
――
1歳とは、ただ保護されるだけの生き物だとわかった。
もちろん何もできないが、知識があるせいか、それとも大人から転生をしたからか、発語は早かった。
母親は育ちのよい女性のようで、おっとりとした、胸のふくよかなひとだった。
ゆるやかにウェーブした薄茶色の髪が鼻をくすぐると、母親の匂いを感じる。それがどうにもくすぐったくて、困った。
母親は、どこか抜けていて、たとえば母乳を飲ますとき、俺の顔にでかい胸を押しつけすぎる癖があった。ぐっぐと、胸を当ててくる。やわらかいので痛くはないが、苦しい。
赤ん坊として生きていることは理解していたが、それでも苦しいものは苦しい。
俺は思わず、胸を手で押しながら「かあさん、くるしいです」といってしまった。
母親は目を丸くした。
実際には舌の動きがおいつかず、不明確な発語だったろうが。聞き取れたようだ。
――まずかったか? 子供って何歳から話すのだろうか?
反省したのも束の間、母親は胸を丸出しにしたまま父親のもとへ行き、「い、いま話した! セイちゃんが話したのよ! この子、天才だわ!」と興奮していた。
父さんは聡明そうな線の細い男であり、理知的に「タチバナさん」と語りかけた。タチバナ、とは母さんの名前らしい。なぜか丁寧語だった。
「タチバナさん。1歳で話すということはないと思いますよ。あと胸をしまってください」
俺も賛同したので黙って、しらんぷりしていたのだが、胸を丸出して興奮する母さんのぶるんぶるん揺れる胸が俺のほっぺを殴打したとき、「いたい」と口にしてしまった。
父親も目を丸くした。
母親は歓喜した。
これは俺の麒麟児エピソードとして語られることになるのだが、あくまで頭脳の話だ。
この段階では、俺の道は『剣の道』ではなく『学力の話』だった。
その後、ニュースや両親の話で気が付いたのだが、父が丁寧語を話す理由も少しだけわかった。
この世界は、どうやら複雑だ。いや、奇怪といってもいいかもしれない。
男は漢と明記され、女は姫と呼ばれている。
男や女というものは学術上の呼称らしい。
そして、何もかもが姫優位の世の中らしく、出生率も姫の方が多い。ゆえに男……じゃなくて漢の立場が弱い。
それを決定づけているのは、魔窟・魔物退治と呼ばれるところにあるらしい。
どうやら……ここは俺の知っている地球ではないかもしれない、と1歳ながらに悟った。
――
3歳から木刀を振り始めた俺を、両親がなんとか認めてくれたのは麒麟児エピソードのおかげだろう。
基本的に漢は暴力的な行為を避ける傾向にあるらしい。姫に誤解されたら終わるからだという。どういう構造なのだろうか。意味がわからない。
父も母も、俺にはなにかがあると信じてくれているようだ。
俺も二人を信じている。
前世の記憶があることに多少の申し訳なさを覚えるが、俺自身は二人を本当の親だとしか思えないし、遺伝子ももらっているのだから、この気持ちは嘘ではないのだろう。
さて。
なぜ漢であることと、木刀と誤解がつながるのか?
まず、俺が歓喜したのは、この世界は『剣の世界』だったということ。
信じられないのだが、この世には魔窟があり、魔物がおり、世の平和を乱しているという。そんな『悪』を刀剣で打ち倒す必要があるらしい。
500年ほど前からつづく、世界の常識だという。
科学技術は令和時代と同じで西暦も同じ。
スマホやパソコン技術も同等。
でも、元号は桜景であったし、魔物は銃ではなく、刀剣でしか倒せないのだという。
どうも色々な理由があるらしいのだが、答えがわからない。俺が義務教育を受けていないからか。幼いから理解できていないのか。もしくは、この世界にはなにか特別なルールがあり、それを知るものがいるのか……。
これは転生人生というやつだ。それはなんとなくわかる。
新選組を扱った漫画にも、そういうタイプのものはいくつかあった。
だが積極的に見てはこなかった。だから自分の境遇がいまいち分からなかった。
そういえば、気になることがあった。
新選組という存在が確認できていないのだ。
別世界なうえに、歴史も違うようだ。
ここまでくると、別の惑星に飛んできてしまったような気持ちにさえなる。
――
6才になり、小学校へ進学した。
いよいよ義務教育が開始すると、いよいよこの世界のおかしさにも気がつくこととなった。
まず、女子が多い。
いや、違った。女子ではなく、姫子という。
姫7:漢3といったところだ。
だから、室内の男子……じゃなくて、漢子は肩身が狭い。
それは社会に出てからも同じらしい。
教師も姫で、要職も姫が占めている。
漢の立つ場所は限られているようだった。
この世界の倫理観も特殊だ。
(ここでは女子・男子と呼ばせてもらおう)
まず、女子だけがいつでもどこでも帯刀できる。抜刀は緊急時か、あるいはそれ相応の時のみだが、その範囲は広く、裁判沙汰になっても漢は劣勢、姫優勢。
理由は500年ほど前にさかのぼる。
魔窟から魔物が現れた際、女子ばかりが狙われることとなった。どうも女子には霊力が多く、魔物はそれを狙うという。
魔物は女子を喰らうと、いっきに力が強くなり、さらに被害が増した。
そのため、女子にはどうにか食べられず生き残ってもらう必要があった。
ゆえに己を守るべき武器が必要だと定められ、侍階級とは別に帯刀が許されたのだという――が、この話、どうにも違和感がある。
俺からすれば、男が、侍が、守ればいいのだ。
そもそも侍はどこに行った?
現代での男子は帯刀はできない。
それは絶対で、仮に許されるとしても、特定の条件下だけ。
歴史上、過去に存在していた侍階級が消えたあと、男子は魔窟の中でだけ帯刀を許されることになった。
女子はいいのに男子はダメ?
何事でもそうであるように例外はあるが、それでもおかしい。
歴史の中で争いは姿を変えて侍は潰えた。
しかし、魔窟は消えなかったので、女子帯刀の例外だけは残ったのだという。
他のの理由もあるにはある。
魔窟が現れ、魔物があらわれたときから年月が経つにつれて、女子には必ず、剣技と呼ばれるスキルが発露することとなった。これは世界的な話らしい
男は侍として衰退し、
女は剣技を持つ剣士へと進化した。
ゆえに女子「だけ」が強くなり、魔窟での魔物討伐も女子が目立った。
世界の平和は女子が守っている。
さらに出生率も、なぜか女子優勢となり、男子は裏方――戦場の姫たちを支える側に立つことが常識になっていた。剣技がなければ魔窟にも入れず、帯刀もできないのだから仕方がない。
男子は、どれだけ腕があろうと、剣技を持たねば、魔物に殺される。外では守る立場に置かれる。
それでも時折、男子でも剣技を閃くらしい。
特別な鋼で打たれた刀を持てばわかるらしいが、漢で子供の俺にそんな機会はない。
ゆえに木刀を振り回すしかなかった――ということである。
長い説明のご清聴、感謝する。
「てあ!!」
一振りするたびに、
「わあ、セイちゃんすごーい」
と、母親が歓声をあげるだけの毎日であるが、それでも俺の剣の道は続いていた。
それが、嬉しい。
母さんだけでも、父さんだけでもいい。
今度は俺の剣で、守りたいと思っている。
それにしても――この世界はやはりおかしいと思うのだ。
ルールというか。
法律というか。
そもそも転生することのルールさえわからないのだから、その答えなんて、わからないとあきらめていたのだが――ひょんなことからこの世界のすべてを知ることとなった。
それは小学校の同級生の姫。
高校まで、一緒に駆け抜けることとなる、一人の仲間の話から始まる。




