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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
15/34

作戦開始

大変長らくお待たせしました。ようやく受験が終わりました……



2018,2,17  改行作業、微加筆修正を行いました。

 渋谷区某所――


「さむ……」


 脇にトカレフを携帯した同僚の榎下(えのもと)が小さく漏らす。それを(みなみ)は同じ思いで聞いていた。

 春になったからと言っても、夜はまだ少々肌寒い。時折吹きつける夜風がそれを痛感させる。

 しかも、二人が今いるのは裏路地の一番奥。辺りは暗く、静謐な空間があるだけである。

 喩え防寒具を持っているとはいえ、もし何かあった時に動きにくくないようにあまり厚着はされていない。

 出来るだけ寒いと感じないように、与えられた仕事に必死に取り組む。だが、仕事は体を動かすものではなく、ただじっとしているだけの簡単な仕事だ。お陰で暖かいと思うことはない。


「……今何時?」


 榎下が腕時計に視線を落とし、小さく溜息を吐く。


「五時。あと一時間で交代だ」

「あと一時間かぁ。短いような、そうでないような」

「まったくだ。結局、今晩四天王は来なかったことになるな」


 二人はライオネル・ソウルと呼ばれる組織に所属している下っ端である。

 今日二人に与えられた仕事は、その日に開けられている出入り口の見張りである。それも、始まった時は重大な任務を言い渡された気持ちだった。

 二人の直属の上司であるダッサムに、いつ四天王が来ても良いようにしろ、と釘を打たれたのだ。

 数々の逸話があり、更に人類存続戦争で数々の謎を残した人物達。そんな相手と対峙して、生きて帰れるなんて浅はかな考えは持ち合わせてはいない。

 そして、ダッサムも二人が四天王を止められるだなんて思ってはいないだろう。

 よって、四天王が現れた時、榎下が預かっている通信機でそのことを伝えるのが任務である。


 見張りを任されてもう五時間。

 初めは緊張感を持って取り組んでいたのだが、人間が長い間緊張状態が持続出来るわけもなく、加えて時間が時間のために必死に眠気と戦っていた記憶しかない。


「まぁ、来たとしてもねぇ?」

「あぁ、そうだな」


 二人は横目で背後の巨大な扉を見やる。

 そこは、その地では『開かずの扉』という名で呼ばれ、何もないために誰も寄り付かない場所である。


 ――言い得て妙だよな。


 その扉は大の男が二十人がかりでようやく開くというかなり重い扉なのだ。

 もしここに四天王が来たとしても、この扉をどうにか出来るとは到底思えない。


「なぁ、交代したらどうする?」

「そうだなあ、ひとまず寝る」

「まぁ、当然だな」


 二人は実はまだ一睡もしていない。その為、今にも眠ってしまいそうなのだ。

 それも、会話のおかげで少しマシにはなっているが、それも今だけのことだろう。


「その後は?」

「風俗に行く。可愛い子がいるんだよ」

「おいおい、こんな時なのに風俗か。お許しはもらえないかもな」

「あぁ、昨日のアレでか?」


 南はこくりと頷いた。


 二人が言っているのは、赤崎によって病院送りにされたことだ。

 全員、命に別状はないらしいが、しばらく入院して経過を見ることになっている。それにより、中は普段より少しだけ手薄になってしまっているのが現状である。

 これにはダッサムも頭を抱え、治療中だったルーレンですらも苛立ちを隠そうともしていなかった。

 実際、猫の手も借りたいというこの状況で人が減るのは痛い。それも、正面からぶつかれば負ける可能性が高いために暗殺者を雇っていても尚更だ。


「まったく、困ったものだよな」


 南は同僚に同意を求める。しかし、返事がない。

 反応するまでもないことかと思い、言葉を続ける。


「いや、まぁ血気盛んな奴らばかりだけど、それでも時期を考えてくれよってもんだ。なぁ?」


 また反応がない。これは少しおかしい。

 なんであれ相槌すらもないのは明らかにおかしい。さっきまでの願望を吐露していたものはどこに行ったのか。


「なぁっておい。返事ぐらいしろ――」


 視線を同僚に向ける。いや、同僚がいたはずの場所に向けた。

 しかしそこにいたのは同僚なんかではなかった。女である。それも、今までに見たことがない美人だ。

 金髪の淡いブルーの瞳、色も白く背が高い。明らかな外国人。黒のタンクトップは豊満な谷間を強調させ、デニムパンツを履き、上にオレンジのチェック柄のフラグネルロングシャツを羽織っている。

 後ろで結ってある金髪は時折吹く冷たい風に揺れ、高い建物の隙間から覗く月明かりに照らされて輝いて見えた。


「――気付くの遅過ぎ」


 女が英語で何事かを口にする。

 学がない南には何を言っているのかはわからないが、呆れられているのだろう。双眸が、半目でこちらを見据えている。

 腰には日本刀が差してあり、右脇には拳銃が携帯されている。ウエストポーチも提げ、その中にはいったい何が入っているのだろうか?


 思考が途絶える。幻覚を見ているのかと思い、何度も目を擦る。

 しかし、それで目の前の女が姿を消すわけもなく、それが現実であることを証明する。


「お、まえ……は……?」


 なんとか絞り出す声で尋ねる。

 幸い日本語を解するらしく、「ん?」と小さく漏らす。それから少しの逡巡があり、ニコッと天使のような笑みを浮かべた。


「私? あんたたちの敵」


 驚くぐらいドキッとする笑顔だった。だが、その言葉に南は小首を傾げる。


 敵という不吉な単語。

 今、南たちにとってそれは強力な相手を指す単語になる。しかし、四天王に女がいるなどという話は見たことも聞いたこともない。

 そもそも、四人だけのグループであるから四天王と呼ばれるのであり、そうでなければ彼らの総称はなんと呼ばれていたことだろう?


 それらを思考しているうちに、頭がどんどんとクリアになっていく。

 今の自分の為さねばならないこと、それは敵が来たときの報告だ。

 先ずは、四天王の仲間かどうかを確かめなければならない。

 そしてそれは、生きてきた中の、自身の命を左右する選択肢において最大の悪手であった。


「お前、何者だ!? 四天王の仲間かっ!?」


 女は答えない。


 ――タダで答えないのであれば、脅しをかけるしかない。


 そう思い、脇のトカレフのグリップを手にしたその時、



「――返答は行動で見せよう」



 直後、視界が縦に流れる。


「えっ?」


 何が起こったかはわからない。だが、気付いた時にはうつ伏せに倒れており、強く打ったのか顎と胸が少し痛む。

 思考が定まらず、呆然としていると、すぐに背中に何かが腰を下ろす気配がした。

 すると、口を背中に乗った何者かによって塞がれた刹那、南の喉笛で何の前触れもなく灼熱が走った。――一拍遅れて、血潮もまた、そこから迸っていた。


 意識が遠のき、視界が霞む。次第に見えなくなっていく視界に、眼前で未だにこやかに微笑む女の表情が、おぞましい悪魔のものに見えた。




 それを見ていた者達は、唖然としていた。

 薫がこうして暗殺者の本懐を見せたのは、実に三年ぶりである。


 門番二人の背後に、その隣に建つ建物の屋上から、咄嗟に仕掛けたワイヤーを使って降下した薫とレイラが音もなく、軽やかに降り立ち、全身のバネを使って着地の衝撃を吸収。気配も、殺気をも感じさせずに一人目を音もなく強襲した。

 薫が男の口に手を当てて声が漏れないようにし、装備していたナイフで喉笛を一閃。

 血を流し意識も少しずつぼんやりとしていくそれを、少し離れた壁際に担いで移動させた。そして、殺した男が立っていた場所にレイラを立たせる。


 ここまでで、薫とレイラが二人の後ろに現れて五秒ほど。


 そして、相方が殺されたことに気付かずに話し続ける男の背後に薫が立ち、そのまま言葉を聞き続ける。

 男がレイラに気づき、身構えた。

 簡単な対話の後、背後に立っていた薫が男の両脛に手を伸ばし、ひと思いに引いてうつ伏せに転倒させた。

 そのまま流れる動作で背中に跨ると、先ほどと同じように口に手を当て喉笛を切り裂いた。


 薫は一度、右足に装備したレッグホルスターからガバメントを引き抜き、ナイフを持った左腕に右手首を置いて安定させつつ周囲に警戒を向ける。

 今この場に敵がいないことは既に調べがついているはずだが、念には念を入れてのことだろう。


「……もう良いぞ」


 薫がナイフの血を払い、元々装備してあった右胸のナイフホルスターに収めつつ声を上げ、言われた通りに身を隠していた皆が姿を見せる。


「凄い……」


 皆と一緒に一部始終を見ていた三葉が、薫に渡されたM4カービンを持つ手を震わせる。


「三葉ちゃんも、こんな訓練受けてたんか?」

「……はい。訓練したのは一ヶ月ぐらいですけど、教えてくれてた人よりも技術がすごいと思います」

「まぁ、薫は子供の頃にそういった訓練を受けてたらしいからね」

「そ、そうなんですか?」


 事実、暗殺者は相手に気取られずに標的に近づき、殺さなければならない。加えて、人を殺すにあたって何をどうすればいいのかという知識にも精通していなくてはならない。

 薫はその暗殺者の見本と言えるだろう。少し、お遊びが出てしまうのが傷だが。


「体術は、私向いてなくて……」

「体は出来てると思うんだがな。実際、薫に会うまで追手から逃げ切ってる」

「中学の頃、陸上部だったので、足だけは自信が」


 なるほど、と千尋は呟く。


 千尋は足下に転がる肉塊の前に跪き、静かに合掌を送った。

 煜と和希も黙祷を同じように送るが、薫とレイラは目の前に佇む扉の前で軽く意見を交わし合っている。

 その中で最も目を引くのは、やはりレイラの格好だ。

 奇妙、というわけではない。ただ、彼女は昨日はあの上着を持ってはいなかったのだ。他の者も同じ疑問を持っているらしく、煜が思わず問いかけた。


「なぁ、薫。レイラちゃんのその服どうしたんや?」

「買った」


 返答は簡潔なものだった。薫はすぐに考察に移り、再びレイラとの軽いブリーフィングが再開される。

 煜は簡易的過ぎる返答に二の句が継げず、口を何度も開閉させている。

 だが、思い返しても彼らが先日に買い物をする余裕はあまりなかった筈だ。和希と合流してからも服屋には足を向けてはいないというし、どういうことなのだろうか?


「でも、昨日はそんな余裕がなかったんじゃ?」


 思ったことを和希が代弁する。

 それで初めて二人の視線がこちらに向いた。


「今朝買ったに決まってるだろう?」

「まだ五時過ぎなんだけど、それは……」


 和希がそこまで言うと、何が言いたいのかを理解したらしい。あぁ、と声を漏らした。


「シャッターと扉を魔術でこじ開けて、再開祝いとして服を選んでプレゼントだ。心配しなくても、金はしっかりと置いてある。そのままだとレイラに舐めるような視線を向ける無礼極まりない輩が数多く出てくるからな」

「個人的主観で言えば、不法侵入を犯しているが?」

「物は考えの相違だ。なに、金も置いてあるし、文句はねぇだろうよ。警察が来たのなら、いつもの通り東京湾にでも沈めてやるさ」

「あっ、それ知ってる! 日本のスタンダードだよね!!」

「そんなスタンダードはこの国にはないっ!!」


 千尋の一喝にレイラがビクッと身を竦め、薫は小さく肩を竦めてみせた。

 レイラは少し不貞腐れたように頬を膨らませ、不満がありそうな彼女を薫が引き連れて扉の前に戻っていく。


 改めて、それに目を向ける。

 千尋を三人縦に並べたぐらいの高さで、重厚な作りになっているが、どうやら錆びついてはいないらしい。


「まぁ、取り敢えずここ通らな進まへんわ。開けんで」


 そう言って、扉に触れようとしたその時、薫の手がその腕を掴んで止めた。

 驚いて薫を見ると、無言のまま首を横に振る。すると、三葉が声を上げた。


「無理です! この扉は力自慢の男の人が二十人はいないと開けられない扉なんですよ!?」

「その程度なら大丈夫だ。それより、どうかしたのか?」


 簡潔な千尋の返答に三葉が愕然とする。尚も何か言いたげではあったが、無視して薫を詰問する。


「それを取って、改めて見直してみろ」

「取るって、何を……?」


 レイラが首を傾げながら千尋に目を向ける。三葉も不思議そうに顔を覗き込んで来る。


 ――ここは敵地だし、仕方ないな……。


 千尋は少しの逡巡の後、自分の双眸に手をやる。そして――


「へぇ……!」

「嘘っ!?」


 二人が驚愕の声を上げる。他の者達は事情を知っているため、別段変化はない。


「目が……青い!?」


 千尋は指先についたカラーコンタクトを足下に放り、ハイカットスニーカーの靴底ですり潰した。

 千尋の目は青い。真っ直ぐ見つめていると、思わず吸い込まれそうになると言われたこともあった。


「千尋って、実はハーフ?」

「残念ながら、俺は正真正銘の日本人だ。両親もな」

「そうなの? それにしては……。それに、何だか普通の目じゃないようにも思えるんだけど。近いのは、ウィ――薫とお母さんかな」


 ――鋭いな。


 二人の母親に関しては何も言えないが、薫に近いと言われればそれは正解だ。

 千尋の持つ目は人が使うのにあまり向いていない。身体への負担も大きく、更には目を得る際の拒否反応も強い。最悪の場合、死に至る。

 しかし、適合した場合には物体の速度がどれだけ早くても、すべて目で追うことができる。もちろん、銃弾も、下手をすればレーザーでさえ目で追えてしまう。しかし、それに脳の処理速度が追いつくかは別問題だ。

 千尋がその目を使っていると言うことは、無事に適合したと言うことである。普段は黒のカラーコンタクトで隠しているが。

 だが、その物体の速度が見えるからとはいえ、体までついていく訳ではない。そこは、普段の鍛錬で補うしかないのだ。だが、この目の力はそれだけではない。


「無駄話は無しだ、千尋」

「わかってる」


 薫に促されるままに眼前の扉を仰ぎ見る。そして、軽く息を吐いた。


「なるほど。魔術か。これは……妨害か?」


 その目は速度だけでなく、全てを見透かす力がある。本来、視認不可能な魔力の流れでさえ、千尋には見えてしまう。

 魔力を認識する際、魔術師の間で――千尋達四人は魔術師として魔術師統括組織の名簿に名が記されている――は『視る』という言葉でよく表される。しかし、それは千尋のように目で『見る』というわけではなく、感じるという意味合いで使われている。

 幻術すらも見抜き、幻覚を寄せ付けない。不浄を払う目。それが千尋が持つ目の力だった。


「残念。妨害じゃねぇよ」

「なら、何だ? 時間が惜しいぞ」


 魔力の流れを見ることができるからとはいえ、それを判別する力はない。そのため、回りくどい言い回しはあまり好まれたものではない。

 諌められた薫は肩を竦めつつ、答えた。


「コイツはな、警報だ」

「警報?」


 眉根を寄せる千尋だったが、和希は納得したらしく、「なるほど」と呟いた。


「特に侵入者に気取られないように、侵入者が来たことを報せる魔術。そう言うことだね?」

「あぁ。おそらく、ルーレンが仕掛けたんだろうよ」


 小さく溜息を吐き、薫は魔力を練り上げ始める。その速度は千尋達三人に比べて段違いに早い。

 瞬く間に膨大な量の魔力を内に溜め込み、その魔力の一部を指先に集めた。


「千尋、合図をすればこれを開けてくれ。音が小さいようにな」

「わかった」


 無駄を省いた淡白な会話。それだけを交わすと、触れてはいけないと言っていた扉に自然に触れ、途端に扉が――正確には扉を覆うようにして広がっていた術式が波紋の広がるように波打ち、


「――ゴー!」


 合図が出される。

 千尋は直ぐに扉に触れ、初めはその重さを噛みしめるように、次の瞬間には必要量の力でゆっくりと押し開けた。


「嘘っ!?」


 背中越しに三葉の驚く声が聞こえる。


「千尋を舐めたらあかんで。男二十人ぐらいやったら千尋だけで簡単に開けられる」

「へぇ、それはすごいね。本当に人間なのか疑っちゃう」

「当たり前やんか。ちょい事情持ちやけど。それも聞きたいんやったら、夜にベッドで色々やってもらう必要があるけど」

「お断り。薫以外にするつもりはないんだけど」

「人の妹に手を出そうとしてんなよ、トンチキが。それと、その抱擁を受け取るつもりもない」

「えー!?」


 千尋は扉を開き終え、眼前の深い闇の奥に目を凝らす。

 階段がある。どうやら、地下へと続く階段らしい。それがかなり深くまであるようだ。


「――行け」


 薫が本人にしか聞こえない程度の声で呟いた。

 声が小さかったために誰もそれに気づかず、千尋は背後に佇む皆に振り向いた。

 東の空が明るくなりつつある。急がなければ、気づかれるのも時間の問題だろう。


「行くぞ」

「俺が先行しよう」

「ほな、行こか」

「ねぇ、薫。さっきの何したの?」

「偽の術式を噛ませて発動を防いだだけだ。時間経過で何事もなかったかのように元に戻る。早く入れ」

「声を潜めてくれよ。ここはもう敵地だからな」


 薫はガバメントを構えて先に階段を降り、それに続く形で皆がついて行く。

 全員が入りきるのを見届けると、千尋はゆっくりと扉を閉めた。

 その時、誰かに見られている気配がしてならなかった。もしかすると、気づかれているかもしれないという恐怖に襲われながら、千尋は後を追うのだった。


 そして、それを見送っていた視線の主人達は、ニヤリと不敵に微笑んだ。




 階段を音もなく降りて行く。後ろからは皆がなるべく音の鳴らないように配慮しながらついてくる。


 九老、パティン、パイモンは既に侵入済み。手に入れたい情報を探ってもらっている。

 九老は途中で飽きてしまいそうだが、他の二人はある程度は従順なため、あまり心配はなかった。

 九老は知っての通り噂に名高い茨木童子だ。

 だが、パティンとパイモンは余程の物好きでないとわからないかもしれない。

 一言でわかりやすく言うと、悪魔だ。

 薫は悪魔王ということもあり、配下に数多くの悪魔や人外を従えている。それら全てが薫に忠誠を誓っているわけではないが、少なくともその二人はある程度の忠義を持ってくれている。

 その両者は薫と毎朝模擬戦に付き合っている。悪魔という種族ということもあり、人間を相手にして絶対的な強者の余裕を見せる。

 しかし、そこは悪魔王という立場が影響しているのか、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれている。その実力は薫を相手にしても――そのように言ってあるために――容赦はない。

 もしかすると、今の四天王全員で挑んでも、善戦はしても敗北することは目に見えている。

 そんな悪魔達が情報を探すということもあり、あまり心配をしていないというのが本音だ。


 得たい情報は、どこの組織が組長の孫を襲うように仕向けたのか。そのことの書かれた書類が残っている可能性は高い。

 それと、ある組織の繋がりについてである。しかし、これに関してはあまり期待はしていない。


 表では大企業として名高い会社が、自分にとって不利になる情報をみすみす残しておくとは到底思えないからだ。

 もちろん、この三年間尽力を尽くしてはいるが、まだ尻尾すら掴めていない。

 知り合いの情報屋をあたってはいるが、結果は同じだ。何かそれらしい情報が入れば伝えるように言ってあるが、そんな情報もない。


 ふと気付けば、既に階段を下りきっていた。そして、目に映る光景を見て、誰かが感嘆の声を上げる。

 半分人工、半分天然によって作られた洞穴だった。明かりは二メートルおきに松明が灯されており、木製の扉が廊下にいくつも見える。ひやりとした冷たい空気が皆の肌を撫で、その風に乗って漂ってくる嗅ぎ慣れた臭いに違和感を感じた。


 薫は壁に耳を当て、二度軽く叩く。

 音の反響に耳をすませ、内部の構造を浮き彫りにさせていく。


「鬼桜さんはいったい何を……?」

「しっ」


 三葉が疑問を口にするが、レイラがそれを黙らせる。

 少しの静寂。反響する音は次第に小さくなり、すぐに聞こえなくなってしまう。しかし、音の反響が続いた箇所までの地図は頭の中に構築され、それを頭の中で確認する。


「なるほど、これは面倒だ」


 活眼すると、ようやく薫が立ち上がる。


「何かわかったか?」

「少しはな。水中と違って、やはり地上では音は伝わりにくいな」


 薫はそう言うと、一番近くの扉に視線を向ける。

 扉は内開きの木製で、触れるとギシリと軋む音がする。

 扉の脇に近づき、背中を壁に当てて胸のナイフを抜く。


「ここにいろ。話していても構わねぇよ」

「あの……それってどういう――」


 三葉が二の句を継げる前に薫は部屋の中に飛び込んだ。

 部屋の中には二段ベッドがふたつあり、あとは簡易的な灯りとしてろうそくが二本あるだけだ。


 部屋の中にいるのは四人。

 そこで部屋の奥にいた一人の男が二段ベッドから起き上がってきていた。


「な、何だお――」


 何事かを口にした刹那、薫はその隙だらけの懐に潜り込み、一切の抵抗を許さずに相手を投げ飛ばした。灯りの置かれたテーブルに背中から叩きつけられた男は、次の瞬間に首を歪に折り曲げられる。

 テーブルは男の叩きつけられた衝撃に耐えきれず木片と化し、粉塵を巻き上げる。


「何だ!?」

「何があった!?」


 未だ浅い眠りの中にいた二人が音に驚いて跳ね起きた。


 二人が状況を要する時間はおよそ一.五秒。それだけの時間があれば、薫に次の動作の準備を終え、尚且つ行動に移すことは容易だった。

 薫の膝が沈み込み、バネとなって爆ぜた。

 狙いは薫から見て左側の男。神速の踏み込みと共に最短距離で起き上がった男の首にナイフの刃が突き刺さる。

 鮮血が溢れ出す。薫はそれに見向きもせず、突き刺した刃を横に薙ぐ。

 鮮血が瀑布となってシーツを真っ赤に染める。


「うぉぉおおおぉぉおぉっ!!」


 状況の理解を終えた男が、ベッドの下に隠してあった手斧を掲げて肉薄する。

 薫はいったん武器を手放すと、敢えて前に出て相手の手首の位置で腕を交差させて受け止めた。

 その間に眠っていたもう一人も目を覚まし、


「応援を呼べ!! 四天王だっ!!」


 叫ぶ間に薫は男の懐に入り身して、肩から男の胴に突進する。

 小さく男が呻き、斧を持つ手が思わず緩んでしまう。

 それを見逃すわけもなく、男の腕から斧を奪い取り――

 横薙ぎに振るった。鋼は首の肉をやすやすと裂き、骨を砕いて進む。首が跳ねられ、無くなった首から噴水を彷彿とさせる量の血が噴き出す。


 薫はやはりそんなものに見向きもせず、顔に大量の返り血を浴びながら、仲間がやられたことを呆然と見送っていた男に近づいていく。


「――お、お前は!!」


 ようやく状況がわかったらしい男に薫は無慈悲に斧を振り下ろした。顔面が両断され、枕元に赤い染みが広がっていく。


 生きて来た人生の中で、嗅ぎ慣れた濃密な血臭が部屋の中で充満し、ようやく生温い生活からこちら側に戻ることの出来た悦びを噛み締める。

 三年。言葉にしてみれば短いが、薫にしてみれば離れていた時間が長過ぎる。鋭い牙を持った獣が腑抜けになってしまうほどに。


 斧を手放し、ナイフとガバメントを回収して部屋から出ていく。

 薫が出て来たことを認識すると、煜と三葉が目を見開き、千尋が暗い表情になった。


「うわっ!?」

「行くぞ。一人一人こうして潰して行くのもありだが、弾にも限りがある。気取られる前は近接を試みたほうがいい」

「いや、その前にお前それ拭けって! 見てるこっちが怖いわ!」

「慣れろ」

「無理や!」


 以降も何事かを言ってくる煜だったが、薫は勿論取り合わない。そんなことをしているよりも、事を成す方が先決である。


 ライオネル・ソウルのアジトは洞穴を利用していることもあり、大きな迷路となっていた。

 水中とは違い、音の反響も短いために時折立ち止まっては壁に耳を当てる。その度に頭の中に地図を作り上げていき、少しずつ道を進んでいく。

 その間にも六つほどの部屋を強襲し、どれも見るも絶えない惨状へと成り代わっていった。

 一ヶ月とはいえ、ここにいたという三葉もその度に表情を強張らせ、恐怖の対象を見る目で薫を見上げていた。


「これ、俺らいらんのとちゃうか?」

「まぁ、スペックが桁違いだからね。正直、どうしたらああも自然に人が殺せるのか」

「やめた方がいい。それを言うと、話が終わらない」


 千尋がその会話を窘め、先行していく薫についていく。

 そして、もう何度目かもわからなくなった頃、三葉がある横道に視線を向けて立ち止まった。


「……! 三葉ちゃん、どうしたの?」


 レイラがそれに気づき、声を潜めながら問いかける。

 それに気づき、千尋が薫を止めようとした時、薫は左手で握りこぶしを作り、後ろの皆に見えるように掲げた。

 止まれのハンドサインだ。

 レイラはそれを見て、ジュニア・コルトを引き抜く。それに(なら)い、千尋も呼吸を整え、煜も腰の小太刀に手を伸ばす。


「どうした?」

「…………」


 薫は黙って廊下の先に視線を向け続ける。その眼には光が宿っておらず、獲物を狙う獣を連想させた。

 それでただ事ではないと思い、千尋は拳を痛めないように手甲を装備した。

 自然と皆が息を呑む。何が起こるかわからない状況に、ジワリと汗が流れる。


 その時、薫がベルトに手を伸ばした。そこに装備されている針を二本抜き取ると、


「……ッ!」


 投擲。何もない虚空に向かって一直線に進む針。そのうちの一本は、次の瞬間に赤く染め上げられ、赤い液体を滴らせながら目測十二メートル程先の壁に突き刺さった。

 だが、もう片方は空中でピタリとその動きを止め、カランッ、という音とともに勢いよく地面に落ちた。それは自然に落ちたというよりも、何者かの力が加えられたように見えた。


「なっ……!?」


 和希が驚きの声を上げる。

 薫もすぐに引鉄を引いた。

 バスッ、と小さな音。排莢口から黄金色の空薬莢が吐き出され、45口径の反動が薫の手を走る。


 薫の目に映るのは何もない道。だが、そこにある違和感だけは許容出来なかった。

 そしてそれは当たりだった。

 光学迷彩を装備した男が二人、道の先に立っていたのだ。

 いち早く気づいたはいいが、相手にもすぐに気取られた。一人は殺せても、もう一人は飛来する針を反射的に掴み、ひとつ目の危機を脱している。

 次に撃った薫の弾丸。それをその場で伏せて躱し、男もトカレフをホルスターから抜いた。


「伏せろッ!」


 反射的に警告を促し、自分も横っ跳びその場で伏せる。

 刹那、一発の銃声が轟く。

 薫もすぐに撃ち返す。一発は肩の肉を抉り、もう一発は男の眼前の地面を抉った。野太い悲鳴が上がる。

 だが、男はすぐに自分の使命を遂行した。


「敵襲ーーっ!! 四天王が侵入している!!」


 出来る限りの大声なのだろう。すぐに様々な部屋が騒がしくなった。


「菅ちゃん、弓を出しておけ。煜、菅ちゃんと三葉を連れてその横道を進め!」


 即座に千尋が指示を出す。言われた通り、和希は弓を魔術で作り出し、煜は二本の小太刀を抜刀。

 煜が横道脇の壁に背を預け、その奥を覗き込む。


「合流場所は!?」

「この先に広い広場がある!」


 薫が発砲しながら声を張り上げる。今度こそ弾丸は男の頭蓋を砕き、飛沫をあげて動かなくなった。

 即座にタクティカルリロード。スライドを引いて薬室に弾薬を送り込む。


「場所は近衛が知ってるだろうよ。前衛は煜。後衛は和希と近衛――ッ! ……誤射だけはするな」


 言い終えると、様々な部屋から武装した男女が飛び出し、それらを一網打尽にしていく。

 時折、アップルの安全ピンを抜き、立て続けに開いていく扉に向かって投げつける。

 開け放たれた扉に当たり、部屋の中に入ってきたそれにどよめいた瞬間に炸裂。丁度部屋の中にいた全員を吹っ飛ばした。


 千尋はそれを目に焼き付けた後、


「レイラは俺達と一緒に敵を倒しながら進む。異論は――」


 直後、レイラが後方に向けて引鉄を引いた。弾幕群が数人の肉を抉って転倒させ、それに驚いた他の者達が思わず足を止める。

 そのまま入っている全ての弾を撃ち尽くすと、


「リロード!!」


 即座に薫が反応する。

 息をするような自然な動作で、いつの間にか空いている左手にもう一丁のガバメントが握られている。セイフティも解除され、その銃口は後方の下っ端達に無言の威圧をかける。


「早く行け!」


 未だ立ち尽くしている三人に千尋が吼え、抜いたばかりのガバメントが同時に火を噴く。轟音。サプレッサーのないコルトの音が洞穴の中を反響し、嫌に耳に残った。

 今まさにリロード中のレイラに迫ろうとしていた女を、薫の放った弾丸によって体ごと吹っ飛ばされ、後ろの男に抱きかかえられる。


「大丈夫か!?」

「おい! ……ダメだ! なんだよあの銃!?」

「なんだ、コルトの45口径を知らねぇのか? かなり有名なものだと思っていたが、まぁいい。貴様らの末路はひとつだ。覚悟しろ」


 叫ぶ者達を相手に底冷えのする眼光で睨みつけ、それだけで相手を威圧してしまう。顔に浴びている返り血の所為もあってか、それが更に不気味に映る。

 右手に持ったガバメントの向く方向に時折視線を向け、相手がそれに驚き思わず後退る。


「早く行って!」


 レイラの激昂。なかなか進まない素人達に痺れを切らしたのだろう。

 それによって、あたふたしていた三葉の手を取り、先行する煜を和希が追う。


「えっ? で、でも……! 皆さんが!!」

「あいつらはこんな場所でヘマ打つような奴らとちゃう! それやったら、言われた通り進むんが一番や!」

「寧ろ、俺たちがいることが一番足を引っ張ってる!」


 三人のうち二人は潜入の経験もある。もちろん出来は悪かったが、それでも今尚生き残っている以上心配は少ない。

 一番の問題はあの依頼主だ。近衛三葉だけは一ヶ月銃の扱いや簡単な格闘術を学んだだけの少女である。

 千尋もそれをわかって、同じく後方支援型の和希を一緒に向かわせたのだろう。


「……どうするべきだ?」

「どうするべき? 寝言でも言ってやがるのか? 決まっている。三年前の再現さ」


 三年前の再現。それが意味するところは、即ち皆殺し。誰一人として生きて返すつもりなど毛頭なかった。


 それを聞いた千尋は一瞬表情を曇らせたが、直ぐに改めた。炯炯とした眼光を細め、構える。

 そこにいるのは氷崎グループの社長としての氷崎千尋ではなく、武術家としての氷崎千尋である。

 垣間見せた迷いも既に遠い彼方へと置き去り、誰一人として立っていられないほどに打ち倒す気持ちがその背中に浮き出ていた。

 薫もこれに倣い、小さく息を吐いた。

 迷いなど元からない。

 だが、日常である悪党の薫から、暗殺者、軍人、魔術師としてのウィリアムへとスイッチを入れ換えたのだ。少々浮き彫りになっている無駄を出さないために。


 互いに互いの得意分野は熟知している。あとは、それを活かす動き方をすればいいだけ。


「行くぞ!」

「応」


 返した言葉に感情はない。嫌に冷たく、乾ききった声だった。

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