8 ウィステリア離婚する
幸せだった。愛する人と結婚して、いつも愛を囁かれ身も心も満たされていた。半年は避妊をしていた。二人の生活を楽しみたいとデヴィットが言ったから。
私も愛に溺れて何も見えなくなるほど浮かれていたから、神様から罰が下ったのかしら。
結婚して一年経った頃、親戚に不幸があったとデヴィットが出かけて行った。
タイミングが悪く義両親は外国に仕事に行って留守だった。
それから一週間デヴィットは帰って来なかった。
心配になったのでスザンヌに様子を見に行って貰った。
「見たままを申し上げて良いのでしょうか。後悔されませんか?」
辛そうな顔をしたスザンヌに聞かれた。
「構わないわ。これからのために本当のことを知る権利はあると思うの。残酷な役目を負わせてごめんなさいね」
スザンヌは絞り出すような声で言った。
「小さなアパートに十代の女と二人でいる若旦那様を見ました。
見に行ったタイミングが良かったのか悪かったのか、女を抱きしめていました。子供と女の境目というところで庇護欲が湧かれたのかもしれません。
仕事が終わると王宮からアパートに行かれています。夜遅くなっても屋敷に帰られる素振りはなく、職場に戻って泊まられています。どうされますか?若奥様」
「許せない、許せるわけがないわ。離婚をする。顔も見たくない」
薄いカーテンしかない窓から全てが見えているのにも気が付かないほどだったのかしら。馬鹿な人。
どうして?デヴィット何故裏切ったの?そんな人だと思わなかった。
若い果実が良かった?
込み上げて来る悲しさと悔しさが喉元までせり上がってきて、トイレに駆け込み吐いた。
亡くなったのは従姉で残されたのは従姪十三歳。
平民の男性と結婚して先立たれ母親と二人暮らしをしていたらしい。
私はどうやら心が狭いらしい。狭いアパートに二人でいると考えただけで駄目だ。抱きしめていた?気持ちが悪い。本当に胃がムカムカする。
貴族なら愛人がいても平気な顔をしろと考える男だったのね、最低!
見損なったわ。
昔からこうなった時のことは考えていた。幸い持参金は手元にある。宝石類と貯金も自分の物がある。大丈夫、やっていける。
家から連れてきたスザンヌとサナとメアリーに残るか一緒に出ていくか聞いた。
三人の答えは「「「どこまでもお嬢様に付いて行きます」」」だった。
手紙と離縁届を部屋に残し、実家に帰るわねと家令に告げ馬車で実家に一旦帰った。
お兄様と義姉様に話をしたら、呆れられるかしら。でも許せないの。気持ちが悪くて吐きそうなんだもの。逃げ出して何が悪いの?
お兄様とお義姉様は何も言わず抱きしめてくれた。あまりの顔色の悪さに医師を呼んでくれた。
妊娠していた。
三カ月に入ったところだそうだ。気持ちの悪さはこのせいもあったのね。
安定期までという条件でお義姉様の家の別荘に匿ってもらうことになった。
別荘には知らせておくからとお義姉様が言ってくださったので甘えることにした。馬車で一日の静かな町だそうだ。景色がいいからゆっくりすると良いわと言ってもらった。
ここで流産するともう子供が産めなくなるかもしれないぞとお兄様に脅されたせいでもある。もう二十一歳だものね。その可能性は高い。それにもう結婚は懲り懲りだ。
お義姉様は侯爵令嬢だった。別荘が三棟ほど国内にあるそうだ。流石にお金持ちは違う。
困らせてやれとはお兄様の言葉だ。妻を見ないで余所見している馬鹿に思い知らせてやれと言ってくれた。そういえばシスコンだったわ。
もう彼は捨てて来たのに。
横になれるような大きな馬車でサナ達と逃避行をすることにした。お医者様も同行という条件はありがたく受け入れた。
昔からの我が家のお医者様のおじいちゃまの後を継いだのはお孫さんで女医さんだった。
「中々違う都市に行くことはないですから楽しみなんです。気持ちが悪くなったら言ってくださいね」
「はい、そう言ってくださると安心します」
お医者様がいるという安心からか気持ちの悪さが楽になった気がした。
馬車は負担にならないようにゆっくりと走ってくれた。
侍女一人とお医者様と三人で乗っても私が横になれる馬車ってどこから手に入れたのかしら、お兄様。
やはりお義姉様からよね。ありがたい。一生ついていきます。
スザンヌとサナが馬で伯爵家の護衛が五人付いて来てくれた。大きい馬車だが強盗に襲われるといけないからと腕の良い者を付けてもらった。ありがとうお兄様。
安定期になったら隣国にでも行こうかな。勝手に再婚でも何でもすればいいのよ。慰謝料も取ってやると言ってもらった。私以上に怒っている。
顔も見たくないわ。さようなら。
持参金のおかげで当分は働かなくても食べていけるけど暫くしたら働こう。翻訳の仕事を探そう。家にいても出来る。落ち着け私。怒りってパワーだわ。
うん、深呼吸してゆっくりね。まずはこの子を丈夫に産まないと。
☆☆☆
着いた別荘は二階建ての可愛らしい外観のお屋敷だった。
出迎えてくれたのは穏やかな笑顔の中年のご夫婦だった。外回りを旦那様が中を奥さまが管理されているそうだ。
「良くいらっしゃいました。ご無事に着かれて良かったです。さあさあお入りくださいませ。お部屋にご案内しますのでゆっくりされてくださいませ。後で妊婦様にも飲めるハーブティーをお持ちします」
「ええ、ありがとう。久しぶりの地面が嬉しいわ」
たった一日なのに揺れないということが懐かしい。
「こちらでございます」
そこは二階で日当たりの良い窓の外の景色の良い大きな部屋だった。窓の下には綺麗な花が咲いていて、塀の代わりに木が植えられ目隠しになっていた。
木目の美しいアンティークなテーブルにソファー、品のいい書き物机にクローゼット、小さな整理ダンス、トイレにお風呂まで付いていた。
寝心地の良さそうな広いベッドが置かれていた。少しだけ横になろうかしらと思っていたら、気づけば辺りが暗くなっていた。
いつの間にか寝間着に着替えベッドの中で眠っていた。サイドテーブルの上にある鈴を鳴らした。
「お目覚めになりましたか?」
いつもの様にサナが来てくれた。
「お疲れでしたのに直ぐにお着替えを手伝わず申し訳ありませんでした。ハーブティーと軽食をお持ちしますね」
「ありがとう、お願いね」
漸く気持ちの悪さが治まった気がした。
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