17 ロイ 4
「母さま、ぼくねいちどよんだ本やきいたことをみんなおぼえているんだ。それってへんじゃないのかな」
恐る恐ると言う感じでロイがある日眠る前に聞いてきた。
「まあ、それは素晴らしいことなのよ。変だなんてとんでもないわ。ロイって記憶力の天才だったのね。
お母様こそ気づいてあげられなくてごめんなさいね。とても頭が良いとは思っていたのだけど、記憶力が飛び抜けているとは思わなかったわ。
神様にいただいた素晴らしいギフトだわ。
でも人にはあまり知られない方が良いかもしれないわね。悪い人に攫われて利用されるかもしれないから。
そうね、とてもお勉強が出来る子くらいに見せておくのはどうかしら。家ではどんな本でも好きなだけ読むと良いわ。全部買ってあげるから」
「変じゃなくて良かった。かんたんに分かっても他人に言わないようにするよ」
安心したように笑うロイにこの間会ったオリバー卿のことを思い出して聞いてみた。
「この間会った小父様も頭が良すぎて気味が悪いと小さな頃に言われてたらしいから、良かったら先生になっていただく?勿論相性が悪かったら直ぐにお断りするけど」
「たまになら良いよ。マナーやダンスやピアノと剣もやらないといけないから、いそがしいもの」
「ふふ、ロイったら直ぐ覚えてしまうくせにそんなふうに言って」
深刻なことを冗談にしてしまう可愛い息子を、思わず抱きしめてしまった。
ウィステリアは翻訳を様々な分野に広げていた。歴史物や文学書、今人気の恋愛小説まで。どの分野も奥が深く表現力が求められる。
先人が訳してくれた手本を自分なりに噛み砕いて、自分の糧にしていた。
まだ翻訳されていない物をこれがウィステリアの訳した物だと分かって貰えるようになりたいというのが目標だった。
翻訳はペンネームを使っていた。リリル・ランバートという名で既に多くの書物が出回っていた。いつの間にか地に足のついた職業婦人になっていたのだ。
皆のおかげだわと、ふうっと大きな息を吐き出しウィステリアはすやすやと眠る我が子を見ながら呟いた。
☆☆☆
王都で翻訳者の懇親会が開かれることになった。
ウィステリアはロイを連れて行くことにした。侍女のサナとメアリー、護衛のスザンヌも一緒だ。久しぶりに兄の所へ泊めて貰うことにした。
爵位を兄に譲った父は母と共に領地にいる。
姪のマリアンヌは六歳になっているはずだ。下に二歳のセオドアがいるので賑やかだろうなと頬が緩んだ。
案の定ウィステリアとロイの顔を見た二人は大騒ぎだった。
「叔母様、ロイいらっしゃい待っていたわ」
マリアンヌが駆け寄ってロイに抱きついた。セオドアは兄に抱かれにこにこ笑っていた。
「こらこら叔母様達は疲れているんだから煩くしてはいけないよ。よく来たね、二人共元気だったかい?」
「お久しぶりです。お兄様、お義姉様。マリアンヌ大きくなったわね。セオドアはお兄様の小さな頃に良く似ているわね」
「久しぶりに会えて嬉しいわ。ロイ君が生まれて以来ね。大きくなったわね。
さあ客間に荷物を運ばせるから、みんなでお茶にしましょう」
子供たちはマリアンヌを中心にお菓子やジュースを食べてお喋りを楽しんでいた。
ロイのことは誰にも聞かれたくないので、夜にでも相談するつもりだった。ウィステリアは兄夫婦との再会を楽しむことにした。
「明日はゆっくりして明後日が懇親会なの。明々後日街にロイを連れて行ってみようかと思っているの。初めてだからきっと喜ぶと思うのよ。来るまでの馬車の中もとても楽しそうだったもの」
「ウィステリアが連れて行きたいんだね。護衛を三人連れて行け。侍女はスザンヌで良いだろう」
「ありがとうお兄様」
「二日間は子ども同士で遊ばせよう。マリアンヌが楽しみに待っていたんだよ」
「もう仲が良さそうで良かったわ」
夜、兄の私室に義姉様も来てもらいロイが記憶の天才だと打ち明けた。
「ロイが大きくなるまで我が家の秘密事項にしよう。攫われて良いように利用されると大変だ。自分で身を守れるように剣も教えたほうがいいな。引退する騎士で人柄の良い男がいる。そいつに頼むとしよう。近くに家を買ってやって通ってもらうのがいいかもしれない」
「奥様はいらっしゃらないの?」
「いるよ、屋敷に勤めている侍女頭だ。よく勤めてくれた二人に褒美という形で家を与えよう」
「お兄様、引退後の計画を勝手に決めてはいけないわ」
「勿論聞いてからにするさ。心配するな」
客間に帰るとロイがベッドに座って起きていた。
「まだ起きていたの?」
「うん、かあ様がかえってくるのを待ってた。いつもとちがうばしょだからねむれないの。お話して」
「ええ、良いわ。昔あるところに王子様がいました。皆の憧れの王子様は誰にでも好かれていましたが、ある日魔女に呪いをかけられて子供の姿になってしまったのです。王子様が魔女を好きにならなかったせいで、怒った魔女は王子様を呪ってしまったのでした』
長旅で疲れたのだろう直ぐに寝息が聞こえた。
あら、もう寝てしまったわ。頑張って起きてくれていたのね。お休みなさい、私の坊や。
眠ってしまったロイの髪を撫でながらウィステリアは満たされた気持ちになった。
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