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最期の奇術師  作者: 山本正純
後編
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26

 縦林千春が笑いながら事実を述べると、合田が聞き返す。

「横溝香澄が何をした。確かに横溝香澄の兄はお前の娘を轢き殺した。その復讐か」

「それがなくても、私は彼女のことを恨んでいる。霜中凛は彼女と浮気をしていました。学生の分際で彼と食事をしていた。挙句の果てには最期の奇術師の初版本を彼女にプレゼントすると言い出しました。それが許せなかった。浮気相手のプレゼントとして書かれた作品のアシスタントをさせられたことが許せなかった」


「違う」

 銃口を突き付けられた横溝香澄が震えた声で叫ぶ。

「違うの。私と凛さんは浮気なんてしていない。私はスラント・ティムのファンだった。あの食事は浮気ではなく、ファンとの交流よ」

 横溝香澄から聞かされた事実を聞き縦林千春が取り乱す。

「嘘。彼がファンとの交流なんてするはずがないでしょう。私は彼の影武者としてパーティーや授賞式に参加していました。つまり霜中凛がスラント・ティムだということを知っているのは僅かな人間のみ。ただのファンであるあなたが知るはずがない」

 横溝香澄は縦林千春に対して事情を説明する。

「凛さんは私の家庭教師。彼は私に勉強を教えてもらいながら、自分の夢を語ったの。小説家になりたいって。その時ペンネームはスラント・ティムにすると言っていた。数年後私は本屋でスラント・ティムが書いた小説を見つけて購入した。でもパーティーに顔を出すのは別の女性。気になった私はレストランに彼を呼び出して事情を聞いた」

 

 平成十五年一月二十日。横溝香澄は霜中凛をファミリーレストランに呼び出す。

 二人はテーブルを挟み向かい合うように座る。その席はレストランの窓から丸見えになっている。

 横溝香澄が適当に注文すると、彼女は早速聞きたいことを口にする。

「スラント・ティム。あなたのペンネームですよね。なぜスラント・ティムとしてパーティーに出席しているのは別の女性なのでしょうか。この前東都出版社が主催するパーティーの様子が雑誌に載っていたけれど、あなたの写真は写っていなかった」

「アシスタント。別にゴーストライターというわけではない。俺のわがままを聞いてくれた彼女がスラント・ティムの代役としてパーティーに出席している。本当は俺の正体がスラント・ティムということは秘密なんだ。だから誰にも言わないでほしい」

「分かった。あなたの書く小説は面白いよ」

「それは本当か。だったら最新作を自宅に送る」

 その様子を縦林千春が窓の外から見ていた。

 

 それから数か月後、私の家に最期の奇術師の初版本が届いた。横溝香澄は歓喜する。三か月後霜中凛が逮捕されることを知らずに。

 

 横溝香澄は当時のことを回想すると、霜中凛に対する思いを話す。

「彼が殺人未遂の罪で逮捕されたことを知ったけれど、どうでもよかった。彼が犯罪者になったことを忘れるくらい面白い小説だったから」

「嘘。だったらどうして彼は絶版を選んだんですか。あなたが唆したからではないのですか」


「嘘ではない」

 合田は大声で叫ぶ。

「忘れたのか。最期の奇術師は完璧なマジックを披露したい主人公が怪物に変貌して周囲にいる人々を殺害していくという話。これは俺の想像だが、瀬川左雪のストーカーと化した霜中凛は思ったんだろう。このままでは最期の奇術師の主人公と同じように周囲にいる人々を殺害していくかもしれない。そう危惧した霜中凛はケジメを付けるために絶版を選んだんだろう。暴走して愛するあなたやファンの横溝香澄を殺さないように。もしも霜中凛が最期の奇術師の主人公と同じように人々を殺していけば、小説が売れる。だがそれではアシスタントのあなたは喜ばない。だから彼はあの小説を絶版にしたんだろう。あなたは絶版を選んだ理由を闇の中に葬り去った」

 合田の言葉を聞き縦林千春は手にしていた拳銃を落とし、泣き崩れる。そのまま警察官たちは横溝香澄を保護し、縦林千春を逮捕する。

 その後の捜査で睡眠薬や拳銃の入手経路が判明。霜中凛の爪に付着していた皮膚片のDNAが縦林千春の物と一致。

 縦林千春の送検により集団誘拐井事件は終わりを迎える。


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