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午後二時二十分。木原と神津は青空運行会社を訪れる。そこで二人は桂右伺郎に話を聞く。
「刑事さんですね。犯人が逮捕されたのですか」
「まだですが、一つだけ聞きたいことがあります。最期の奇術師。ご存じですよね」
「知りませんよ」
「それは奇妙です。あなたは十一年前東都出版社に勤務していたと聞きましたが。あなたは最期の奇術師の作者スラント・ティムさんの担当編集ですよね。合田警部に調べてもらいました」
「その通りですが、それと集団誘拐事件の関係を教えてくださいよ」
桂からの質問を受け、神津が答える。
「関係あるかもしれないから聞いている。出版社との意見の食い違いが原因で絶版が決定した日と瀬川左雪殺人未遂事件が発生した日が一致している。これは偶然なのか」
「偶然です」
桂が淡々と答え、木原が質問を続ける。
「あの小説が絶版になった経緯について詳しく聞かせてください」
「スラント・ティム自らがメールで出版権を放棄するよう要求したからです。その意向を尊重して絶版にしました。あの小説は売れなかったから絶版になるのも時間の問題でしたが」
「なぜスラント・ティムは絶版を要求したのでしょう」
「理由の言及はなかったですね」
神津は桂に再度質問する。
「因みにスラント・ティムというのはペンネームなのか」
「多分ペンネームです」
桂の曖昧な発言を聞き二人は首を傾げる。
「多分というのはどういうことだ」
「スラント・ティム本人は打ち合わせに顔を出さないんです。原稿は郵送ですし、打ち合わせや東都出版社の主催するパーティーに顔を出すのは決まって自称スラント・ティムのアシスタントと名乗る女。編集部内では自称アシスタントがスラント・ティムの正体ではないかという噂が出回っていました」
アシスタントと名乗る女のことが気になった木原は桂に聞く。
「その女性の名前は分かりますか」
「縦林千春さんです。何でも父親は弁護士事務所を経営しているようですよ」
「横溝香澄という女性をご存じですか」
「知りません」
「最後に本日の正午頃どこで何をやっていましたか」
「その時間なら仕事をやっていましたよ。社員全員が証人です」
二人は青空運行会社の駐車場まで歩きながら状況を分析する。
「縦林法律事務所に勤務している横溝香澄はスラント・ティムが執筆した怪奇小説最期の奇術師を所持していた。弁護士事務所の所長縦林智晶の娘縦林千春はスラント・ティムのアシスタントをやっていた。桂右伺郎はスラント・ティムの担当編集をやっていた。このように考えるとあの三人はスラント・ティムという人物で繋がるな」
「だが瀬川左雪殺人未遂事件の関係者たちとのミッシングリンクが分かりません。その謎を解く鍵は、あの写真でしょう」
木原はスマートフォンに合田から転送してもらった写真を表示させる。小学生くらいの女の子がブランコで遊んでいる姿が映し出された写真。この少女が事件を解く鍵ではないかと二人は考える。




