エピローグ
「うわー……すごいな、こりゃ」
目の前に広がる『ゴミ屋敷』ぶりを見て、山田は思わず声をあげた。
日本のどこにでもある、地方都市。
その郊外にある、古びた一戸建ての中である。
屋内は、古本やら古着やら、壺やら茶碗やらお皿やら。
所狭しと物が積み重ねられていて、まさに足の踏み場もない。
その上、家屋の半分が焼け壊れ、まるで空襲の後のように焦げ砕けていた。
「これ、私たちがなんとかしないといけないのかな?」
山田の相方である女性は、ぼやいた。
山田は、ううんとうめいて、
「いや、裁判所が相続財産管理人というのを選任するらしい。その管理人には弁護士が選ばれるらしいから、俺たちがどうこうするわけじゃない。今日の俺たちはただ、この家の中の様子を確認に来ただけだ。
本当なら、この家は故人の甥っ子さんが相続する予定だったらしいが、この家の中にいたときに、雷に打たれて死んでしまったんだとさ」
「嫌な死に方だなあ、それ……」
女性はまたぼやいた。
山田とその相方は、公務員である。
地元の役所で働く生活福祉課の人間であり、また女性は山田から見て1歳年下の従妹であり幼馴染であった。
だからこそ、職場ではきちんと敬語で話す関係でも、二人きりになると家族の話し方になってしまう。
「明らかに相続人がいないのなら、早く片付けたほうがいいと思うんだけどなあ、この家」
「俺もそう思うけれど、なかなかそう単純にはいかないんだろうな」
現場の確認をするために、持参したカメラで家の中をくまなく撮影する山田を見て、従妹はあきれ顔になり、
「ねえ、兄ちゃん、もういいよ。帰ろうよ。なんか雨雲まで出てきてるし、雨に降られるよ」
「仕事だからちゃんとやるぜ、俺は。……それに、この家にいたひとは俺たちと同じ山田さんだからな。他人事とは思えないんだよな、なんとなく」
「山田さんなんて、全国に何万人とおるって」
従妹は、まったくやる気がない。
それでも手に持ったファイルに目を落として、
「山田剣次に、相続人が山田俊明。ふたりともまだ若いのに亡くなって、可哀想だとは思うけど」
「そういえば、俺たちのご先祖様って山田俊明って言うんだよな」
「なにそれ。初耳」
「知らないか? 戦国時代に、豊臣秀吉の相棒として活躍した商人で、最後はマカオで亡くなったんだと」
「知らん、知らん。本当に? 秀吉って、あの豊臣秀吉? そんな偉いひと一緒に働いたの?」
「確かな話だって聞いてるよ。山田俊明、最初の名前は弥五郎で、その弥五郎と、織田家の足軽かなんかだった藤吉郎秀吉が、大きな木の下で友情の誓いを結んだ。だから藤吉郎の最初の苗字は木下になったって……」
「ホントかなあ。ご先祖様のホラ話なんじゃないの?」
「でも、俺は信じてるんだ。山田家って明治になって、日本に戻ってきたって言うじゃないか。それまでは中国のほうに住んでいたって」
「それは私も聞いたことがある。でもそれだけで先祖が秀吉の相棒だったって言うのはなあ。なんでそれでマカオに行くの」
「それは俺もよく知らん。親父なら詳しいと思うけれど。今度、詳しく聞いてみるわ」
山田はカメラを鞄に入れると、
「まあ、こんなところかな。じゃ、帰るか」
「はいはーい」
「はいは一度でよろしい」
「兄ちゃん、いちいちうるさい。父親みたい」
「なにせ俺のほうが年上だからな」
「1年だけでしょ。イバるなよ」
従妹は口を尖らせた。
「年功序列反対。ハラスメントはんたーい」
「なにがハラスメントだ。……お、雨雲がなくなってきた。降りそうにはないな」
「よかったー。今夜、飲み会だからね。雨だったら萎える。……兄ちゃんも来るんやろ? 久しぶりに中学のみんなで集まるから」
「ああ、行く、行く。石川も甲賀も、あと望月も来るんだっけ。久しぶりだな、あいつらと会うのも」
自動車が走り出した。
田畑と住宅が交互に現れる景色を、山田たちの白い車が駆け抜けていく。
空は青く、風が吹いていた。
夏とは思えない寒気が、一瞬の光のように車体の横を通り過ぎていく。
「さっきの話さあ」
助手席の従妹が口を開いた。
「うちのご先祖様の話。本当に秀吉の友達だったのなら、可哀想だね。山田俊明――弥五郎、だっけ。秀吉と比べて名前が少しも歴史に残ってないよね。相棒だったのに」
「まあ、なあ。……でも、いいんじゃないか。それはそれで。山田俊明はそれで充分、幸せだったと思うんだ」
「どうしてよ」
「俺だったら――俺だったら、歴史に名前が残ることよりも、なによりも、秀吉の親友として頑張って、そして日本と未来が平和になったなら、それでもう充分だと思ったんだ」
「かっこつけてない? それ。……うん、でもまあ、死んだあとのことだし、それでいいのかなあ」
「それでいいのさ、きっと」
数秒間、山田とその従妹は無言になり。
進んでゆく道の果てに視線を向け続けた。
薄雲のかかった太陽から、絶え間なく陽光が降り注いでいる。
家族と共に過ごし、働き、友人たちとの予定があるこの平穏で普通の日々が、なぜだかたまらなく価値のある時間のように思えた。乱世を生き抜いたという自分の先祖は、子孫のこういった平穏のために死闘を潜り抜けてくれたのではないか、と――
「そうだ、居酒屋。予約するの忘れてた。私、いまから電話していいかな」
「業務中だぞ、後輩」
「そういうときだけ先輩顔になる。好かーん、もう。……いいもん、電話してやるから――」
従妹がスマホを取り出した、その瞬間だった。
「おい、あの雲」
山田は、ただ前を指さした。
入道雲が天に向かってまっすぐに伸び、やがて大きな広がりを見せている。
初めて見るほどの、あまりにも巨大な白雲だった。絶えることなく、宇宙に向かって流れ続け、美しく浮かんでいる。はるか先へと膨らみ続けていく光景を見据えながら、山田は祈るように言葉を漏らした。
「まるで、大樹じゃないか」
日輪は、雲の果てをなお照らし続ける。
『戦国商人立志伝 ~転生したのでチートな武器提供や交易の儲けで成り上がる~』 完
これにて『戦国商人立志伝』は完結です。
長い作品を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『戦国』はWEBの連載、からの書籍化、さらにクラウドファンディングにゲームイベントにカンナのASMRと、たくさんの展開に恵まれた、幸せな作品です。
読者の皆さまには弥五郎たちの一生を追いかけてくださり、心から感謝いたします。転生したときに12歳だった弥五郎たちが亡くなるまで、実に半世紀以上の物語となりました。
作品についての詳しいあとがきは、活動報告や須崎正太郎のブログのほうに長文をしたためますので、ご興味のある方はそちらのほうを覗いてください。
また書籍版も4巻以降を出します。いま関係各所と話を進めているところです。こちらのほうは、まだ終わりません。今後ともどうぞよろしくお願いします!
それでも、ひとまず、ありがとうございました。お付き合いに感謝いたします。重ねて、御礼申し上げます。
須崎正太郎




