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戦国商人立志伝 ~転生したのでチートな武器提供や交易の儲けで成り上がる~  作者: 須崎正太郎
第六部 山田俊明編(1582~1623)

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第七十二話 前田利家の死

 1599年の1月が終わろうとしている。

 この頃、大坂で小さなトラブルが発生したことを、伏見にいる俺は数日後になって耳にした。


 ――大坂の町は、秀吉の死が公表された直後で、ざわついているらしい。

 秀頼様が大坂城入りしたというのに、民の不満は収まらない。

 高い税金、治安の悪化、出兵の後遺症。


 すべてが積もり積もって、街は荒れ始めていた。

 まるで、乱世の再来を民衆が肌で感じ取っているかのようだ。


 そんな中、港に一艘の中型商船が入港した。

 マカオから来た船で、外国の品々が満載だという。

 絹糸、香辛料、珍しいガラス細工――南蛮の匂いがする荷物が、次々と陸揚げされる。


 そこで。

 ちょっとした騒ぎが起きたのだ。


「なんだ、あの異人ども。俺を笑いやがったな!」


 国内の商人が、外国商人に詰め寄った。外国商人も怒鳴り返した。

 互いに目が合って、笑ったとか笑わないとか、そんなささいな誤解から喧嘩が始まったのである。外国商人はポルトガル人かスペイン人で、なにかを言ったがそれは当然、日本側には伝わらない。言葉の壁が事態を悪くする。港の周りでは野次馬が集まり、誰かがヤジを飛ばしたりするものだから、空気はいっそう悪くなる。


 結局、豊臣の侍がその場に駆けつけて仲裁し、事態はなんとか収まったそうだが……。

 大坂の空気はますます荒れている。外国船が入港するだけで、こうした騒ぎが起きるなんて……。庶民は豊臣の衰えを本能的に感じ取り、不安をぶつけているのかもしれない。


 話を聞いたとき、俺は思わず天を仰いだ。

 秀吉が生きていれば、こんなことには――

 いや、秀吉の晩年の失策が、この荒れを生んだのかもしれない。複雑な感情が、俺の心を蝕む。


 さて、そのトラブルを起こしたマカオ商船は、マカオにいる娘のいつきからの文を預かっていた。文は豊臣の侍を通じて、伏見にいる俺のところへ確かに届けられた。文には樹の丁寧な筆致で、こう書かれていた。


「父上、母上、ご無事ですか。秀吉公亡きあとの大坂はいささか外国船に厳しく、荒れていることも多いと聞きます。さて4月下旬には父上のご希望通り、大型船で日本に向かうことにします。これは大坂に寄ってから、津島、駿府に立ち寄ったうえで、またマカオに戻る航路をとります。大坂、津島は商用もありますが、駿府に寄るのは夫の実家にも顔を出したいからです。


 ところで父上たちは大坂で船に乗り込んできますか? 大坂はいま荒れていますから、父上さえよろしければ、津島で合流できないでしょうか。津島ならば、そもそも外国船がめったに寄らない分、いさかいも少ない。外国船が珍しい場所なので、行き違いになることもなく合流できるでしょう」


 樹の提案は、理にかなっていた。

 大坂でのケンカ話を耳にしたばかりの俺は、津島からマカオに向かうのもいいと思うようになっていた。確かにあそこなら、外国船が少ないから、マカオから船が来ればすぐに分かる。


 なによりも。……

 津島にもう一度寄ってから、日本を去りたいと思った。


 あそこは俺が商いをはじめた、故郷のような場所だから。

 伊与もカンナもあかりも、津島の思い出を共有している。そこから旅立つのは、俺の人生の締めくくりとして、ふさわしい気がした。胸に温かな懐かしさが広がるが、同時に、別れの寂しさが込み上げる。


「4月下旬に、津島にて待つ 弥五郎」


 俺はそう返事を書いて、折り返し、大坂からマカオに向かう船に託そうと思った。

 外は寒く、歩くのがつらい。体全体が微熱っぽい。

 俺は伊与に、手紙を託すことにした。


「すまないな、伊与。……お前だけ、先にマカオに戻ってもいいんだぜ」


「情けないことを言ってくれるな」


 大坂港に向かおうとしている伊与は、俺の言葉を受けると、小さな拳を作って俺の胸をちょんと小突いた。


「マカオに行くときは私も一緒だ。カンナもな。最後まで、みんなで一緒にいこう」


「……ありがとう」


 俺はせき込みながら言った。




 冬が終わった頃、前田利家――又左の具合がいよいよ悪いと聞いた。

 又左はおそらく史実通り、閏3月3日に命を落とすはずだ。

 それが分かっていた俺は、気温が高く天気がいい日を選んで、ゆっくりと、大きな籠を使って大坂へ向かった。


 伏見から大坂まで、実に4日もかけてしまった。

 体が言うことを聞かない。ちょっとしたときでも指と足が震える。


 籠の中で、俺はふところからリボルバーを取り出した。

 もう古く、あちこちが錆びついているものだ。これでは撃つことはできないだろう。

 俺は、そっと籠の中にそれを置いた。


 ――もう……。

 ――この震える指では、リボルバーは。

 ――いや。あらゆる武器を、もう、作ることはできないな。


 籠の窓を、そっと開けた。

 道中の景色が、ぼんやりと過ぎていく。


 そして又左が亡くなる三日前に、大坂城に到着した俺は、大坂城内の前田屋敷にて、すっかり皺だらけになった又左の手を握った。又左の顔は青白く、息が浅い。だが、俺たちを見ると、いつものように笑った。俺の胸が、痛みと懐かしさで締め付けられる。


「又左」


「山田、来てくれたか。……堤も、蜂楽屋も。おお、もちづきやのあかりもか」


 俺と伊与、カンナ、あかりの4人は前田利家の枕元に揃う。


「なかなか趣のある顔ぶれだな。今わの際が賑やかとは嬉しいことだ」


「弱気なことを申すな。あの鬼のように強かった槍の又左が」


 伊与が、この上なく優しい顔で言う。

 又左も目を細め、


「懐かしいよなあ。あのとき、堤は強かった。オレっちは負けそうになったぜ」


「私も必死だった。……若かったな」


 伊与の声に、優しい響きが混じる。

 俺は彼女の横顔を見て、心が温かくなる。


「あたしとだって、思い出はあろうもん。ほら、あの、美濃の蝮と呼ばれる人と信長公が会うってときに」


「ああ、斎藤道三……」


 又左は遠い目をした。

 カンナは、それそれ、と明るい声を出し、


「信長公と斎藤道三が対面するとき、前田さんが見たこともない武器を揃えたいって信長公に豪語したもんやから、あたしたちが頑張って、銃刀槍を500も揃えたんよね」


「はは、懐かしい。あの出来事は忘れられねえよ。信長公も喜んでいたぜ」


「ほんと、懐かしい。……」


 カンナの目が、涙で潤む。

 するとあかりも、


「もちづきやで、蜂須賀さまと前田さまが、お酒の席で口論しておりましたね」


「ああ、蜂須賀なあ。あいつは無茶苦茶だったから……。うん、あいつが亡くなって、何年になるかな、10年……?」


「13年だ、又左」


「ははは、そんなにもなるのかよ。怖い、怖い……。あのころは酒がよくすすんだ」


 又左はどの話題も懐かしそうで、何度もうなずいていた。

 俺の心に、切ない喜びが広がる。

 そして、


「……山田。お前さん、いつ日ノ本をたつ」


「……4月の終わりに。津島の港から」


「それでいい。もはや、あとのことは徳川に任せよう。オレっちも、妻や息子のことは徳川に頼んである。あの男、けっきょくは律義者だ。うまくやってくれるさ」


「俺もそう思う」


「津島か。……懐かしいな。……山田よ」


「ああ」


「オレっちなあ、もういっぺん人生を送れるとしたら、また信長公の下で働いて、お前らと一緒にすごしてえよ」


「信長公の下か。……藤吉郎の下、じゃないのか?」


「意地の悪いことを言いやがるねえ」


 又左は笑った。

 そして、


「藤吉郎にゃ悪いが、オレっちはやっぱり、信長公の下がよかったな。織田家のままだったら、オレっち、天下の大老ってほどには出世できなかったと思うが、それでもよ。……まあ、次は、あんまり怒られないように仕えてえ」


「お前、信長公の小姓を殺して、追放されたことがあったもんな」


「ほんと、意地悪なことを言いやがるぜ」


 又左は、にやにや笑って、しばしぼうっとしていたが。

 やがて、


「山田。お前さん、どこか遠い世界から来たんだろう?」


 唐突に、そんなことを言った。


「……知っていたのか」


「いや、ただのカンだ。お前さんは、明でも南蛮でもない、どこか遠い空の果てからやってきたんじゃないかってふと思ったんだ。それも、ほんの最近だがな。どうなんだ」


「…………」


「オレっちはもうすぐ死ぬ。誰にも言わないし、言えねえ。だから本当のことを教えてくれ」


「……事実だ。……俺は……はるか未来の世界から来たんだ」


 俺のすぐ隣で、伊与とカンナとあかりが、わずかに目を伏せた。

 又左は、小さくうなずいて、


「そうかあ、やっぱりそうかあ……。ずるいな、こんな、最後の最後までオレっちに隠し事とは」


「すまない」


「他に知っているやつは?」


「伊与、カンナ、あかり。亡くなったひとでは、信長公に藤吉郎に、次郎兵衛に五右衛門に、あとは竹中半兵衛……」


「なんだよ、オレっちだけずいぶん長いこと、のけもんだったんだな。……信長公もかよ……」


「すまないな」


「お前さん、どんな気持ちで明智光秀の反乱を見ていたんだよ。……ああ、まあ、いいや。お前さんのことだ、なにか事情があったんだろう」


「……うん」


「はは、もういい、もういい。まあ、このオレっちが信長公や藤吉郎と同じ場所に立てたのはよしとしよう。このこと、徳川家康は知らないんだろう?」


「……ああ。徳川は知らん。俺の秘密を知るのは、きっとこの時代ではお前が最後になる、又左」


「へっへっへっ……。家康に勝った……」


 利家は笑って、俺の心に最後の温もりを残す。


「……山田弥五郎。オレっちは来世でも尾張にいて、そして織田家にいる。お前さん、気が向いたらまた会おうぜ。堤たちもな」


「……分かった。また会おう、槍の又左」


「また会おうぜ、神砲衆の弥五郎」


 又左は――前田利家はそう言って、目をつぶった。

 俺の胸が、激しく痛む。別れの予感が、涙となって溢れそうになる。

 又左はもう、起きなかった。


 3日後、前田利家は逝った。

 閏3月3日、史実通りの日だ。


 前田利家の死は、豊臣政権に大きな穴をあけた。五大老として、家康を牽制していた男がいなくなったいま、天下は再び揺れ動くだろう。


 又左が亡くなったその日、俺は商人梅五郎として、北政所を通じて金銭を前田家に送ることにした。そして、大坂城の片隅に向かう。


 ありがたいことに、生前の又左が俺のために、一室を用意してくれていた。淀殿も徳川家康も、これには異議を唱えなかったらしい。


 それにしても、体が限界だ。

 微熱が引かない。


 37度後半がずっと続いているような気怠さだ。

 ひざもガクガクしている。


 だが、最後の準備をしなければならない。

 俺は伊与とカンナに支えられ、部屋に入る。

 そこに座り込み、俺は声を絞り出す。


「伊与、カンナ」


「ああ」


「うん」


「津島いきの準備を、頼む」


 俺は、かすれた声で言った。


「最後の旅をしよう」


 伊与とカンナは首肯した。


 外では、あたたかな春の風が吹いていた。





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