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戦国商人立志伝 ~転生したのでチートな武器提供や交易の儲けで成り上がる~  作者: 須崎正太郎
第六部 山田俊明編(1582~1623)

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第六十三話 夢一夜

……


…………


…………――



 桶狭間の戦いから一年後の春。


「おおぉい! 弥五郎、弥五郎はおるかぁ!」


 津島の一角に構えた神砲衆、山田弥五郎の屋敷に、けたたましい声が響いた。


 弥五郎が顔を上げてみれば、木下藤吉郎が顔を真っ赤にして駆け込んでくる。


 いつもの軽妙な笑顔に、どこか焦りの色が混じっていた。


「なんだよ、藤吉郎さん! そんな大声で。近所迷惑だぜ!」


 弥五郎――山田弥五郎俊明は、帳簿を広げたまま顔を上げ、苦笑した。


 すると隣にいた蜂楽屋カンナが、


「いつものことやないね。また上総介さま(織田信長)からなんか主命をいただいてきたとばい」


「それも、厄介そうな話をな。藤吉郎さんが来たときはいつもそうだ」


 おのれの刀剣を手入れしていた堤伊与が、微笑と共に顔を上げる。


「誰が厄介じゃ。冷たいことを言うのお、汝らは。……ああ、のど、喉が渇いた。水、水、水をくれ――」


「はい、お待ちどうさまでした」


 藤吉郎が叫んでから十秒と経たないうちに、あかりがそっと椀を差し出す。


「おお、あかり、ありがたし!」


 藤吉郎は、ぐいっと水を飲み干す。


「……それで? 今日はどのような主命です?」


「おう、それじゃがな。3000石の米を、なるべく高く売ってこい、という主命をいただいた」


「簡単やないね。そのへんの米屋さんに頼んだらええ」


「そう簡単に言うな、カンナ。汝なら分かっておるじゃろう。米には相場というものがある。相場の高いところで売らねば、高値にはならぬ」


「津島はいま、そこそこ高いけど」


「それがだめなんじゃ。上総介さまは、美濃攻めのためにより銭がいると言うてな、津島の相場の倍で売ってこいと言うんじゃよ!」


「倍ぃ!?」


「無茶を言ってくれる……」


 伊与でさえ、あきれ顔になった。


 藤吉郎は半泣きになって、


「そういうわけなんじゃあ。弥五郎、汝ならなにか良き知恵が浮かぶじゃろうが。それで頼りに来た。さあ、なにか良い知恵を、知略を授けてくれい。そら、どうじゃ、そらそら、なにか出てこんか!?」


「打ち出の小槌こづちじゃあるまいし、そんなに出てきませんよ」


 と言いながらも弥五郎は、脳を回転させるようにこめかみに指を当ててから――


「行くなら、桑名ですね」


「桑名?」


 藤吉郎、カンナ、伊与が同時に首をかしげる。


「そう、伊勢国の桑名。ご存じでしょうが、津島からも近い、『十楽の津』と呼ばれてる港町です。美濃、近江、尾張、伊勢の物産が集まる自治都市で、楽市が開かれて、常に自在な商取引が保証されている。桑名なら、いまなら高値で米を売れるはずだ」


「桑名はそげんに、高値やったかな。津島と大差なかったち記憶しとるけど」


 カンナが、綺麗な金髪をひるがえしながら言う。


 だが、弥五郎は自信満々に言い切った。


「いや、俺の情報網によると、関東の北条氏康が伊勢の回船問屋に兵糧の購入を相談しているはずだ。なぜなら越後の上杉政虎(のちの謙信)が関東に進出してきてるから、北条家は長期戦を見込んで米を求めている。だから桑名の米相場が、いまから上がるんだ。そしてその需要に乗じてなら、米を高く売れる!」


 弥五郎が、あまりに先を見通した発言をしたとき、伊与とカンナは顔を見合わせて――やがて、微笑んだ。


「弥五郎が言うなら、そうなんやろうね」


「なにしろ俊明の見通しは神がかりだからな」


「うむ、うむ。その通り、弥五郎が言うなら間違いあるまいぞ。さすが弥五郎! 嗅覚が冴えとるな!」


 藤吉郎は手を叩き、ニヤリと笑う。


「よし、決まりじゃ! いますぐに行こう。桑名で米を売りさばいて、上総介様の覚えをめでたくする!」


「では参りましょうか。あ、そうだ――」


「はい、もうできていますよ」


 裏に引っ込んでいたあかりが、もう、握り飯を作って持ってきていた。


「お弁当です。持っていってください。皆さん、頑張ってくださいね」


「さっすが、あかりやん。手際がよか~!」


「ありがたく、いただいていく」


 伊与もカンナも、すっくと立ちあがり、そして弥五郎も藤吉郎も立ち上がったが、そのとき音もなく、すっとふたりの男女が弥五郎の背後に出現した。


「今回は、あっしらはいりませんかね?」


 次郎兵衛と、五右衛門だ。

 弥五郎は手を振って、


「桑名は近い。ふたりに出てもらうまでもないさ。伊与もいるしな。屋敷の留守番を頼む」


「んじゃ、うちへのオミヤゲよろしくね。美味しいの、なんか期待してるかんね~」


「五右衛門。汝、太っては泥棒の役目も果たせまいが!」


「うち、食べても食べても太らんもん。藤吉郎さんこそ、もっと食べて貫録をつけたほうがいいんじゃないかなぁ~? いひひひひっ!!」


「ぬかしおるわい!」


 藤吉郎と五右衛門が、互いに軽口を叩いている姿を、弥五郎たちは笑いながら見ていた。




 弥五郎、カンナ、伊与、藤吉郎の4人は、伊勢国の桑名へ向かった。


 桑名の港は、噂通りの活気に満ちていた。船着き場には全国からの商人が集まり、米、魚、布、陶器が所狭しと並ぶ。呼び込みの声、荷運びの男たちの掛け声、波の音が交錯し、まるで戦場のような喧騒だ。


「すっごかあ! さすが十楽の津やね!」


 カンナが金髪を揺らし、目を丸くする。彼女は布で髪を隠していたが、碧眼は隠せず、通りすがりの商人たちがチラチラと視線を投げてくる。伊与がそんな視線に気づき、じろりと睨み返す。


「津島の者はもうカンナに見慣れているが、少し離れるとこうなるか」


「まあまあ、伊与、落ち着いて。あたしが気にしとらんけん」


「それより藤吉郎さん、米問屋との交渉はどうする?」


「ふむ、問屋に行くまでに町のことを調べておきたいのう」


「心得ました。ではまずは町を巡りましょう」


 弥五郎と藤吉郎はカンナと伊与を連れ、市場を歩き回った。


 そして情報収集の結果、北条家が米を求めているという弥五郎の知識は本物だったことが分かる。北条家では関東での上杉政虎との戦に備え、米の買い付けが急務らしい。北条家臣、安藤良整あんどうよしなりが動いている、という個人名まで判明した。


 米相場は、昨年同月比の3倍近い値段で動いている。

 1か月前と比べても倍以上だった。


「よし、いまこそ売り時。行くぞ、弥五郎」


「はい!」


「こりゃ大儲けやね! 弥五郎、さっすが!」


 弥五郎たちはそう言うと、さっさと米問屋の建物へ向かった。


 そして一行の商取引は見事に成功した。


 米問屋は、織田家の木下藤吉郎と津島の山田弥五郎がやってきて、米を津島相場の倍の値で売ると言う話を二つ返事で受けてくれた。兵糧売却の主命は成功したのだ!


「やったぜ、藤吉郎さん!」

 弥五郎が笑顔で言うと、藤吉郎も、


「なに、皆のおかげよ!」


 と笑顔になる。


「弥五郎、カンナ、伊与、よくやった! これでわしも、また一歩前進じゃ!」


 そして一行は、その日は桑名に泊まり、翌日、津島に戻り、さらに清州城へと戻った。


 清州城には、滝川一益と佐々成政が詰めていた。


 ふたりは弥五郎の顔を見た瞬間に、やわらかい表情となり、かつ、その隣に藤吉郎がいることが分かると、


「なんだ、木下。主命を果たすのに、山田の力を借りたのか。ずるいぞ」


「……(こくこく)」


「よかろうが、別に。わしと弥五郎は仲良しこよし。織田家のおんためにもなるゆえ、ふたりで主命を果たすことになんの不都合がありますかいのう」


「口が減らねえなあ、この野郎……!」


「滝川さん、そんなにカリカリせんと。また津島に遊びにきてくれんね。あかりが握り飯作ってまっとうけん」


「……あかりちゃんの名前を出されると、弱えなあ……くそ。今日はこのへんで勘弁しといてやるか」


「滝川さん、言葉が小悪党みたいですよ……」


「……(こくこく)」


「うるせえ。佐々、お前さんもいったい誰の味方だ!」


 と、騒いでいると、主、織田信長がぬっと現れた。


「木下藤吉郎、帰ったか。主命の手筈はどうか」


「はっ! ここにいる山田弥五郎の力を借りて、無事に米3000石、津島の相場の倍の値で売ることに成功いたしました」


「で、あるか。……大義であった!」


「ははぁっ!」


 藤吉郎は平伏した。


 この場に、いまは織田家を出奔している前田利家がいれば、より嬉しい気持ちだっただろうに、と思いながら――


 それでも。


(弥五郎。ありがとうよ。汝のおかげで、今回もわしは助かったぞ! わっはっは……!!)


 心の中で、藤吉郎は朗らかに大笑いしたものである。




…………――


…………


……




「……夢か……」


 目を覚ますと、豊臣秀吉の視界には、伏見城の天井が飛び込んできた。


「……いまさら……なんちゅう夢を……見せてくれる……」


 あまりにも生々しく、懐かしすぎる夢だった。あの旅からもう30数年が経過している。

あの夢に出てきた者たちは、皆、死んだ、あるいは絶縁した、あるいは――自分が殺した。


「……なんと……」


 そのとき秀吉は絶句した。


 寝具が濡れている。


 自分が失禁していたことに、気が付いた。


 怒る気にもなれない。


 ただ茫然自失としながら、そっと顔をなでると、気付かないうちに、一筋の涙がこぼれていた。


「夢よ」


 ただの夢なのよ。


 自分に、そう言い聞かせた。


 なつかしくはあったが、ただ一夜の夢に過ぎない。


 だが――


「どっちが夢じゃ」


 津島で弥五郎たちと共に働いていた時代と。


 伏見城で天下人として過ごしている自分と。


 どちらが一夜の夢なのか、秀吉はもう、自分でも分からなくなってきていた。


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