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戦国商人立志伝 ~転生したのでチートな武器提供や交易の儲けで成り上がる~  作者: 須崎正太郎
第六部 山田俊明編(1582~1623)

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第三十五話 博多への船出

 キュウスケ号に、飛び込むかのように乗り込んだ俺は、ただちに息子の牛神丸を発見して呼びかけた。


「牛神丸、キュウスケ号はもう海に出られるか!?」


「どうされたのです、父上。そんな顔をして。やあ、母上もご一緒で」


「悪いけど、急いどるとよ! 答えちゃらんね、出られるのか、出られんのか!?」


 カンナの声まで聞いて、牛神丸はさすがに緊急事態を悟ったようで、


「今日、試しに出航をしてみる予定でした。だから、出られるかどうかは不明で――しかし計算上は出られるはずです」


「それで充分だ。俺はキュウスケという名が付いたこの船を信じる」


「父上、いったいなにが起こったのか知らせてください――」


「関白と敵対した。俊明は、豊臣に逆らうことになった」


 伊与が、低い声で言った。

 牛神丸は「はっ」と一瞬、絶句したが――

 すぐに、真顔になって、


「ならば、ただちに逃げねばなりませんな!」


「その通りだ」


 さすが我が子だ。

 事態の呑み込みが早くて助かる。

 黒田家で教育してもらったのも、大きかったかもしれないが。


「よし、出航だ。キュウスケ号はこれから俺たちの船にする! 船員に事情を説明して、船を動かしてもらう。中には反対する者も当然、いると思うが――」


「金を与えりゃいいさ。最悪、脅してでも船は出すぜ。うちらにはもう、それしか道がないんだからな」


 五右衛門の、鋭いまなざしが頼もしい。


 キュウスケ号には、マカオに行くための寝具や食料、交易品、武器、道具、火薬などが一通り揃っていた。これだけあれば当分、生きのびることも戦うこともできる。


「ひとまず出航し、国内のどこかに寄る。そこで、船員をおろして新たに船乗りを雇おう。その上でまた、新たに船出を――」


「あの! お、お待ちください、山田さま」


 そのとき、あかりが口を開いた。


「どうした、あかり」


「申し訳ありません。ですが、ふたつ、気にかかることがございます。ひとつは、駿河にいる樹さまのこと……」


「ああ」


 俺はうなずいた。


「もちろん、忘れていたわけじゃないさ。藤吉郎は恐らく、樹自身に危害を加えることはないと思う。……だが、樹を人質にして、俺を大坂に戻そうとはするかもしれない。なんにせよ、樹自身にも俺の口から事情を説明したい」


「すると」


「出航して、最初に立ち寄るのは駿河にしよう。そして樹にわけを話す――」


「待ちなよ。あんたが駿河に向かうかもしれないなんて、関白は当然、お見通しさ。あんた自身が駿河にいくのは非常にまずいよ。ここはうちが、また駿河に出向く。話の流れ次第では、樹も孫も、連れてきてやるさ」


「五右衛門、いいのか? しかし――やはり俺も行ったほうが」


「それならば、私もいこう。娘の危機を、母親の私が見過ごすわけにはいかない」


「いいってば! 伊与は弥五郎のそばにいてやりなよ。相談役と護身役がいるだろう? こっちはうち一人で充分さ、信頼しな。それよりも、そのあとの合流場所はどこにする?」


「やったら、博多はどげんね? これまでも、行こう、行こうち言いながら一度も行っとらんけん……。あたしの故郷でもあるところよ。絶対に行ってみたか!」


「博多か」


 九州北部随一の商業都市、博多。

 確かにあの町なら、まだ秀吉の支配下にはない。

 食料などの補給や、今後の商売について考える場所としては最適だろう。

 カンナも連れていってあげたいしな。


「よし、決まりだ。じゃあ五右衛門、樹と話をしてきてくれ。それから、博多にやってきてくれ」


「承知した。博多で会おうぜ」


「……ああ、それともうひとつ、頼みがある」


「なんだい、まだなにかあるのかい?」


「……できたら、でいいんだが。この後、大坂城内にいる未来のこと、様子が確認できるなら、しておいてくれ」


「無茶を言うね。あの鉄壁を誇る大坂城内の様子を見てこい、なんて。……まあ、いいさ。いちおう気にかけておくよ」


「頼む」


 未来がどうなっているのか、俺は気がかりだった。


 彼女は俺にとって、敵に限りなく近いような、しかし敵とも言いきれないような、複雑な存在だが……。


 未来みく――みらい、か。

 俺にとって未来そのものも、そんな存在かもしれない。

 敵に近いが、敵とも言い切れない、そんな存在……。 


「――それとあかり、あとひとつの話はなんだい?」


「はい、それは――」


 あかりは、迷ったように眼を動かしながら、


「……山田さま」


「うん、どうした」


「山田さま。長い間、お世話になりました。ここでわたしは、お暇をいただけないでしょうか」


「……!!」


 これには、俺だけでなく、誰もが驚いた。


「な、なして? なしてね? なんでここに来て、いきなりそげなこつ!」


「落ち着け、カンナ。……なぜいきなりそんな話を――藤吉郎に逆らうのが、やっぱり怖いか?」


「……はっきり言えば……そうです」


 あかりは、俺から目をそむけながら、


「わたしひとりならば、喜んで皆さんといっしょに、駿河でもマカオでも向かったと思います。けれども、わたしには――夫がいます」


「……。……そうだな」


 あかりの旦那さんのことを、俺はすっかり忘れていた。


「大事な夫なのです。子供ができなかったわたしと離縁もせず、ずっと山田さまのところにばかり入り浸っていたわたしを、見捨てもせずに。優しい方なのです。


 山田さま。それに皆さん。皆さんのことが嫌いになったわけじゃありません。むしろ大好きです。これまで、ご一緒できて、本当に楽しかった……。身分や貧富など気にせず、家族のように過ごせた時間はわたしの宝物です。


 でも、これ以上はいけません。夫がわたしの帰りを待っています。だから……だから、ここから先は、どうか……。


 わたしは、夫のところへ戻ります。

 わがままを言って、申し訳ありません……」


「…………」


 大坂で謀反を宣言したときから、あかりはほとんどずっと無言だった。


 あの瞬間から、あかりの腹は決まっていたのだろう。

 夫のために戻りたい。当然の話だ。誰が責められるだろうか。

 俺とはあまり接点がなかったあかりの旦那さんだが、俺が知らないだけで、あかりと旦那さんの間にも、何十年に渡る生活と愛があるはずだ。


「……分かった」


 俺は、大きくうなずきながら、


「断腸の思いだが――あかりの言葉はもっともだ。いままで、本当に、……本当に、ありがとう」


「い、いいんスかね。ここまであっしらと一緒にやってきたのに、旦那さんと平和に暮らすなんてできるんスか? 関白がなにかしてくるんじゃ……。だったら旦那さんを連れてきて、キュウスケ号に夫婦で乗ったほうが……」


「それで博多まで来い、というのは酷な話だろう」


 伊与が言った。

 あかりも、その旦那さんも、もう40歳を超えている。

 上方を離れて九州まで行くなんて話。それも秀吉から逃げながら、なんて話を押し付けることはできない。


「大丈夫だ。恐らく関白は、船に乗らなかったあかりを罰することはあるまい」


「……そうやね。……藤吉郎さん、やもん。そこはあたしも信じられる」


「あかりさん……」


 牛神丸までが、わずかに涙ぐみはじめたとき、はるか彼方に騎馬武者が数騎、やってきているのが見えた。


 直感だが、あれは追手に違いない。


「さあ、あかり、うちと一緒に下りようぜ。ここでお別れだ」


「大丈夫だ。別れはいっときだけのこと。俺はまた、必ず大坂に戻ってくる。だから、そのとき、みんなでまた会おう」


「……はい。でも。……山田さま! 伊与さん、カンナさん、次郎兵衛さん……」


「あかり、これまでありがとう! 本当に、本当にありがとう!」


「山田さま! ……キュウスケ号……!」


 五右衛門とふたりで船を降りたあかりは、大きな声で、


「これまで、本当に、本当にお世話になりました!!」


 ぽろぽろと、涙を流しながら、何度も頭を下げていた。


 キュウスケ号は、少しずつ、少しずつ、陸から離れていく。


「出航だ!」


 俺は力強く叫んだ。


「目指すは、博多!」


 豊臣氏が建造した船を盗んでしまった。


 もはや決定的に、謀反人だな。俺は青空を見上げながら思った。




 キュウスケ号は瀬戸内海を進み、博多に向かう。


 途中で豊臣派の海賊たちと戦いになるかと思ったが、これはならなかった。


 キュウスケ号はマカオとの交易のために、秀吉が建造している船だということが、すでに知れ渡っているためだろう。


 瀬戸内海の海賊たち、あるいは中国四国の沿岸部にいる諸大名は、おそらくキュウスケ号の試験航海か、あるいはついに初めての交易かと思いながら俺たちを見送ったに違いない。キュウスケ号に乗船しているのが、すでに謀反人となっている俺たちだとは知らずに……。


 また、キュスウケ号の乗組員たちは、俺とひとりひとり話をしたが、


「博多まではご一緒するが、そこで下船したい」


 と誰もが言った。


「関白殿下に弓引くような、恐ろしい真似はできない。博多までは、山田弥五郎が謀反人だというのは、知らなかったことにしたい」


 と、彼らは申し出た。俺は「それでいい」とうなずいた。

 そして俺は、彼らに礼金を渡そうとしたが、乗組員たちは受け取らず、


「それを貰ったら、我々も謀反人になるから」


 と言った。

 もっともな理屈だ。これは俺が迂闊だった。


 そして数日後、博多が近づいてきたとき、乗組員のひとりが俺に言った。


「自分はかつて、信長公の時代に、木津川口の戦いで神砲衆といっしょに戦いました」


「ほう」


「そのときのご縁も考えて、博多まではご一緒した次第で。……山田さまが、羽柴さま――関白殿下とタモトを分かったのは大変残念でございます。しかし、これもなにかの事情がおありのこととお察しします。……一緒に行くことはできませんが、どうか、これからも山田さま、……ご武運を」


「……ありがとう」


 俺は、彼の肩を強く叩いた。




「――博多ばいっ!!」


 危機的状況にも関わらず、おそろしく陽気な声が船上に轟いた。


 陸地が見えてくる。あれが博多のはずだ。

 カンナの、つまり蜂楽屋のルーツとなった場所だ!


「こんな形で、カンナの故郷にやってくるとはな」


「なんでもよかよっ! あたし、嬉しか……。ついに、ついにここまでやってこられたんやね! ね! ……弥五郎っ!」


「……ああ」


 とにもかくにも嬉しさ全開というカンナの声につられて、俺は微笑を浮かべたものだ。


 博多。……九州。……逃げるようにだが、やってきた!


「よし、船を止めてくれ! 博多に上陸するぞ!」


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