第四十話 死のうは一定
燃え盛る安土の天主にて。
明智光秀と、俺と信長のふたりが対峙する。
「明智、きさまっ……」
「動くな、と言っただろう!」
だだん、だんっ!
明智の二丁拳銃が火を噴いた。
弾丸は、俺の持っていた銃と、信長の持っていた刀に直撃――俺たちは武器を落としてしまった。と同時に、「うぐ」とうめき声がして、和田さんが倒れ込んでしまう。
「和田さん……!」
「きさまにも当ててやろうと思ったが、この炎でしくじったわ。……まぁいい、結果は変わらん」
「明智……!」
信長が、明智を睨みつける。
明智は皺だらけの顔を、にやつかせる。
こいつは、こうまで老け顔だったか。……ふと、そんなことを思った。
共にここまで上ってきた織田の兵たちは、炎にやられて倒れてしまっていた。
和田さんも、突っ伏したきりぴくりとも動かない。
「上様も、山田弥五郎も、これで終いだ。拙者は死ぬがきさまたちもいなくなる。……これもまたひとつの理想よ。世はふたたび乱世に戻り、実力こそすべて。拙者が望んだ世界となるのだ。それもよし、それもよし……」
「そうはならないさ」
ニタニタ笑う明智に向かって、俺は、
「天下は決して元には戻らない。あんたの望むような形には、決して」
「それは山田。きさまの、……未来人としての知識か?」
「……。……いいや」
俺は、はっきりとした声で答えた。
「信頼だ……この世にはまだ、藤吉郎がいるからな」
信長が無言のまま、ちらりと俺を見る。
俺は続けた。
「あいつがやってくれる。これから上様もあんたもこの俺も、この世からいなくなるが、しかし藤吉郎がこの世をまとめあげてくれる。
これは知識なんてものじゃない。藤吉郎が藤吉郎だからやってくれる。乱世は終わりに向かっていく。俺はそう信じているのさ。……そう信じて、これまで戦ってきた。
明智。この際だから思うことを全部言っておく。俺はあんたや竹中半兵衛が思うほど大した人間じゃない。未来のことは確かに知っていた。しかし、別にそれを利用してぜいたくをしようだとか出世をしようだなんて、思っていなかった。成り上がったのは、ついでのようなものだ。
俺はただ、弱者が踏みつけにされる世界を少しでも良くしたい。俺なら良くできるんじゃないか。少しでも、できるはずだ。そう思って、藤吉郎や伊与やカンナと共に働き続けた。それだけのことだ。
結果はこの通りだが――」
そこで俺は、思わず笑みをこぼした。
そうとも。明智光秀の反乱を防げず、織田信忠を守れなかった。
そして恐らく信長の命もここで潰える。まったく、失敗としか言えない。
だが、不思議と俺の心は晴れやかになっていた。
「もはや、やむを得ない。俺なりに、やるだけやった。いま、そう思うようになった。俺にしては上出来だ。上様のおかげで、天下はもはやまとまり始めた。ここで明智、あんたがいなくなれば、あとはもう藤吉郎秀吉がやってくれる。天下を統一してくれる。
あいつなら、やってくれるさ。……」
「なるほど、山田。よく分かる」
信長が、薄い笑みを浮かべた。
「余もまた、天下布武を志して生きてきた者だ。最初は足利将軍家を助けて。次には余自身で天下を統一したいと思った。この日ノ本から悲しみを消したかった。
しかしいま、余はこの世から消えようとしている。恐らく織田家の未来もそう明るくはあるまい。そのことは無念よ。悔しいことよ。残念なことよ。
だが、いまの山田の言葉を聞いて気付かされた。余が思い描いた天下布武、余が心から望んだ天下静謐――信長の野望は、これだけは叶うのだ。叶ったのだ。藤吉郎があとを継ぎ、余の夢をすべて叶えてくれる。きっとそうなる。山田から聞いた話だから、そう思うのではない。藤吉郎ならばそれができると、余はそう信じるのよ。
それが分かったいま、今日の余は勝者よ!
余の望みはいま、叶うと確信した。
ならばもはや、恐れるものはなにもない。
死のうは一定。人間はいつか必ず死ぬものだ。ならば生きている間になにをするか!
余の行いは必ず未来に伝わっていく。余が死のうとも、織田家が滅びようとも!」
「の、のぶなが……! やまだ……!」
明智の目が血走った。
これから殺そうという男ふたりが、揃って満足げに笑っているのが、心底歯がゆいと思っている表情だった。
「殺す!」
明智は咆哮した。
「いま、殺す。織田信長と山田弥五郎、ふたりを殺し、その死体を拙者が踏みつけにしてくれる! つまらぬおしゃべりをしおって! つまらぬおしゃべりを……死ね!!」
明智光秀がついに引き金を引く。
いよいよ終わりだ。俺は死ぬ。
だが、織田信長といっしょに炎の中で亡くなるなら、それもまた良し。
光栄だ。……伊与たちには、すまないが……。
藤吉郎、あとは任せた!
そう思い、歯を食いしばった俺だったが。
そのときであった。
がばっ……
しゅっ!!
突如、何者かが立ち上がる。
そして明智に向かって、短刀を投げた。
「ぐあっ!? な……」
なにやつ、と明智は叫ぼうとした。
叫ぶまでもなく、その顔は歪んだ。
立ち上がっていたのは、なんと和田さんだったのである。無事だったのか!
「和田さん!」
「和田!?」
俺と信長は揃って声を出す。
「……服の下に、こいつを仕込んでいたゆえに」
和田さんが、着込んでいる装束の中から、それは真っ赤な動物の皮の塊のようなものを取り出した。
俺はハッとした。
……肉詰めの人形!
かつて中川瀬兵衛と戦ったときに、和田さんを助けた肉詰め人形の策。あの策を和田さんは応用したのだ!
「かつて、山田うじに教わった策でござった。功を奏した……」
と言いながらも和田さんは苦しそうだ。
皮の塊は、多少ダメージを減らしたが、完全には明智の攻撃を防げなかったらしい。
「山田うじ、上様。お二方だけでも逃げてくだされ。明智はこの和田が命がけでも殺すゆえ」
「和田さん、そんな」
「山田うじ」
和田さんは薄く笑った。
「貴殿、ただものではないとうすうす気付いていた。それが……未来、と申したか。正直よく分からんところも多いが、ひとつだけ言えることがある。貴殿はまだ、死んではならん男だ!」
「和田」
「上様、あなた様も! お逃げください。もう、ここは燃え尽きまする。和田がしんがりを務めます。早く!」
和田さんは決死の形相だった。
明智が苦しそうに、首を振る。
まだ、その手には銃がある。
「山田うじ! 行け! 和田惟政を未来のために死んだ男にさせてくれい!!」
「和田さん! ……和田さん……! ……くっ……」
安土の天主はいよいよ炎上、崩落を始めた。
和田さんと明智がもみ合いを始める。
俺は、信長に向かって「逃げましょう!」と叫んだ。信長はうなずいた。
「おのれ、和田、おぬしごときが、邪魔を……!!」
「いかせんよ、明智! ここだけは命に代えても、……うぐぉ!!」
和田さんの悲鳴が聞こえる。なにかしら、攻撃を受けたらしい。
それでも俺は立ち止まらない。止まるわけにはいかない。そう思って、前へ――
しかし。
前に進まず。
立ち止まり、振り向いた男がいた。
「和田っ!!」
信長である。
上様、なりません、と俺は叫ぼうとした。
逃げるのです、逃げるのです、この安土の天主から逃げるのです!
声をあげようとした。だが、声は出なかった。
だぁん、と、一発の弾丸が発射される音がした。
猛烈な悪寒が全身を襲った。俺が撃たれた? いや、違う。俺じゃない。撃たれたのは俺じゃない。ということは? 絶望の予感だった。上様。……信長。いま、撃たれたのは、織田信長――
なんの脈絡もなしに。
昔、秀吉が言った言葉。
そう、あの拾阿弥を前田利家が斬ったときに出した言葉を、俺は思いだしていたのだ。
――世間からは、上総介さまは厳しい殿様のように思われているが、わしから見れば――あの方ほどお優しく、そして――見方によっては甘い殿様もおらぬ。気に入った者にはどこまでも優しく甘くなるお方だ。
――わしは上総介さまのそういうところが好きじゃが、ああいうところがいつか、殿様の命取りにならぬか。わしは心配でならぬよ、弥五郎。
信長は確かに甘かった。優しかった。
俺などを助けるために、命を賭けてくれたように。
金ケ崎で家来に殿軍を任せたことを後悔し続けたように。
その優しさのために。
信長は和田さんを見捨てられず、振り向いてしまったのだ。立ち止まってしまったのだ。かつて秀吉が危惧したように!
凶弾が信長の身体を貫いた。
和田さんが絶叫した。明智が哄笑した。信長はゆっくりと倒れていく。俺は手を伸ばした。足元が、突如崩れた。なにかが爆発したのだ。安土の天主が崩壊を始める。俺はなお、手を伸ばした。しかしその手には、なにも掴むことができず――
「上様ぁっ!!!!!!!!!!」
俺は、ただ吼えた。




