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第76話「花火」

 日が暮れ始める時間になって俺とティナはようやく自分たちの宿に戻ってきたのだが、部屋に入ってすぐにユナが訪ねてきた。


「俺とティナは冒険者の宿で暇を潰してたが、カナンの町はどうだった?」

「色々回ってきました。王都以外の町は初めてだったので楽しかったです」

「満足できたようで良かった。他の連中はどうしてる?」

「サキさんは銭湯に行きました。晩ご飯は適当に済ませるようです」


 あいつは確か、カナンの町の銭湯を追い出されたような記憶があるのだが……それとは別の銭湯に行ったのかな? まあいいけど。


「ジャックさんは美術品を物色しに行ったまま戻ってこないのと、エミリアさんは明日の朝まで帰ってこないみたいです」

「自由行動とは言ったが、ここまでフリーダムだと逆に面白いな」

「それでお願いがあるんですけど……今日は私もこの部屋で寝てもいいですか?」

「エミリアがゴミ部屋にしたのか?」

「そうじゃなくて……一人で寝るのが寂しくて……」


 良く見るとユナは後ろに枕を隠し持ってきていた。俺もティナも特に反対することなく今日は三人で寝ることにした。



 俺たち三人は昼間に散々食ってしまったので特に夕食は必要ないという話になり、三人で浴場に向かい、風呂に入って歯磨きをして、もうあとは寝るだけの状態で部屋に戻ってきている。

 寝るまでの間、俺たち三人は今日やったことを互いに情報交換し合った。


「別のパーティーとも交流があるのはいい事ですよね」

「ハルって子の方はユナと気が合いそうよ」

「ユナの話を聞くとカナンの町は縦に長くて結構大きいんだな。すぐ横断できるから小さい町だと思ってたよ」


 昼間の話で盛り上がっていたら結構時間が経ってしまったので、俺たちは明日に備えて寝ることにする。

 ダブルベッドに無理やり三人くっ付いて寝たのだが、三人で並ぶと昨晩のような気分にはならず、俺はそのまま寝ることができた。






 まだ薄暗い時間から目が覚めた俺たちは、朝の準備を済ませていつでも部屋を引き払える状態にしてから、ジャックとサキさんの部屋で軽い朝食を取っている。


「夜中のうちに雨が止んで良かったな。地面はぐちゃぐちゃだけど」

「けど、今朝は随分霧が出てますね」

「出るときは外套を被ることをおすすめする。思ったよりも濡れるのだよ」


 俺たち五人は朝食を済ませると、部屋を引き払って宿の裏路地にある荷馬車置き場で出発の準備を進めている。

 出発のギリギリになってエミリアが戻って来たので、いよいよ王都オルステインへ向けて荷馬車を走らせた。


 現在の編成は、白髪天狗にサキさん、ハヤウマテイオウにティナ、四頭引きに俺とエミリア、六頭引きにユナとジャックという感じだ。



 町の東口に近いところで乗合馬車の一団が止まっている。姿は確認できなかったが、恐らくあの一団の荷馬車にシオンとハルが乗っている事だろう。


「どうしたんですか?」


 御者席から身を乗り出して乗合馬車を確認していた俺を不思議に思ったエミリアが訊ねてきたので、俺は昨日の出来事をかいつまんで説明した。


「そうでしたか。お互いに良い関係になれるといいですね」


 エミリアは笑いながら言った。



 俺たちの一行がカナンの町を出てから数時間が経つと、後ろからやってきた乗合馬車の一団に追い抜かされてしまった。

 エミリアに聞くと、中継地点で乗客の休憩場所を確保できなかったら困るので、先発した荷馬車などを確認するとペースを上げて追い越すのが当たり前なんだそうだ。


「俺たちなら水辺を確保できなくても困らないけどな」

「まあそうですよね」


 乗合馬車の一団はペースを下げることなく、俺たちの視界から消えていった。

 王都とカナンの町までの距離は本当に微妙だ。ハヤウマテイオウ単騎ならそのまま一日で走り抜けられるのだが、荷馬車があると夜中を過ぎてしまうし消耗も激しくなる。

 無理をせず安全に移動するなら、どこかで休ませざるを得ない。






 俺たちの一行はコテージがあるキャンプ場から少し離れた個人向けの小さなキャンプ場に馬を止めた。ここは女行商人のシャリルを護衛した時にも使ったキャンプ場だ。

 少し離れた場所には乗合馬車の一団も見える。

 向こうは既にテントなどを張り終わっているようだが、何やら揉めているようだ。


「何かあったのかしら?」

「わからんなあ。先日ジャックに言われたばかりだし、こちらから手を出すのはよしておこう……」


 サキさんが調理道具を設置して、俺とジャックはテントを三つ張り、ティナは夕食の支度を、ユナとエミリアは馬の世話をしている。

 六人いると規模も大きいが、全員でやればそれほど時間は掛からない。



 キャンプの準備を終えた俺たちは、ティナとユナの夕食ができあがるまで思い思いに過ごしている。

 サキさんは遺跡の見取り図や絵を描いて、ジャックとエミリアの三人で何やら話をしているし、ティナとユナは見ての通り夕食の準備に忙しい。

 俺もエミリアの方に交じって話をしても良かったのだが、あの遺跡のことはあまり思い出したくないので、三人の話声が聞こえない場所でポツンと突っ立っている。


 俺は一人で暇だった──。



 俺はシオンとハルの所へ遊びに行こうかなあと乗合馬車の方を見ていたが、やがてこちらに向かって走って来る赤い服を着たおっさんの姿を確認した。


「すみません。私は乗合馬車のロブと申します。実は水の入った桶をひっくり返して困っているので、乗客分の飲み水だけでも譲って頂けないでしょうか?」


 ロブと名乗ったおっさんの服には見覚えがある。タキシードに似た赤い服は乗合馬車の責任者が着ている制服だ。なるほど、揉めていた原因はこれか。


「水ならいくらでも出すが、川の水は駄目だったのか?」

「雨が降ったあとは水が濁るので、必要な分は町から運んでいたのですが……」


 それもそうか。もう水汲みなんてしないから、すっかり忘れていた。

 俺は白髪天狗の手綱を解いてロブと二人乗りすると、乗合馬車のキャンプまで移動した。

 もっとも、ロブは意味がわからないといった感じだったが。






 乗合馬車の方まで移動した俺は白髪天狗を適当な木の下に休ませて、ロブに桶の場所まで案内させた。

 大きな桶は二つあったが、そのうちの一つは空っぽで、もう一つは底の方に少し溜まっているくらいしかない。乗客の人数を考えると全く足りないだろう。


「あの……」

「ちょっと砂が入ってるから一度流した方が良さそうだな。二つともひっくり返してくれんか?」

「そんなことをしたら残った水まで無くなってしまいますが……」

「客に砂混じりの水を出すのか? 早くしてくれ」


 俺が急かすと、ロブは渋々使用人に指示して二つの桶をひっくり返させた。



 俺はひっくり返した状態で持ち上げている二つの桶を魔法の水流で一気に洗い流して、横倒しで転がったときに付いたと思う泥もきれいに流してから、解放の駒を二つ使って両方の桶に溢れる寸前まで水を満たした。


「これだけあれば足りるかな? じゃあ俺はこれで……」


 俺が水を使っている間、ずっと不安そうな顔で見守っていたロブと使用人たちだったが、俺がそのまま帰ろうとすると慌てて引き留めてきた。


「ありがとうございます。まさか魔法使いの方だったとは……それで……お礼の方はどの程度払えばよろしいのでしょうか?」

「え? 特にいらんし……水出すのはタダだし……」

「そういう訳には……」

「んー。どうしてもって言うなら、ひっくり返した奴を叱らんでやってほしい」

「……わかりました。ではせめてお名前だけでも教えて頂けませんか?」

「俺はニートブレイカーズのミナトです」


 俺は名前だけ告げると白髪天狗に乗って自分たちのキャンプまで戻った。






 キャンプ場のテーブルには夕食が並べられていて、全員が俺を待っている状態だった。


「どこ行ってたの?」

「悪い。乗合馬車の責任者と話してた」


 今日の夕食は豚丼のようなものにサラダとスープが付いてきた。ジャックが案内してくれたカナンの食堂でメモしたレシピを使って、上手くアレンジを加えたようだ。


「素朴だが素晴らしい味だ。冒険者をやめるときは私が出資するから店を開きたまえ」


 遺跡を前にしていた時とはうって変わって、じっくりと味わいながら食っているジャックは、ティナの料理が気に入ったようだった。



 夕食の後片付けが終わった俺たちは、どうせ明日は家に帰れるし体は拭かなくてもいいかと言う感じになって、今晩は歯磨きだけで終わらせている。

 サキさんとエミリアとジャックの三人は、先程までやっていた遺跡の絵と情報をまとめる作業を再開した。今はそれにユナも加わって四人で作業をしている。


 俺があの遺跡のことは思い出したくないと言うと、ティナは少し離れた場所まで俺を連れていき、魔法の杖の先から光の魔法で花火を出して見せた。


「ミナトもやってみて。楽しいわよ」

「そんなこともできるんだな」


 俺はその辺に落ちている木の枝を拾い上げて、同じように花火を出してみた。

 二人で色を変えたり勢いを変えたり、集中が途切れてふっと消えてしまったり、ティナと一緒に遊ぶ花火は楽しかった。



「打ち上げ花火は無理かな?」


 俺は空に向かって花火を咲かせてみたが、射程を伸ばすと安物の打ち上げ花火くらいが精一杯になる。


「ちょっとこの凄い方の杖でやってみようかしら」

「ただの光だし、思いっきりやっても大丈夫なんじゃないか?」

「それもそうね」


 ティナが古代竜の角の杖を使って打ち上げ花火をすると、音は出ないものの盛大な花火が夜空に咲いた。

 魔力が有り余っていたのか、消えていく火の粉まできらきらと輝いている。


「おー!」


 大輪の花火を見て思わず声を上げた俺の元へ、ジャックたちも集まってきた。



「なかなか面白いことをしているじゃないか。今のは何の魔法だね?」

「花火って言うんだ。俺たちが住んでた国では夏の風物詩だった」


 俺はジャックのすぐ目の前で小振りな花火を咲かせてみせた。


「……これは美しい。私もやってみようではないか。エミリア君もやってみたまえ!」


 ユナとサキさんが見上げる中、四人掛かりで大小様々な魔法の花火を咲かせて、この日の晩は全員ヘトヘトになるまで遊んだ。


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