第70話「遺跡探索②」
「この扉は安全か? 扉を開けて罠があったりしたら困るぞ」
「特に何もないと思うがね……そんなに心配なら私が開けるとしよう」
ジャックは何のためらいもなく、大きな両開きの赤い扉を開いた。扉は軋む音一つ立てずに軽く開く。
「考えすぎかあ……でも、扉はテントに使うクサビで固定しておこう……」
俺は扉の付け根辺りにくさびを噛ませた。ジャックがユナたちの方を向いて両手を肩まで持ち上げる仕草をして見せるが、誰もそれに同意するような顔はしなかった。
扉を開けた先は廊下になっていて、その廊下は人間が四人並んで歩けるくらいの幅がある。廊下は6メートルほどで90度右に曲がっているようだ。
廊下の左側には肖像画と思われる絵が三枚飾られていて、ジャックが食い入るようにそれを物色し始めた。
「危ないですよジャックさん、もし絵から槍とかが飛び出すような罠があったら大変です」
「やれやれ、君も心配性だね。そんな底意地の悪いトラップを思い付く方が怖いよ」
ジャックはユナをなだめるように言ったが、妙に鋭い指摘もした。
「この絵に描かれている人物は誰なんだ?」
「これは、今では伝説になっている魔術師のうちの三人だ。ん? 廊下を曲がった先にもあるな……伝説の四大魔術師は有名だが……残りの二人は見たことがない」
廊下を曲がった先にも三枚の肖像画があり、合計六枚のうち、四枚が有名な魔術師で残りの二枚はジャックも知らない人物が描かれているみたいだった。
「価値はありそうか?」
「ああ、十分にあるとも。保護の魔法だけの純粋な絵は返って珍しいのだよ。絵柄が変わったり動いたりする物は良く見掛けるのだがね」
俺たちは廊下の壁から肖像画を外して、一端ガーゴイルが居た部屋に並べておく。回収した物は一度この部屋に集めておいて、最後に持ち運ぶことにしている。
下手に地上へ出すと、荷馬車が埋まって寝るスペースが無くなるからだ。
肖像画のあった廊下の先はもう一度90度右に曲がっていて、左手に扉が見えた。
「この扉も魔力は感じない。肖像画を見る限り、この遺跡を作った人物も魔術師で間違いないね。そう考えると……恐らくこの遺跡には機械的なトラップはないはずだ」
「いや、機械的なトラップがあるかも知れないという認識を持てよ……」
「ふふ、確かに君は良きリーダーなのかも知れないね。しかし冒険者として決定的に足りないものがある」
「参考までに聞かせてもらおうじゃないか。それは何だ?」
「それは、飛び込む勇気さ!」
ジャックはスライドするドアを勢いよく開け放った。この男はいつか死ぬぞ……。
ジャックが開けたドアの向こうは部屋になっている。明かりを照らしてみると、部屋には本棚と机、そして椅子が置かれているようだ。
書斎のようなイメージだが、俺たちが使っている女子部屋くらいの広さがある。
「本棚はカビが酷いわね」
「汚いから触らないでおこう」
俺とティナが汚い本棚から距離を取ったのとは逆に、ジャックとユナは進んで本を手に取りページをめくり始めた。流石にユナは革手袋をして触っているようだが。
「だめですね。これはちょっと読めません」
「ここの本には保護の魔法が掛けられていない。本棚にある物は全滅のようだね」
「保護の魔法がないと持たないのか?」
「ああ……湿った空気が漂っているだろう? どこかに穴が開いているのかも知れないよ」
続いて椅子を調べたが、こちらも表面の革が真緑になった状態で朽ち果てている。
机の方は大丈夫そうだ。机の上に置かれている羊皮紙のような物は本と同じ状態になっているが、その横にある金属製のペンだけは光沢を保っている。
「机の方はこのペンだけか。いや、この部屋の中では、か……」
「ほう、彫り物の部分が美しい……これは私が頂こう」
ジャックはペンを自分のポケットにしまい込んだ。
書斎っぽい部屋を出た俺たちはさらに廊下を進もうとしたが、数メートル進んだ先に今度は二つの扉を見つけた。
「廊下を挟んで二つの扉があるな」
「ふむ……」
「待って! その扉はおかしいわ。近付かない方がいいわよ」
ジャックが左側の扉に行ったので、俺は右側の扉に近付こうとしたが、ティナが止めに入った。
「……確かに。この扉の向こうは、位置的にはガーゴイルが居た部屋だろう」
「ミナトが近付こうとしたら、この扉から魔力を感じたのよ」
「ジャック、この扉から魔力を感じるらしい。これは罠か?」
俺がジャックの方を向くと、ジャックは無警戒のまま左の扉をスライドさせていた……。
「この扉は良くない……」
右の扉を遠巻きに観察していたジャックは、ぽつりと呟いた。この男が警戒するレベルなのだから、相当やばい物なのだろう。
「これは扉に擬態した魔法のトラップではないかな……生き物が近付くと食い付いてくる」
「倒せんのか?」
「傷を付けるとその場から逃げ出して、また別のどこかに現れるのだよ。移動されてはやっかいだ。できれば手を出さないことをお勧めする……」
「わかった。サキさん、前の部屋から机を運んで扉の前に置いてくれ。もし忘れて誰かが近寄ったらマズい」
「すぐ持ってくるわい」
サキさんが運んで来た机をジャックに監督して貰いながら、罠の危険を潰せる位置に机を置いた。
俺たちはジャックが無警戒に開け放った扉の部屋を覗いてみたが、広さこそ先程の部屋と同じようなものだったが、床が部屋の半分ほど崩落していた。
「奥の方の床が無くなっているが、全員が部屋に入ると別の場所も崩れるかも知れんな」
「私が入ります」
「危なくないか?」
「命綱を付けて、わしが持っておろう」
「じゃあ頼む。何かあったら絶対に引き上げろよ」
「うむ」
ユナはガーゴイルの時に使ったロープを自分の体に括りつけて部屋に入っていった。
念のため、サキさんの後ろで俺とティナもロープを握っている。
「いくつかのハンガーに服があります。ハンガーごと持って一度戻りますね」
ユナは五着の服を持って部屋から出てきた。全て女物のようだが、新品のようにも見える。服を受け取った俺は、サキさんにガーゴイルの部屋まで持って行って貰った。
「部屋にあったのはさっきの服だけでした。床が抜けた所に小さな棚やタンスみたいなものがあるんですけど、どうしましょうか? ロープを掛ければ小さな棚は引き上げられそうですよ」
「うーん……」
「試みる価値はあると思うがね。私が自分の責任でやっても良い」
「わかった。ジャックが代わりに行ってくれ」
ユナからロープを外した俺は、それをジャックに渡した。ジャックは手馴れた手つきでロープを体に固定すると、棚に巻き付ける別のロープを背負い袋から取り出している。
「何をしておるのだ?」
ガーゴイルの部屋から戻ってきたサキさんに聞かれたので、俺はジャックが部屋に入ることを伝えた。
部屋に入ったジャックは、軽い足取りで器用に崩落した床の石を踏んで行くと、手早く問題の棚にロープを引っ掛けて、直ぐに戻ってきた。
「凄い運動神経ですね」
「足場の悪い遺跡なんて日常茶飯事なものでね。嫌でも慣れるのだよ。しかし君の言う通り、タンスの方は諦めるしかないみたいだ」
その後俺たちは全員で棚を引き上げた。小さな棚には保護の魔法が掛かっていなかったようで、湿った土に埋もれていた部分は腐って無くなっている。
「棚に入れてあったものは全部落ちたのかな? 閉じたままの引き出しが二つあるな」
サキさんが大きなダガーを使って強引に引き出しをこじ開けると、宝石が散りばめられた装飾品が何点か出てきた。
指輪が三点、ネックレスが一点、腕輪が二点……どれも新品のように輝いている。
「素晴らしいな! 良し……契約通り、これも私が頂いておくよ」
ジャックは自分の手提げ袋に装飾品を入れた。まあそういう契約だから良いのだが。
続いてサキさんはもう片方の引き出しをこじ開けた。
引き出しの中には、朽ちたり色褪せた小物がいくつかと、俺たちが良く知っている櫛が入っている。
「魔法の櫛ですね。うちにあるのと同じ物ですよ」
「だな……ジャック、これは魔道具だから俺たちが貰うぞ」
「構わないよ。諸君らが持ち帰りたまえ」
俺は魔法の櫛を良く観察したが、家にあるのと同じ物だ。きっと同じ人間がいくつも作ったのだろうな。
「ここから先は下り坂になってるな。そろそろ日も昇った頃だし、一度地上に出よう」
俺たちは朝食を取るため、ここで遺跡探索を切り上げた。魔法の櫛は邪魔にならないのでそのまま持って出ることにしたが、俺はふと、これは探索ではなくただの遺跡荒らしなのではないかという気がしている。
地上に出ると雨は止んでいた。空はまだどんよりと曇っているので、テントは収めない方が良いだろう。
ティナは朝食の準備を、サキさんとユナは装備品の点検、俺は暇そうに本を読んでいたエミリアに遺跡の状況と今朝の収穫を報告している。
「その扉は触らなくて正解です。ティナさんが居なかったら死んでいたかも知れませんよ」
「そんなにヤバい物だったのか……」
エミリアの説明は、おおよそジャックと同じものだ。ただ、エミリアの説明は丁寧なので、俺が思っている以上に危険な存在であったことを理解して寒気がした。
俺はまたティナに助けて貰ったことになるんだな……。
「そういう訳で、こっちの取り分は魔法の櫛と、服が五着と、変なポーズになったガーゴイルの石像だな」
「わかりました。私はちょっと、ジャックさんと話をしてきますね」
エミリアは遺跡の入り口を覗きながら便所座りをしているジャックの元へ歩いて行った。




