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第64話「寂しいと病む病気」

 俺とユナが家に帰ると、二階に干した布団はそのままだった。

 そろそろ取り込まないと冷えてきそうなので、布団の方はユナに任せて、俺はハヤウマテイオウの世話と今日買った荷物を家に運んだ。


 いつもならこのくらいの時間からティナが調理場で夕食の準備をしているはずだが、シンとした薄暗い調理場を見ていると、俺は堪らなく寂しくなった。

 広間のテーブルには様々な本や巻物のような物が積まれていて今朝と同じままだ。


「ティナは居ないのか?」


 部屋の布団を取り込んで廊下に出てきたユナに聞いた。


「部屋にはいませんでしたよ」


 俺は広間の隅に荷物を置いて、ティナ用に作って貰った座椅子を持って風呂場に向かったが、風呂場には当然のようにティナの姿はなかった。



「ミナトさん、テーブルの上の本は勝手に片付けると良くないでしょうか?」

「魔法が発動するような本があったら怖いし、触らない方がいいだろうな……」

「どうしたんですか?」

「え?」


 俺が広間の窓を開けて河原の方を見渡したりしていると、ユナが心配そうな顔で俺を見てきた。


「ティナどこ行ったん……?」

「ミナトさん……」


 ユナは俺の手を引いて自室に戻ると、王都のどこに何があったとか、あそこに何があったなんて話をし始めた。


「この短期間で良くそこまで調べたな」

「今度はミナトさんの話を聞かせてください」

「そうだなあ……」


 俺はユナと出会うまでの冒険を話した。


 ティナに名前を付けてもらってから文無し同然のまま冒険に出たこと、途中で変な吟遊詩人に誘われて大きな宿でティナと歌ったこと、初めての戦闘で混乱してティナに助けてもらったこと、アサ村でハメを外して怖い目に会ったときにティナが助けてくれたこと、カナンの街の銭湯で絡まれたときにティナに助けてもらったこと、行商人のシャリルを護衛したときに油断した俺をティナが助けてくれたこと、途中のキャンプで初めてティナの手料理を食って感動したこと……。



「情けないほど助けてもらってばっかりだ……」

「でも楽しそうな冒険ですね。私も最初からみんなと居たかったです」

「最初に王都を出るまでは気の休まる暇もなかったよ。なんせ一日でも無駄に過ごしたら翌日の宿代も払えなくなるような状態から始まったからな」

「最初は何にもわからない状態ですもんね」

「そうだなあ。支度金は有り難かったけど、エミリアが手書きしたと思う小冊子が無かったら王都で詰んでたな。今でも俺の背負い袋に入れてあるよ」

「そうなんですか? 私のは途中で無くしちゃいました……」


 ユナと話していてしみじみ思ったが、だらしない性格が発覚して扱いが酷くなったエミリアにも散々世話になったんだよな……。

 これからはもっと大切にしてやらんといかんなあ。


「もう日が落ちてしまったな」

「長く話し込んでしまいましたね」

「そうだな……ありがとうユナ」


 俺は照れ臭かったので、解放の駒で明かりを灯す前に言った。






 俺とユナが広間と調理場に常備してある解放の駒で明かりを灯していると、ティナとエミリアが帰ってきた。


「ただいま。すっかり遅くなったわね」

「おかえりティナ。どこに行ってたんだ?」

「魔術学院に行ってたのよ。書き置きは見なかったの?」

「あれ? あったかな?」

「馬小屋の所に貼って置いたんだけど……」


 俺は慌てて馬小屋まで見に行ったのだが、馬小屋の正面に張り紙があった……俺は張り紙を剥がして、それを小さく折りたたんで自分のポケットにしまった……。


「俺が見落としてるだけだった……」

「……あ、ごめんなさい。お風呂沸かすのを忘れてました」

「あらそうなの? テーブルの上も大変ね。晩ご飯の用意もまだだし……」

「仕方がない。風呂の湯をセットして、今日は外食にするか?」


 ユナが湯沸かし器を動かしに行ったので、俺はハヤウマテイオウにリヤカーを付けた。

 エミリアも一緒にどうかと聞いたが、流石に眠いので今日はもう帰って寝ると言ってテレポートで帰った。山積みの本は明日の朝、朝食前には自分で片付けるらしい。



「何処で食う? あまり騒がしくない所がいいな」

「そうね。静かな所がいいわ」

「じゃあ公園裏の酒場がいいですね。少し高いので変な客層は来ないです」


 今日はユナがハヤウマテイオウに乗って、俺とティナがリヤカーに乗り込んだ。

 道中、俺は冒険者の宿でのことをティナに報告している。


「親父さんの言うように交渉次第ね。駄目そうなら遺跡専門の宿を覗いてみましょう」

「そうだな。一応明日にでも依頼主を訪ねてみようと思う」


 話すこともなくなって、ひざ元で指を組んでいるティナの手を暫くぼーっと眺めていると、ハヤウマテイオウの足が止まった。


「着きましたよ」


 静かな酒場は公園の丁度裏手にあたる路地にひっそりと建っていた。いくつか点在する公園の篝火に照らされているので、そこいらよりは幾分明るい場所だ。






 馬を店の前に繋いで中に入ると、店内は全て板張りの小奇麗な酒場だった。明かりもランタンを吊るしたものではなく蝋燭を使っていてオシャレな雰囲気がある。

 見たところ一人客の方が多い。複数人で囲っているテーブルからも大声は聞こえない。


「三名様でよろしいですか?」

「お、おう……」

「はい。なるべく奥の方の席でお願いします」

「かしこまりました。ではこちらへ」


 俺がどうして良いかわからないでいると、応答はユナが全部やってくれた。

 店内に居たウェイターっぽい男に付いて行くと、店の一番奥のさらに端っこのテーブルに案内された。

 しかも椅子に座る時までウェイターが面倒見てくれるというサービス付きだ。


「元の世界でも椅子まで面倒見て貰ったことないんだが……」

「ちょっといいお店だとこんな感じですよ」


 外食と言えば子供の頃に家族と入ったファミレスくらいしか知らない俺には良くわからなかった。大人になっても友達も彼女もいなかったし。ニートだったし……。



「相変わらずメニューを見ても良くわからんなあ」

「私はあまり重くないものが食べたいわ」

「変な物が出てきても困るので、それっぽく伝えてお店の方にお任せしますね」


 ユナが軽く手を上げると、さっきのウェイターがすぐにやってきて注文を取っていった。ユナはメニューもろくに見ず注文しているようだが、それで話は通ったようだ。


「ユナは随分慣れている感じだな」

「家族と居たときは苦手だったんですけど、こっちの世界だと平気なんですよ」

「なんでだろうな?」

「ここでは自分で決めたり選んだりできるせいかも知れないです」

「そうかあ……」


 俺はユナのことが少しだけわかったような気になった。俺の方は自分で選ばせては貰えたが、親の意にそぐわないと大変な事になるので随分苦労した記憶がある。



 静かな店の雰囲気に浸っていると、やがて料理が運ばれてきた。

 小さな皿に数枚のレア肉と野菜で飾られた料理と、テーブルの中央にはバスケットに入れられたパンに、銀製だと思うワインカップには泡の立つ飲み物が注がれた。


「上品な料理ね」

「これは発泡酒かな?」

「お酒は頼んでないですよ」


 泡の立つ飲み物は少し辛めで舌がピリピリするような感じがした。濃い目のジンジャーのような飲み物だ。俺とティナは平気だったが、ユナは苦手みたいだ。


 俺は皿一枚で終わりだと思っていたが、その後も小さい料理が二皿続いて、最後は果物で飾られた小さな器を出された。


「……参考になるわね。ソースと飲み物の泡は何かしら?」

「聞いてみたらどうですか?」


 ユナがウェイターを呼んで二、三話すと、奥の方から料理人らしいおじさんがやって来た。でっぷりと腹の出た体格の良い髭のおじさんだ。

 ティナは料理人のおじさんと良くわからない話をしていたが、隣で聞いていても良くわからなかった。ただ、随分手間を掛けていそうなことだけは伝わる。



「そろそろ出ようか?」

「そうね」


 料理人との会話が済んだところで、俺たちは店を出た。支払いは三人で銀貨390枚。

 なるほど。これではおいそれと入れないな。オルステイン王国でも良い店なら美味い物が食えるみたいだ。勉強になった。


「手の込み具合で言えば今までで一番美味かったな」

「あれは一人だと無理そうよ。何人かで作らないと一品料理になるわね」

「うちでもデザートを出すようにしたいですね。市場には見たことのない果物がいっぱいあるので、いくつか買って試してみたいです」


「サキさんはちゃんとご飯食べてるのかしら?」

「あいつは冒険者の宿で勝手にドンチャンやってるだろ。酔い潰れて帰ってこんかも知れんが、あまり気にしないでおこう。また便所で吐かれても困るし」

「そうですね……」


 俺たちは帰りの途中で冒険者の宿を横切ったが、酒場の木窓越しに全裸で手拍子を打つ黒髪のポニーテールが見えたので無視して家に帰った。






 家に帰ると浴槽から溢れたお湯で蓋が全部浮いている状態になっていた。


「あーあ……」


 また天井から水滴が落ちてくる事態になったので、今日は風呂に入っただけで洗濯は翌日することに決めた。仕方ないので歯磨きも調理場の方でやった。


「この調子だとサキさんは帰って来んな。もう寝るか……」


 俺はサキさんが帰ってきた時のために広間の明かりを灯してベッドに入ったが、またティナが何処かに行ったら寂しいので、こっそり袖を掴んで寝た。


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