第62話「本物の魔術師」
俺とユナが攻撃魔法の実験を続けていると、木箱を抱えたエミリアがミラルダの町から戻ってきた。
「買って来ましたよ。新鮮な調味料と、北の海の地図も手に入れてきました」
「お疲れさま。今日は美味い魚料理が食えそうだな」
「あれ? ミナトさん髪を切ったんですね。とても似合ってますよ」
「ありがとう。ティナとユナに切ってもらったんだよ」
さっそくエミリアが抱えてきた木箱をテーブルの上で開けると、数種類の魚とやたらデカいエビが三匹入っていた。
「伊勢海老みたいですね」
「ユナは食ったことあるのか? 俺はない」
「私もないですよ。でもなんか大きすぎませんか?」
伊勢海老は映像でしか見たことはなかったが、目の前にあるそれはやたら大きかった。
「じゃあ私は晩ご飯の準備するわね……」
「私も手伝います」
ティナとユナは二人でテーブルの木箱を持って調理場に行ってしまった。ティナの方はまだ少し疲れているようだが大丈夫だろうか?
「わしはちょっと街へ出掛けてくるかの」
「雨降ってるからやめとけよ」
「せっかくだから酒が欲しいではないか?」
「それなら仕方ないか」
サキさんは外套を被って、酒を買いに街まで出かけてしまった。
「私は一度学院に戻りますね」
「わかった」
エミリアもテレポートで学院に戻ってしまった。ニートの俺は何もすることがないので部屋に戻ることにした。
部屋に戻った俺は本気でやることがないので、セルフ着せ替えごっこをして遊んでいる。髪型を女の子らしくしてもらったこともあって、前回遊んだときよりも楽しい。
暇を見てはコロコロをしていたせいもあって、夏場に焼けてしまった所もすっかり白く戻っている。俺は鏡に映った自分の姿に満足していた。
できれば男に戻りたいのだが、ティナやユナと生活しているうちにすっかり影響を受けてしまった俺は、知らず知らずのうちに自分を可愛くしてやろうという方向にひた走ってしまうことが最近多くなってきている。
これは大変いかん事だと思う──。
俺はこのままではいかんと思いつつも、鏡の前で恥ずかしいポーズをとってみたり、下着姿でパンツを引っ張って遊んだりと、暇を持て余して部屋でゴロゴロしているときの奇行が日増しにエスカレートして行くことに不安を感じていた。
やはり一人でゴロゴロするとろくなことがないので、俺は広間の方に移動した。
広間に戻ると、酒を買いに出ていたサキさんが帰っていたので、俺はサキさんと話をして暇を潰すことにする。
「サキさんは格闘技とか武術とか習ってたのか?」
「何も習ってないのう」
「でもゴブリン退治の時から強かったろ?」
「意識の持ち様かも知れぬ。図らずも積年の思いが叶ったのだ。常に男の中の男でありたいと強く思えば、恐れなど忘れて力が沸き出してくる」
「そういうものか……まあ、サキさんが戦うときは自信に満ち溢れているよな」
サキさんの異常な勇猛さについては前々から聞こうと思っていたので良い機会だった。
しかし、思いがけずに願いが……という部分に関しては、ティナとサキさんはそれぞれの形で願いが叶ったことになる。俺の方は踏んだり蹴ったりだが……。
俺がサキさんの隣であれこれ考えを巡らせていると、いつの間にかエミリアがテーブルの席に着いていた。この女はいつも何処から入って来るのか良くわからない。
俺はミシンを掛けているサキさんの隣に立ったままの状態で、昼間ティナが作った変な精霊石についてエミリアに質問した。
「この精霊石なんだが、精霊力感知できんし意味不明なんだけど……」
「これは……?」
「ティナが偽りの指輪で作った精霊石だ。偽りの指輪を使っているのに随分疲れたみたいで変なんだよな。俺やユナなら何個作っても疲れんのに」
エミリアは俺から受け取った精霊石を眺めたり両手に挟んだりしていたが、暫く何かを考えたあと口を開いた。
「これは精霊石ですが、中に込められているのは純粋な魔力です。魔力を込めた精霊石のことは魔霊石と言います。ティナさんはこれを作って倒れたりしませんでしたか?」
「ずっと椅子で休んでいたが倒れはしなかったな……」
「これだけ純度が高い魔霊石を作ったら、私でも立ち眩みがしますよ……」
あ、そうか。魔力の込められた魔霊石だから俺には感知できなかったのか。
あれ? 偽りの指輪では魔力感知はできないんだぞ?
「謎は全て解けました。ティナさんが偽りの指輪を使えなかったのは、ティナさんが魔術師だからです。私が偽りの指輪を嵌めても精霊力感知ができなくなりますから」
「なんで魔術師が偽りの指輪を嵌めたら精霊力感知できなくなるんだ?」
「互いの能力が干渉し合うからだと思います。魔力を扱う場合は問題ありませんし」
ティナが魔術師か……想像もできんなあ。しかし、何か良くない体質のせいじゃなくて本当に良かった。ずっと気になっていたので安心することができた。
「ティナさんには一度詳しく説明する必要があります。無意識に魔力を使ってしまうと危険ですし、魔法の基礎くらいは知っておいて貰わないといけません」
「わかった。その辺りのことはエミリアから説明してほしい」
ほどなくして調理場から夕食が運ばれてきた。もうそんな時間かと木窓の外を覗いてみると外は暗くなっている。ついでに雨も止んだみたいだ。
今日の夕食は、巨大伊勢海老を真っ二つにした塩焼きとチーズ焼きの二種類と、赤身魚はカルパッチョ風の刺身に、白身魚はソテー風にして、小魚は南蛮漬けにしたようだ。
「やっぱり魚はいいな。全体的にイタリアンなのは醤油がないせいか?」
「そうよ。魚醤は手に入ったけど、生魚とは相性が悪かったわ」
「ミナトさん、二種類の伊勢海老を二人で分けませんか?」
「塩とチーズの両方が食えるってことか。いいだろう」
エミリアはチーズの伊勢海老を選んだのか。酸味が強い南蛮漬けは苦手なようだったが、他の料理は気に入ったみたいだ。
「生魚は抵抗があったのですが、これは美味しいですね。こんなことならもっといっぱい買ってくるべきでした」
「警戒してわざと少ない量にしたのか?」
「仕方ないじゃありませんか。王都だとまず魚は食べないので……」
ミラルダの町から王都までは、山を越えて馬単体でも5日は掛かる。荷馬車に積んで運んでいたら一週間以上掛かるから、まず確実に腐ってしまうだろう。
魔法でも使わない限り、王都では一生魚を食わずに終える人も多いのだろうなあ……。
食事を終えたエミリアはいったん魔術学院に帰った。適当な資料を集めてもう一度戻ってくるらしい。ティナが魔術師だということは、エミリアが全員に説明してくれた。
「実感が沸かないわね。もし魔法が使えるようになっても、昼間にテストしてたような魔法は使いたくないわよ?」
「それでいい。好んで使うようになったらティナじゃなくなるような気がするし」
俺はエミリアが戻って来るまでの間に、パーティー会議を開くことにした。
今後の活動方針も大切だが、そろそろ各自の思う所もあると思うから、上手く組み込んで行ければ良いと考えたからだ。
「聞いて欲しい。俺たちがこの世界に来てから今日で一カ月が過ぎた。ハイリスク・ハイリターンの危ない橋も渡ったが、何とか生活の基盤も固められたと思う……」
「うむ」
「そろそろこの世界での生活にも慣れて来たと思うので、それぞれの目標とか、何か解決したい事があればこの場で出し合おうと思うのだがどうだろう?」
「いい機会だと思うわ」
「では、わしから言わせて貰おうかの……」
サキさんは箸で南蛮漬けをつまみながら言った。こいつは切り出しが早いので助かる。
「わしの目標は、後世に語り継がれるような英雄になることである。今一番困っておることは、恋愛経験ゼロゆえ、気になる男がおっても声を掛けられんことである」
「サキさんの恋愛については生暖かく見守っているので自分で解決しろ」
こいつはブレないな。
「まあ、長く冒険者を続けていれば英雄になるチャンスもあるだろうから、今後は死に急ぐようなことは慎め。つまらんことで死んだら英雄にはなれんからな」
「ようわかった。気を付ける……」
「私は特に目標が思い付かないわね。今の状況で満足してるのかも……いつもみんなが元気でいてくれればそれでいいわ」
ティナは特に目標がないのか。まあ家庭的だし現状で満足なのもわかる気がする。
「私はもっと色んな物を見て回りたいです。王都以外の町や村、古代遺跡……道中の景色も楽しみたいので、エミリアさんが持ってきたような大きな荷馬車が欲しいです」
「わしの希望と通ずるところがある。冒険に旅は付き物だしの」
「いつか古代遺跡にも行ってみたいと思うから、明日は冒険者の宿で情報収集しよう」
前回の冒険ではマラデクの町に寄りたがるユナを我慢させてしまったしな。近場に遺跡っぽい物があるなら、冒険とは関係なく見学に行っても良いだろう。
「最後に俺だが……俺の目標は、将来みんなが別々の道を選ぶその日まで、誰一人欠けることなくこの世界で生き延びる方法を模索することだ。俺の悩みはチンチンを生やしたいと思っているのに、最近はもう無くてもいいかなと感じ始めているので困っている」
「途中までは感動して聞いていたのに、最後の一言で台無しになりましたね」
「わしも人のことは言えんが最後のは余計だったと思うわい」
俺の悩みは不評だった。サキさんのホモ発言には誰も突っ込まないから、さらっと言ってのければ問題ないと思っていたのだがなあ。
大別すると、サキさんとユナはどんどん冒険をしたい感じか。この二人は戦闘訓練も真面目にやっているしな。俺とティナはなるべく平和に過ごしたい考えだ。
どのみち冬に備えた蓄えも欲しいから、まずは冒険者の宿に行くのが良いだろう。
会議のせいで少し遅くなったが、サキさんは白髪天狗に乗って銭湯へ出掛けた。
サキさんと入れ違いにエミリアが戻ってきたので、ティナには魔法の講義を受けて貰って、食事の後片付けは俺とユナの二人でしている状態だ。
「私の方は少し長くなりそうだから、今日は二人で入ってきて」
ティナは食器の片付けを済ませてきた俺にそう告げた。適当で済む話ではないから時間も掛かるのだろう。
今日はもう仕方がないので、俺とユナの二人で風呂に入ったあと、洗濯と歯磨きをして寝ることにした。




