第60話「趣味か? 特技か?」
「あとの残りはもう判断できないな。長旅で古くなっていたり、夏の暑さでダメになっていたり、そういうのはエミリアが現地で買って来てくれ」
「わかりました。地図の件と合わせて用意してみます」
昼くらいになって調味料の確認を終えた俺たちは、口直しにお茶を飲んでいる。
結局殆どの調味料は名前を翻訳してもらえばティナの知識でわかる物が多く、それらは元の世界と同じように使えそうな物だ。
それ以外では、代替に使えそうな物はティナが試行錯誤で調べて、傷んでいそうな物はエミリアが現地まで飛んで買ってくるという感じで話しが落ち着いた。
「良く降るなあ。裏の川も増水しているみたいだ。気になっても川には近寄るなよ」
昨日の夕方から降り始めた雨は止む気配がない。時折雨音が小さくなったと思ったらすぐにぶり返すという具合だ。
風が出ていないので広間の木窓は小さく開けているが、そこから外を眺めていると、安全な家の中に居ることに妙な安心感を覚えてしまう。
「私もこの雰囲気好きですよ」
「うん……」
木窓の隙間からずっと雨を眺めていた俺の脇から、ひょっこりと顔を出してきたユナが言った。
俺とユナは、サキさんのミシンと雨の音に挟まれながら、暫く外を眺めていた。
「そろそろ晩ご飯の準備するわね」
「私も行きます」
ティナが調理場に向かうと、ユナも付いて行った。
広間には浴衣を縫っているサキさんしかいない。エミリアは調味料の確認が済んだあとすぐ学院に戻ってしまったし、すっかりニートが板に付いた俺は暇を持て余していた。
やはり俺も趣味なり特技が欲しい……!
「サキさん、俺も何か趣味か特技が欲しいのだが、どうすれば良いだろう?」
「元の世界では何かやっておらんかったのか?」
「ゲームしたり漫画読んだりして遊んでた。あと、部屋で一人のときに彼女が出来た自分を想像して脳内シミュレーションとかしてた」
「なんじゃそりゃあ……」
「サキさんは絵とか衣装とか長いのか?」
「そうだのう。もう二十年以上になるかの」
「俺の人生くらいの期間をやっているのか。かなわんな……」
「楽しいことを見付ければ良かろう。何でも試してみい」
サキさんは普段バカなことばっかりやっているような印象しかないが、たまに人生の先輩のようなことを言う。俺は部屋に戻って自分が楽しいことを考えてみた。
部屋に明かりを灯して、まず俺はティナの枕とかシーツの匂いを嗅いでみた。今誰かが部屋に入ってきたらと思うとドキドキして楽しいと思った。
続いて俺は、衣装ケースから一度ティナが着たバニースーツを取り出して匂いを嗅いでみたが、素材の皮か塗料だかわからない匂いがして楽しくなかった。服の方も洗濯に使った石鹸の匂いしかしない。
やはり何日か洗ってない物の方がいい……。
革製の靴なら普通は洗ったりしないから、きっとティナのエキスが一番濃いはずだ。俺はクローゼットの隅っこに隠れてティナの小さなパンプスの匂いを嗅いだ。
「またやってしまった……」
俺は余りの自己嫌悪に声を出して嘆いた。ここでただ悩んでいても時間がもったいないので、俺は一人で三面鏡に向き合ったまま何時間もコロコロをしている。
鏡に映る自分と向き合いながらひたすら無心でコロコロをしていて思ったが、今の髪はほったらかしの状態で伸びた通称ニートヘアーとでも言うか、そんな感じの髪型だ。
毎朝中途半端に長くなった後ろ髪の部分だけが寝癖で跳ねてくれる。
俺はだんだん今の髪型が気に入らなくなってきたので、みんなに相談することにした。
俺が広間に戻ると、既にエミリアがテーブルの席に付いている。もうそんな時間になっていたのか。
「ミナトさん、とりあえずですが今お渡しできるオルステイン王国の地図です」
「随分雰囲気のある地図だな。ありがとうエミリア」
俺はエミリアから受け取った地図を広げてみた。地図は羊の形のままの大きな羊皮紙にびっしりと書き込まれている。
俺が知っている馴染み深い地図ではなく、細かく書き込んではいるがもっと抽象的な地図だ。それが反って冒険心を煽る雰囲気を醸し出している。
「コイス村で兵士の男が言ってた通り、山を抜けた北側に海があるんだな。かなり遠いがカナンの西側にも海があるようだな。東と南は国が違うのか……」
「今降っている雨は、西の海からカナン方面を横断して来るんですよ」
「ところで、北の海にあるミラルダの町まで飛んで魚を買ってくることはできるか? 明日は俺たちがここに来て丁度一カ月になる。記念に海の幸を食いたい」
「そうですね……わかりました。調味料の買い出しも兼ねて行ってきます」
明日は新鮮な魚が食えるかもしれん。俺は調理場の入り口に張ってある紙に刺身と書き込んでおいた。他にはオムライスとシュークリームが追加されている。
シュークリームはユナか。後ろにハートとか変な動物の絵が描いてあるのでわかる。
俺がオルステイン王国の地図を魔槍グレアフォルツの上の方に張り付けていると、食事が運ばれてきた。
今日の夕食はオムライスのようだ。洋食屋で頼むと出てくるような、表面の卵が半熟になったやつで、ケチャップの上にはホワイトソースとハーブが添えられている。
「下の焼き飯に入ってる肉が味付きで妙に美味いなあ……」
「おかわりあるか?」
「サキさんのは最初から大きいだろ。それで我慢しとけよ」
俺たちが食事を終えたあと、今日のユナは一人でエアフライパンをしていた。
「私が作ると半熟にならないんですよ」
恐らくティナもサキさんと同じように二十年レベルの経験者だろうから、14歳のユナが気にする必要は無さそうなのだが。この日はエミリアが帰るまで続けていた。
「俺らが入ると遅くなるから、サキさん先に風呂入るか?」
「いや、銭湯に行ってくる」
「結構降ってるぞ? バカか?」
「雨具がどれほど持つのか調べておきたいのもあるでの」
俺は止めたが、サキさんは防水加工された外套を被って銭湯に行ってしまった。
「しょうのない奴だな。俺らも風呂に入るか……」
俺はいつものようにユナとティナを待ってから三人で湯船に浸かる。
「この世界には髪を切る店あるんかな?」
「切りたいの?」
「これ、ほったらかしで伸びてるから何とかしたいんだよな」
「確か男性用のお店しかなかったと思いますよ」
「は? 女はどうするんだ?」
「自分で切ったりするみたいですけど……一応雑貨屋さんでハサミとか買いましたし」
「そう言われると、ショートヘアの女の人を街であまり見かけないわね」
酷い世の中だなあ。俺の髪はどうすれば良いんだ?
「自分で切ったら絶対失敗するから、二人で切ってくれんか?」
「私は無理ですよ。やったことないです」
「私も人の髪の毛は切ったことないわ。ウィッグで遊んだことならあるけど」
「じゃあティナ頼む。失敗しても怒らんから切って」
俺たち三人は、家に自分達しか居ないことを良い事に、バスタオルで髪を拭きながら真っ裸で広間に出て二階の部屋まで戻って行った。
「髪は明日切りましょう」
「今の髪型気に入らんから楽しみだなあ」
俺たちは髪を乾かして、汗が引っ込んでから服を着たあと、いつものように洗濯と歯磨きをしに行った。
サキさんはまだ帰って来ないので、やつの洗濯は明日の夜だな。
今までは朝と晩に洗濯をしていたが、まともに着替えが無かった頃の名残りでやっていただけなので、もう洗濯は一日一回で十分という話になったのだ。
寝る時間になるまで、ティナはずっとコロコロをやっているし、ユナは何か熱心に落書きをしている。
俺は鏡の前で、自分の横髪を両手で持ってツインテールごっこをして遊んでいた。
「ミナトさんはさっきから何してるんですか?」
「ユナのツインテールがかわいいんで俺もしてみたいんだが、全然長さが足りんな」
「もう子供っぽいのでやめようかと思っていたんですけどね」
「そんなことはないだろう。そういえば、ティナは最近ずっと髪を下したままだな。最初の頃は毎日髪型を変えていたと思ったんだが」
「そうね……最近は下したままよ……」
ティナはため息を吐きながら呟いた。何かマズい事でも言ってしまっただろうか?
そんな調子で時間が経ってしまったので、明日に備えて寝ることにした。
翌朝目を覚ました俺とユナは、二人で朝の準備を整えると、ユナは調理場でティナの手伝いに、俺はセルフ放置プレイ中のエミリアを相手に雑談をしている。
昨日エミリアに散々臭いについて注意したので、今日はちゃんと着替えてきたようだ。
「まだ雨は止まんのか?」
「今日の夜まではこんな調子でしょうね」
昨日と比べれば随分弱まっているが、まだ少し外には出たくないくらいの雨だ。石畳で整備された街の大通りなら問題なさそうだが、生憎この辺りは舗装もされていない。
「こっちに来て冒険者になった二人組とソロの奴と、行方不明になった奴って今何処にいるんだろうな? ちょっと会ってみたい気もするんだが、どんな奴なんだ?」
「冒険者になった二人組の方は男女のペアでしたよ。面識はなかったようですが、ミナトさんたちと同じようにパーティーを組んで行きましたね。王都を離れるときは古代遺跡へ行くと言っておられたので、冬になれば周りのパーティーと同じように王都へ戻ってくるかもしれませんね」
「そうだったのか。俺たちは王都に根付いてしまったが、その二人は真面目に冒険者をやっているんだな」
「私はちょっと苦手でしたけど。いきなり腕を押さえて叫び出したり、語尾に猫の鳴き声を付け足したりして……悪い人たちではないのですが」
「それは会いたくないな」
「名前は確か……閃光のホークウィンドさんと、赤き黄昏のアルメイアさんだったと思います」
名前を聞いた時点で俺は会いたくなくなってしまった。何故だか知らんが無性に中学時代を思い出してしまうからだ。
「もう一人のソロ冒険者はまともなのか?」
「ミナトさんくらいの年の少年でしたよ。名前はヨシアキさんです。ハーレムパーティーを作るんだと張り切っておられましたが……」
「おられましたが?」
「お会いするたびに美形の男性メンバーが増えていって、先月お会いした時のヨシアキさんは女性の格好をされていました……」
「ヨシアキ君に何があったんだよ? 他人事とは思えないので一度会ってみたい」
「もう嫌な予感しかしないが、行方不明になった奴はどうなんだ?」
「一番初めに召喚されて来た方なんですが、目が覚めると同時に名前すら告げずに全裸で学院を飛び出して何処かへ消えてしまいました」
「一番酷いな」
「まるで土から飛び出したセミのような元気の良さで走り去ってそれきりです。その方は裸一貫無一文だったので、その事件以来、学院から最低限のサポートと支度金を支給することに決めました」
どうやらこの変人のお陰で、俺たちは無一文で街に放り出されずに済んだわけか。
それにしても酷いな。ろくな人間がいない。俺は良いメンバーに恵まれて良かったと心底思った。




