第567話「強化魔法について」
目の前の敵を片付けて走り出した俺は、ものの数秒もしないうちにバランスを崩してコケそうになった。
「うわっ、なんだこれ?」
「身体強化の魔法が切れたみたいだね。私のは数分しか持たないから」
先ほどまで軽やかに大地を蹴っていた足が不自然なまでに重い。
全力なのに速度が出ない。
普段の脚力ってこの程度だったのか……。
ロロの方も数秒遅れて魔法が切れたようだ。
「もう一度、身体強化できないか?」
「やめた方がいいよ。後で酷いことになる」
魔法で無理やり身体強化する方法は、全身に負荷が掛かるらしい。
軽い筋肉痛で済むのは、若い体でも一日に一度が限度。
本当に命が危ない局面なら迷わずに使うが、今はやめておこう。
「武器や防具の強化も、やり方が不味いと劣化を起こすからね」
「手斧を真っ赤に熱したり……」
「元の強度はなくなっているよ。多分ね」
ガレージの中に錆びついた手斧が二本あったと思うけど、無茶な強化が原因だったか。
実験と称して色々やったもんな。
「保護の魔法なら何度使っても大丈夫。強化の魔法は対象を直接強化するから、場合によっては魔法が解けた瞬間に対象が壊れることもあるよ」
ロロの説明を要約すると、保護の魔法は超万能な防護シートや真空パックで対象を包んでいる状態に近しいようだ。
だから食材に限らず、本や絵画を始め、最終的には家全体を保護する頭のネジがぶっ飛んだ魔術師も存在するらしい。
だが、問題は強化魔法の方。
強力な強化魔法で魔剣にも負けない強さの刀身を作っても、刀身の強度を超える運用をした場合、強化魔法の消滅と同時にその刀身は砕け散る。
強化の対象が生身だった場合は、より悲惨な結末を迎えるだろう。
「知らずに使って無茶をしたら、取り返しのつかない事になっていたかも……」
思い付きで身体強化の魔法実験をしなかったのは不幸中の幸いだな。
「強化魔法の到着点は、古代の魔術師が作っていた魔道具と魔装置の作成技術を甦らせることだからね。本来なら魔法で強化した対象は、同時に永久魔法で保護しないといけないんだよ」
そういえばロロは魔道具やゴーレムの専門家だったよな。
いつか魔道具作成の実験をするときは誘ってみよう。
こんな会話が余裕で出来るくらいの早歩きな状態ではあったが、ようやく三体目の蜘蛛人間が出現した場所まで移動できた。
ここに来るまでに怪しい気配も無かったので、これで最後かな?
「だの……」
サキさんにしては珍しく、息切れを起こしている。
怪我は無さそうだが、ゴッソリと体力を持って行かれた雰囲気だ。
肉が焼き切れたような、嫌な臭いもする。
本気モードのアルトラル光ブレードを使ったな?
「急に魔剣がなまくらになったからの……」
それは魔剣のせいじゃなくて、身体強化の魔法が切れたせいだろう。
つまり、ロロが身体強化の魔法を使ってくれなかったら、最初の二体で足止めされているうちに、横から三体目が現われていたことになる。
想像もしたくないな。
こんなの普通の装備しか持っていない冒険者は倒せないぞ。
「正体不明なのに最初から報酬が良かったじゃない? この辺りに出る魔物はこれが普通なのかしら……」
ティナが嫌なことを言った。
さすがにこんな魔物ばかり出てくる土地なら町も村も滅ぶわ。
「こういうのはイレギュラーだと思うけどね」
「それで、どうやって持ち帰るのよ?」
サキさんがアストラル光ブレードで滅多斬りにした蜘蛛人間を指して、ティナはご機嫌斜め。
人間よりも大きなサイズが三体もあるから、どうやったって魔法頼みになる。
もう徹夜コース確定なのもあって、このまま笑顔で退場とはいかないらしい。
「どうするのだ?」
「そうだなあ……」
このまま全部マシン村まで持ち帰れば銀貨30万枚になるが……。
「比較的外傷の少ない個体はうちの裏庭に転送しよう。もしもエミリアがこの魔物の存在を知ったら、後で自分も捕まえに行くと言い出すに決まってる」
この一帯はそのうち王国の兵士が見回りを始めるだろうから、こっそり蜘蛛人間を探し回るなんて出来なくなるはずだ。
「無理無理。その程度で諦める性格なら、魔術学院の導師にはなれないよ」
エミリアはグレンの一件で学院の導師は引退しているはずなんだけど、引退はただの建前で、エミリアの研究室自体は平常運転してるような気がするんだよな。
未知の魚を捕まえるために不法出国を企てた辺りから、ほぼ確信してるんだけど……。
「エミリアに渡すなら、私とミナトで仕留めた個体が良いかもね。最初にサキが仕留めた個体も良いかな。最後に仕留めたやつはダメだね。ここまで内臓の損傷が激しいと研究には使えないよ」
ロロ的には最初の二体ならどっちでも良いらしい。
それなら二体ともエミリアに渡そうか。
真剣に研究している以上は何かの役に立つかもしれん。
二体の蜘蛛人間を縛り上げて家の裏庭にテレポートさせた後、ロロがロソン村まで行きたいと言い出した。
「私の兄と弟が戦死した場所だから一度見ておきたい。いい加減眠いけど、頼めるかな?」
そんな事を言われたら断るに断れない。
どのみちマシン村に戻るのは早くても翌日以降でないと、距離と時間の辻褄が合わないから、時間には余裕のある状態だが。
「ティナの魔力は残ってる?」
「足りないときは魔霊石を使うわ」
それならもう一度、丸太を浮かせて移動しよう。
「三体目の蜘蛛人間はどうするのだ?」
どうするかな?
ここに置いて行ってもいいが、後でもう一度取りに来るのは面倒だ。
「仕方がない。これも家の裏庭にテレポートだな……」
結局、倒した蜘蛛人間はすべて家の裏庭に転送することになった。
何もかも雪の中に埋まるこの季節ならではの雑な方法だ。




