第560話「入村」
ランタンの明かりの元、ユナの作戦は以下の通り。
まずは全員でマシン村の入口まで移動して、そこでは当然追い返されるだろうから、冒険者組が村の戦力に加わるという条件を出して全員を入村させる。
入村したら商人組は村を出ていく集団に便乗して、そのまま東の街道に抜けるという感じだ。
まあ、俺が想像していたのと大体同じ作戦だな。
「この時間なら誰ともすれ違わないだろうし、魔法の明かりも灯すわよ」
「ああ、そうしてくれ」
ティナが魔法を使うと、辺りが昼間のように明るくなった。
木々が密集する不気味な森林の壁も、これなら大分マシに見える。
「続きですけど、村の戦力に加わると言ってもタダ働きは駄目ですよ。入村したら別行動になると思いますから、報酬の交渉は独自にやってください」
作戦は同じでも報酬の交渉までは俺の頭になかった……。
そういうのは苦手だから、サキさんにやらせよう。
「任せよ。それで、わしらの名前は名乗って良いかの?」
「パーティー名も含めて、そのまま名乗って良いと思います。レレさんは偽名の方が良いかも知れないですね」
「そう? なら私は、魔剣士の『ロロ』で」
レレの次はロロ──なんて安直な。と思ったが、どうせ使い捨ての偽名だからどうでもいいか。
今のうちに商人組の偽名も聞いておこう。
「私はユーナ・ユナナです。王都の露店許可証もありますから、本物の商人で通せます」
などと言いながら、焼印を押した木の板を見せてくれた。
いつの間にそんな資格を取ったのかと驚いたが、身元確認もなしに税金を払うだけで申請できる一番簡単な許可証らしい。
ちなみに毎月更新が必要なので、年間を通す場合は割高になるそうだ。
まあそれは良いとして、いくら偽名でも、もう少し何とかならなかったのか?
「収穫祭の出店や広場のバザーで使うの?」
「そうです。たまにしか見かけない市場の露天商もこれですね。一応ちゃんとした許可証なので、あまり詳しくない人が見れば普通の商人と区別がつかないです」
「許可証なら私も持っておるよ」
ジャックも自分の許可証を見せてくれた。が、こちらは随分年季の入った純銀製のプレートだった。
「ガチっぽい許可証なのに名前も書いてないのか?」
「この手の許可証は利権なのでね。お墨付きを貰った一族が代々受け継ぐ事を想定してあるから、個人の名前は書いておらんのだよ。その分、税の取り立ては重いがね」
話を聞くと、ジャックの一族が商売をやっていたわけではなく、だいぶ昔に借金の形として取り上げた許可証のようだ。
「……コホン。私の偽名は、ボッタクリ商会のジャン・ジャックマンである。ボッタクリのジャンと呼んでくれたまえ」
「おいそれ、ぼったくりじゃん……」
「ぶ、ぶふふっ!」
ジャックの隣にいたユナが口を押えてうずくまった。
何かのツボに入ったらしい。
「私も露店許可証を取ってきました。偽名はムチム・チプリンです」
エミリアもユナと同じ露天商か。
「露天商のユーナ・ユナナと、ムチムチプリンでボッタクリジャンの三人だな。じゃあ、行こうか?」
「……っ、……くく……!」
「ユナ、大丈夫? お腹痛いの?」
俺たちはユナを襲った謎の腹痛が治まるのを暫く待ってから、マシン村に向かって歩き出した。
この辺りの街道は、深い森林を一直線に切り倒して作ったような形跡が見て取れる。
俺たちは今、暗い夜の街道を東に向けて歩いているところだ──。
街道の左右に生えている木々は密集していて、壁というのは大袈裟かもしれないが、ひとたび街道を逸れてしまえば、昼間でも夕暮れのように薄暗い森林に足を踏み入れることになるだろう。
「富士の樹海とは比べ物にならない密度ね」
「そうなのか」
ティナの話では、樹海どころの騒ぎではないくらいの深い森みたいだ。
「辺り一帯がこんなでは、ろくな集落もできんの?」
「そうです。この街道はオルステイン王国とマルスヘイム帝国を繋げるために整備された街道ですから、この付近には集落も宿場村もありません。時折休憩できそうな空地も見られますが、街道を切り拓くさいに使われた資材置き場の名残りです」
サキさんの疑問に、ムチムが答えた。
言いにくい偽名だな。
チプリンと呼んだ方が良いのか?
「途中に町か砦を作る計画が毎年浮かんでは消えているようだけどね。旧街道に取り残されている村や集落を先に何とかしろとかで、随分揉めているらしいよ」
「ああ、その情報は古い。もう古いよロロ君」
「そうなのかい?」
「確か五年ほど前の話だがね、旧街道からも孤立している村から優先して、マラデクの町の郊外に移転させる計画があったのだよ。だが結局話がまとまらんままモンスターの襲撃で村が壊滅した。それが三年半ほど前の話だったかね? あまり興味が無いので詳しくは知らんのだが、その事件を機に残りの村と集落は強制的に移転が行われたのだよ」
「そんな話もありましたね。ロソン村が壊滅した時は夫のクレイルも王国騎士団に参加していました」
「エミリアの旦那も参加していたのかい? 私の兄と弟も第二弾で出陣したけど、二人とも戦死してしまったよ」
この世界に来て一年と経っていない俺たちにはわからない話だが、エミリアとレレとジャックの三人は暫くこの話題を続けていた。
ロソン村と言えばリリエッタの故郷だったな。
三人の話を後ろで聞いていると、大分凄惨な戦いだったようだ。
王国騎士団と言えば貴族の出が殆どなので、中には強力な魔法を使える騎士もいたはず。
武器や防具も、その辺の門番や冒険者が持っているようなレベルではないと思う。
王国騎士団が大苦戦を強いられる程の化け物の群れ……。
その時に保護された村人の中には、リリエッタも含まれていたはずだ。
先月の里帰り事件以来、リリエッタの言動がおかしくなった原因はこれに違いない。
俺たちも村の防衛をした経験はあるが、きっとそんなものとは比べ物にならない戦いが繰り広げられていたのだろうな。
「魔法の明かりを消してください。そろそろマシン村の入り口ですよ」
エミリア……いや、チプリンたちの話が一区切りついたところで、先頭を歩いていたユーナが足を止めた。
ミッション開始の合図ということだ。
マシン村の入り口は、鉄製の格子で閉められていた。
格子の奥に見える村は、俺たちが歩いてきた街道とは大分雰囲気が違う。
俺はてっきり、街道の幅を広げて無理やり建物を左右に配置したような、長細い地形の村を想像していたが、村の中は開けた土地の様子だ。
「マシン村は、旧街道と今の街道が交差していますから、村自体は昔からあるんですよ」
「そうなのか。まあ、いっちょ気合を入れてやりますかね……」
俺はサキさんを連れて、村の入り口まで歩く。
「引き返す連中から聞いていないのか? 間もなくこの村は魔物の襲撃を受ける。よって、現在この村は立ち入り禁止だ!!」
鉄格子の向こうで、村の自警団のような男が声を張り上げる。
なかなかドスの効いた声と見た目をしているので、気押されるとそのまま諦めてしまいそうだ。
「わしらは歩きなんでの。もう水も食料も残っておらんのだわい」
「わかった、わかった。多少の融通はしてやるから、早う立ち去れ」
これはマズイ。
サキさん的には、水も食料もないから入村させろとごねるつもりのようだったが、自警団の男が良い人過ぎて、このままではお土産を貰って終わりになりそうだ。
「魔物の襲撃と言ったな? なら、こういう手合いをみすみす追い返してもいいのか?」
俺は背中に背負ったミスリル銀の大剣を片手で振り下ろして、それを門番の男に向ける。
重量変化の護符のおかげで楽々と振り回せるが、下手をすると俺の身長よりもデカいミスリル銀の大剣だ。
見た目のハッタリなら、それなりのインパクトを与えるだろう。
「おおうっ! 戦力は……人数は何人いるんだ?」
「冒険者が四人、護衛対象の商人が三人。商人の三人を村に滞在させるか、オルト―方面に向かう便に乗せてくれるなら、マジックアイテムでガチガチに固めた冒険者四人が魔物の討伐に参加してもいい」
「わかった! ちょっと待っててくれ!!」
自警団の男は全力でどこかへ走り去っていった。
「どお? うまく行きそう?」
いつの間にか俺の後ろにいたティナが聞いてくる。
「大丈夫なんじゃないかな……」
自警団の男は十数分で戻ってきた。
「もうこの時間は馬車も走らん。商人は村の一番奥の宿に行ってくれ。似たような境遇の同業者が何人もいるはずだ。運が良ければ明日一番の馬車に乗れるかもしれん。商人ならそういうの得意だろ? 冒険者の四人は俺に付いてきてくれ」
鉄製の格子の横に隙間を作りながら、自警団の男は俺たちを村の中に入れる。
予想通りではあるが、商人組と冒険者組はここでお別れ。
何とか入村はしたから、あとは独自に頑張ってくれ。
「ユーナ、ムチムチ、ボッタクリ、ここでお別れだな」
「せめて『ジャン』と呼びたまえ」
「別れの挨拶は済んだか? 済んだら俺に付いてきてくれ」
ユナたちは村から退避し損ねたよそ者たちが集まる宿へ。
俺たちは自警団の男に案内されるまま、村の北側に向かって歩いた。




