第549話「水の精霊ウンディーネ」
俺たちは先客のシースライムを遠巻きに観察しながら時間を潰している。
「他に海岸はないのか?」
「ないんだよね。ここ以外は崖と岩場しかないよ」
それにしてもシースライムのやつ、一体何をしに浜へ上がってきたのか全く意味不明の動きをしている。
あっちをウロウロ、こっちをウロウロ、流石の俺もだんだんイライラしてきた。
「ちょっと手を出してみるか?」
「どうやるのだ?」
「レレ、シースライムに雷でも落としてくれ。反応が見たい」
「大丈夫なのかい?」
「観察していてわかったが、砂場からは出ない習性があるように感じる。もしこっちに反応したら急いで岩場の奥まで避難しよう」
「それなら一発落としてみようかね……」
レレは岩場ごしにシースライムに近付いて、強い雷撃を与えた。
もろに雷撃を受けたシースライムは、帯電している最中はビクビクと痙攣のような挙動をしたが、すぐ何事もなかったかのように動き始めた。
「効いとらんの?」
「だめだ。だめだよこれは。手強いね」
うーん。
他に有効そうなのは、炎を向けて海側に追い返すとか、足元を凍らせて一時的にでも動きを封じるとかかな?
「やってみよう」
レレは再び岩場からシースライムに近付いて、魔法の炎を放つ。
火を向けられたシースライムは、初めこそ熱から逃れようと後退りをするが、自分に向かってくる炎を敵と認識したのか、魔法の炎を飲み込むように覆い被さった。
「火もだめか……」
続いてレレは、シースライムの足元の辺りを凍らせる魔法を試みた。
が、上手く凍らなかったようだ。
「いくらやっても凍る気配がないよ。手は抜いていないつもりだけどね」
「他に妙案はないんかの?」
導師クラスの魔術師が本気で使った氷結の魔法でも表面が白くなる程度か……。
まさかと思うが、シースライムが溜め込んでいる体液の塩分濃度が極端に高いとかな。
それならマイナス数十度でも凍らない可能性だってある。
少し実験してみようか。
「次は俺がやってみる」
「いいね。精霊魔法は興味があるから見学させてもらおう」
俺とレレは岩場を歩いてシースライムの近くまで移動した。
「姿を現せ! 水の精霊ウンディーネ!」
俺の呼び掛けに応えた水の精霊は、波打ち際からにゅるりと姿を現した。
具現化したウンディーネの姿は、足首まであるマーメイドドレスを身に纏った女性のような形をしている。
表現が曖昧な理由は、ウンディーネが「無色透明の水」で具現化しているせいだ。
青色1号でも数滴垂らしてやれば、どんな姿かくっきり見えるかもな。
「染料でも混ぜないと何が出てきたのか良くわかんないね」
「だの」
俺も同じ感想を持ってしまったが、水の精霊が気の毒になってきた。
「ウンディーネ、目の前のシースライムに水鉄砲でも当ててやれ!」
……と命じてみたが、ウンディーネに水鉄砲は理解できないようだ。
難しいな。
「シースライムに水をぶつけてやれ!」
改めて命じると、ウンディーネは水の球体をシースライムにぶつけた。
すると、シースライムは水で濡れた地面に覆い被さって一頻りモゴモゴしたあと、ウンディーネに向かって動き始める。
なるほどな。シースライムが欲しがっていたのはやはり水か。
「いいぞ。シースライムに水をぶつけながら、俺から離れていく感じに誘導してくれ」
「これはどういうこと?」
「あのシースライムは、体に蓄積した塩分を薄めようとして陸に上がってくるんだと思う」
シースライムが十分に離れた事を確認した俺は、岩場と砂浜の境目辺りをつま先で掘ってみた。
すると乾いた砂の下には、水気を帯びた茶色の砂が隠れていた。
「この島の岩場は不自然なくらい乾いているよな? 降ってきた水は全部岩の気泡に吸収されたあと、地中を伝って海に帰っていくんだろう。シースライムはその水分を吸いに来ているんだ」
「ああ、そういうことね。それで岩場には上がってこないんだ……」
「今回はわしの出番は無しかの?」
「無しだ。残念だったな」
「それはそうとミナト、水の精霊は海から出てきたように見えたけど、あれだと海水になるんじゃないのかい?」
精霊の体内には不純物が混じらないから、あのウンディーネの体内にも塩とかは入っていないはずだ。
ウンディーネに限って言えば、多少汚れた水からでも普通に呼び出せる。
しかし、土の精霊ノームの影響が強すぎるような泥水の場合には、ウンディーネを呼び出すことはできない。
「つねに周りの環境を意識しないと必要な時に使えなくなりそうだね」
「この辺りは強制的に現象を起こせる魔法の方がいいな」
「む。別のシースライムが這い出てきたわい」
「追加のウンディーネを呼び出すか……」
俺はもう一体のウンディーネを呼び出して、新たに出てきたシースライムを誘導した。




