第538話「箱の中身②」
長方形の箱からは、まるでドライアイスのような白い煙がもうもうと吹き出している。
「風の精霊よ──自然ならざる白い煙を押しやってくれ」
俺が風の精霊に命じると、凍えるような冷たい風が波のように吹いた。
こっちの方に煙が飛んでこなければ、とりあえずは大丈夫だろう。
「家の中でやらなくて良かったわね。煙に触れていたようだけど、大丈夫なの?」
「何ともないわい。タンスの防虫剤みたいな臭いはしとったがの」
だからそういう未知の物質には、まず第一に警戒すべきだと思うのだが……。
「煙、収まってきましたね」
「もうよかろう」
俺の心配をよそに、サキさんはずけずけと長方形の箱まで戻り、靴底で蓋を蹴り飛ばした。
そして、ひょいと後ろに下がる。
一応、サキさんなりに警戒はしているようだ。
「何もなし?」
「なんぞ飛び出してきたらと思うたが、大丈夫だわ……ぃ」
箱の中身に視線を落としながら、サキさんは語尾を枯らす。
何か良くないものを見たかのようなリアクションのサキさんに反して、俺は怖いもの見たさの好奇心に負けて箱に近付いた。
「変なものでも入ってたか?」
俺はなるべくサキさんの背中に隠れるようにして長方形の箱の中を覗く。
「うわ……」
箱の中にあったのは「人」のようなもの。
「まさか死体ですか?」
俺の後ろから箱の中身を覗いたユナが質問するが、俺もサキさんも答えられない。
「死体でも人間でもないわよ。魔力の反応もないわ」
ティナの言葉に俺は慌てて精霊感知を試みるが、生命の反応は無し。
不死の化け物でもなさそうだ。
「手触りは人間と変わらんの。不気味だわい……」
サキさんを不気味がらせる人型の物体だが、全身の肌は灰色で、大きさは子供のサイズだ。
全裸だと思うのだが男女の区別はない。
上半身にも下半身にも、特徴的なものは見当たらないということだ──。
そして目は閉じられており、口や鼻は開いておらず、髪の毛も存在しない。
「いきなり起き上がって噛みついたりはしないよな……」
俺も恐る恐る表面に触れてみるが、サキさんの言う通り人体に近い弾力が感じられた。
「何だろうなこれ……」
「人型のゴーレムやホムンクルスの素体でしょうか? どちらにしても、こういうものが出てくると扱いに困りますね」
「長方形の箱はいくつかあるけど、全部こんな調子かしら?」
「かもな。これ以上は開けない方が良さそうだ」
いよいよ何の目的であんな場所にあったのか分からなくなってきたな。
「あそこがまだ川だった時代に、本当ならもっと上流にあったコンテナが流されて来たんだと思いますけど……」
「さすがに古代の地図なんて無いだろうから、上流を辿るのも現実的じゃないよな」
しかし困ったな。
三種類の箱を全部開けてみたが、何一つ正体がわからないじゃないか。
とりあえずだが、この人型の物体は暖かい家の中に入れても良いのか?
それとも屋外の天然冷凍庫で冷やしておく方が良いのか?
「古代の魔法だか超技術だかでこしらえておるのなら腐りはせん。大丈夫であろう?」
それもそうか。
最後ちょっと自信なさげな感じはしたが、野生の動物が荒らしに来ても困る。
「ガレージなら適当に寒いんじゃないですかね」
「それだ」
俺たちは長方形の箱をガレージの中に入れた。




