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第525話「魚釣り勝負②」

 暫くすると、村の方が慌ただしくなってきた。

 何事かと思ったが、目を凝らすと軍用の馬車が村に入ってくるのが見えた。


「カルカス卿だね。後で顔を出すって言ってたから」


 ひょいと器用に魚を釣り上げながら、レレが教えてくれた。

 相変わらず魚の腹に針を引っかけて釣り上げている。


「むー……」


 旦那の親が来たというのに、エミリアといえば知らん顔。

 今は魚の方で手一杯らしい。

 そうこうしていると、村長らしき男に案内されながら、カルカスのおっさんがこっちに歩いてきた。

 何となく「おっさん」なんて言っているが、カルカスは王都の北方を任された地方領主。

 貴族の中でも位が高い家の当主だから、普通は様付けで呼ばないといけない。

 始めて会ったときはデブ、チビ、ハゲをコンプリートした気さくなおっさんだったが、あれから随分痩せたように見える。

 心なしか顔色も機嫌も悪そうだ。


「エミリアが嫁に来てから激ヤセしたよ。昔は真ん丸だったでしょ? 一時は悪い病気かもと心配されていたけど、凄いよね? ああいうのをストレス痩せっていうんだ」

「酷いですね。エミリアさん、一体何をしたんですか?」

「え? 普段通りにしてますけど……」


 わりと最初の方から知ってはいたが、エミリアにはトラブルメーカーの気質がある。

 奇人変人の巣窟みたいな研究所とか、住所不定無職の冒険者に紛れてしまえば実に優秀な人材だが、どちらかと言えば限りなくクズ寄りの人間であることに間違いはない。

 カルカスのように責任ある立場の人間からすると、自由奔放なエミリアの日常にはさぞ頭を悩ましていることだろう。

 王国内でも指折りの魔術師が毎日好き勝手にやる。しかも身内。恐ろしいな。


「ニートの諸君、魚獲りは楽しんでおるかな?」


 やや表情の硬いカルカスに声を掛けられた俺たちは、思い思いに挨拶を返した。

 カルカスの後ろに控えている村長とも、遠慮がちに挨拶を交わす。

 何か不自然な緊張感だなと思っていると、それを察したかのようにカルカスが話し始めた。


「この湖はもう長いこと小魚しか獲れんそうじゃ。それもこの時期限定である」


 確か以前この村に来た時も、あまり魚は獲れないなんて話を聞いたな。


「私も最近知ったのだが、どうやらこの下には怪物魚が潜んでおるらしい」


 カルカスは地面の氷をつま先で叩きながら続ける。


「これだけ分厚い氷があるうちは良いのだが、春から秋にかけては化け物のような魚が姿を現すのだ」

「ほう……。釣りのついでに叩き切ればいいんかの?」


 サキさんの言葉に、カルカスと村長は首を振った。


「何処に潜んでおるのか、一体何匹おるのか、詳しいことは不明なのだ。湖の浅い所までは泳いで来れぬから、一応の棲み分けは出来ておるようだがの」

「夏に谷底で見た大きな魚のことかしらね……」


 居たな。確か、物凄くデカい魚……。

 魚というよりイルカとかシャチのようなシルエットだったが。


「それはまた別の巨大魚ですな。この湖に潜んでおるのは、ある日突然現れて湖に棲み付いた化け物です。村では古くから『サムクラ』と呼んで恐れられております」


 カルカスの後ろにいた村長が、もう少し詳しい話をしてくれた。

 あのイルカみたいなやつも気にはなるが別口か……。

 サムクラはこの地方の古い言葉で「水の邪神」という意味があるらしい。

 湖の魚を食い荒らした挙句、不用意にボートを出すと沈められることもある。

 だから村では湖が氷に覆われているこの時期だけ、サムクラが興味を示さない小魚を獲って加工するそうだ。


「そんなに昔からいる魚だと、下手に討伐してしまったら生態系が崩れてしまうかもしれませんね」


 ユナの言うことも一理ありそうだ。


「ともかくじゃ! この辺りはまだ安全と聞いておるが、危険ゆえ余り奥の方まで行かぬように致せ」


 カルカスはチラチラとこちらを見ながら言う。

 暗にエミリアがまた何かをしないように見張っておけという合図なのだろう。


「村の方では酒と鹿肉を用意してありますから、気が向いたらお立ち寄りください!」


 氷の上の寒さが堪えるのか、さっさと村の方に引き返していくカルカスの背中を追って、村長も退散していく。

 村の方を見ると村長の言った通り、大きな焚き木の準備が始まっていた。

 前回ミノタウロスを討伐したときは村のもてなしを遠慮して帰ったせいもあってか、今回は最初から宴が催されるみたいだ。


「エミリアは『サムクラ』のことを知っていたか?」

「残念ですが本にまとめられていない事は知りません。ですが村の人たちが勝手に付けた名称ですから、既に発見されている生き物の可能性もあります……」

「こんな近場で世紀の大発見なんてそうそうないんだから。今日は大人しく小魚で我慢することだね」


 なんて風にレレがエミリアをなだめるもそれは徒労に終わる。


「でもでも! もし見たこともない生き物だったら大変ですよね? 何とか捕まえて持ち帰りたいです!!」

「あぁー……」


 さんさんと目を輝かせるエミリアと、呆れて光を失っていくユナの目が対照的で面白い。


「ダメだって。さっきカルカスのおっさんに言われたばかりじゃないか。サキさんからも何か言ってやれ」

「魔法で蹴散らすと湖の魚が全部死ぬるからの。釣り具もないから今回は諦めい」

「それは……うーん、今回は仕方ないですかね……」

「大丈夫だ! そんな事もあるだろーと思って、実はガチで作った釣り具も用意してある」


 良い感じでエミリアが諦める方向へ向かっていたのに、とんだ伏兵が潜んでいた。

 ナカミチは誰もがキャンプ道具だと思っていた長い袋から本格的な竿を取り出すと、サキさんとエミリアに向かってドヤ顔でほくそ笑んだ。


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[一言] ナカミチぃぃぃぃぃぃ!
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