第513話「レレ、ネコ、ウマ」
羊皮紙に書き込んだ家計簿をファイルにまとめていると、レレが広間に現れた。
この人はいつも間が悪い。
「いつも入れ違いで申し訳ないんだけど、サキさんは朝一で出掛けたよ」
「うん。どうにも間が悪いね。ああ、それと……」
「レレが渡した盾だよな? 確かサキさんの部屋に置いてあるはずだから持って来ようか?」
「ミナト、それはちょっと、あんまりじゃないのかい? ああいうのは本人から返して貰わないと……」
レレは少し照れ臭そうに、小さな両手で顔を覆った。
普段は気にも留めてないけど、レレにも女の子らしい一面があるんだな。
しかし、サキさんの手で返して欲しいのなら、夜までここで待つ方が良いんじゃないか?
それなら確実に会えるぞ。
「そんなみっともない真似できる訳ないじゃないか。大体こういうのはね、本来は男性の方から──」
流石のレレも痺れを切らしているのか、言葉にならない不満をブチブチと言い始めた。
サキさんにあるのは履き違えた男らしさであって、紳士の心得が身についている訳ではないからな。
だからその辺を期待するのは難しいのだ……。
「まあね、私の用事は 逃 げ ら れ な い からいいよ、もう。それよりあの子、エミリアの事だ」
今さらっと怖いセリフが聞こえたような気もするが、気にしないでおこう。
エミリア、また何かやらかしたのか?
「なんて言ったらいいのかな。オルステインの南東に、ハザーン聖国っていう友好国があるんだけど、よりにもよって条約で取り引きが禁止されている聖獣の幼体を使い魔にしたとかでね、ちょっとした問題になりそうなんだ」
「はあ? 聖獣?」
そんなのいたか?
思い当たるフシとしては、大枚叩いて買った「猫」くらいだが……。
いや、猫ならダレンシア王国にもいるだろう。
確か迷い猫を見つける依頼が普通に出ていたはずだぞ。
「心当たりがない。何かの間違いじゃないのか?」
「だと良いんだけど。ハザーン聖国の森には本物のユニコーンまで生息しているからね。そういった神聖な生き物が王国に密輸入されないように、常に目を光らせてはいるんだけど……」
ハザーン聖国と言えば、ダレンシア王国と隣り合わせの場所にある国だ。
レレの話が本当なら、エミリアが衝動買いした「猫」はご禁制の種……。
大方、船に乗せて密輸しようとした所を、運悪くエミリアが見付けたんだろうな。
「エミリアは何て言ってる?」
「それがわからないんだ。雷よりも耳が早くて、綿毛よりも口が軽い事情通の話だからね」
「それなら取り越し苦労の可能性もあるな」
今朝家に来なかったのは気になる所だが、いくらエミリアでもトラブルの種だけを選んで食すような真似はすまい。
変な庇い立ては逆効果。向こうと言い分が食い違った時に面倒だ。
「まあエミリアの方は少し待とう。で、サキさんはどうする? レレの家に来させた方がいいのか?」
「うーん……」
そんなやり取りをしていると、ティナとユナが帰って来た。
エルレトラの牧場から馬二頭を連れて、ようやく帰って来れたわけだ。
あいつらの顔を見るのも久しぶりだ。
後で馬小屋に行ってみよう。
「レレさん、もし来るなら朝食の前に来ないと駄目ですよ。警察だって早朝に来ます」
広間に戻って来るや否や、ユナはサキさんを容疑者扱いだ。
「早朝、確かにそれなら……。いや、でも、それではあまりにもムードが無いと言うか……」
「明日はサキさんをレレの家に向かわせるわ。そこで気の済むまで話し合ってちょうだい」
「ああ、うん。それがいい。それでお願い!」
ティナの提案を二つ返事で聞き入れたレレは、飛び跳ねるようなテレポートで消えて行った。
「勝手に約束して良かったんですか?」
「いつまでもサキさんの世迷言を許していたら、またズルズルと年を取って人生を棒に振るかもしれないわ」
まあ、確かに、それは一理あるが……。
「俺はサキさんによう言わんからな」
「大丈夫よ」
そんなやり取りをしつつ、俺たちはそれぞれの家事を分担する。
気になる白髪天狗とハヤウマテイオウの様子だが、馬小屋まで見に行くと二頭とも毛並みが良くなっていた。
エルレトラの牧場ではのびのびと暮らしていたに違いない。
「そろそろ蹄鉄をやり替えて貰おうな?」
俺の声を無視するように、二頭の馬は馬小屋の奥に身を潜めている。
この家は母屋と馬小屋の位置が悪いので、屋根から落ちてくる雪が馬小屋の中まで侵食していくのだ。
今年の冬は我慢して貰うつもりだったけど、こうも警戒しているようだと厳しいな。
「……風の精霊よ、屋根に積もった雪を向こう側に吹き飛ばしてくれ!」
俺が風の精霊に頼むと、ややあって風が強くなり始める。
家のドアや木窓がガタガタと音を立てて震えだす。
屋根の上では狙いを定めた風の精霊が、一陣の風を巻き起こした。
「お、おおう……っ」
なんか台風みたいな風が吹いたけど、屋根に積もった雪はその表面が粉となって舞い上がるだけ。
半端な風ではビクともしない重量があるということだ。
これは仕方がない。
後はティナの魔法に任せるとするか……。




