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第189話「便利グッズ」

 布団と枕のシーツを集めて風呂場に戻った俺とユナは、洗濯用の大たらいにお湯を流しながら手洗いをしている。

 それにしても、直接お湯が使えるというのは本当に有り難いことだ。

 冷水でも快適に洗濯ができたのは、正直言って夏の間だけだった。時期的にはまだ秋なんだが、今の状況でも長時間冷水に手を浸しているのは耐えられそうにない。


 この湯沸かし器が無かったら、真冬なんて到底素手で洗濯なんかできっこないな……。



「サキさんのシーツ、なんだこれ?」

「油みたいですね。揚げ物か何かを落としたんでしょうか?」

「もー、汚いなあ……」


 こいつは絶対元の世界でも同じことをやっていたんだろうな。

 俺がサキさんのシーツをゴシゴシ洗っていると、当の本人はゴソゴソと起きてきた。


「サキさん、脱水」

「うむ」


 サキさんは歯ブラシをくわえたまま、力任せに脱水の板を押し付けた。






 今日はシーツも洗ったので、俺とユナとサキさんの三人掛かりで洗濯物を干している。


「エミリアは朝食もいらんのかな?」

「どうしたんでしょうね?」


 いつもならとっくに広間のテーブルに着席して、メシはまだかと薄気味の悪い笑みを浮かべているはずなんだが……。



「なんか今日は天気がいいぞ。ついでに布団も干すか?」

「干しましょう」

「干すの?」


 俺とユナで布団を干す流れになっていると、ティナも勝手口の小窓から顔を覗かせた。



 俺たちは朝食そっちのけ、まさにその場の勢いだけで布団まで干すことになった。


 まずはティナが、サキさんの部屋の毛布と敷布団を浮遊の魔法で下に降ろす。それを俺とサキさんの二人でキャッチして、物干し竿に干すといった具合だ。

 そうしているとユナが隣の部屋から毛布を運んでくるので、再びティナの浮遊魔法でそれらも降ろす……やはり四人掛かりでやるのは早いな。


 まさに朝飯前という感じだ。






 布団を干し終わってから広間に戻っても、そこにエミリアの姿はなかった。

 これはもう仕方がない、俺たちは四人で朝食を取ることにした。あまりのんびりしていると、ナカミチが来る時間になってしまうからな。


 今日の朝食はベーコンピザだった。美味いけど朝っぱらから重たいメニューだ。


「仕方なかろうが。あの時間ではチーズとベーコンしか売れ残っておらなんだわい」


 ピザは二枚ある。サキさんが一枚食って、もう一枚は俺とティナとユナの三人で分けた。

 もしエミリアがこの場にいたら、一人で二枚は余裕で食べていただろうな。



「今日はしっかり買い物に行かないとダメね。エミリアがいないと魚介類は全滅だし、私もテレポートの魔法が使えるといいんだけど……」

「確かになあ」


 ティナは持ち物の召喚と送還を自由に行えるんだから、ちょっとコツを掴めばテレポートくらい簡単にできそうなんだけどな。考えが甘いだろうか?


 雑談交じりの朝食を済ませてから、俺が調理場で食器の後片付けをしていると、広間の方から親父臭い声が聞こえてきた。

 ナカミチが来たようだ。思ったよりも来るのが早かったな。






「ようミナト、朝から邪魔してるよ」

「おーぅ、久しぶりに会った気がするなあ」


 今日のナカミチは、工房で作業しているときの作務衣さむえ姿ではなく、その辺を歩いている普通のおっさんみたいな恰好をしている。


 いわゆる、ごく普通のカジュアルな服装だ。


 無精髭ぶしょうひげを生やしているところは相変わらずの様子だが……。


「とりあえず座ってくれ。それで、今日は何の相談だろう?」



 昨日サキさんが、ナカミチから何も聞き出していなかったせいで、どんなたぐいの話なのかもわからないままだ。


「簡単に言うとだなー、最近ようやくこの世界で手に入る金属とか材料の種類を把握できて来たんで、そろそろ下請けや依頼された物ばかりじゃなくて、こっちからも何か作って世間に売り込んでやろうと考えてるんだわ」


 ナカミチは椅子に座るなり、さっそく話を切り出した。



「元の世界にあった便利な商品から、売れそうな物を選定するんですね?」

「そうそう。収穫祭には職人や発明家の展示会もあるみてーなんで、そこで発表できるように間に合わせたい。一人で考えていると、何を出したらいいのか迷うばかりで……」

「なんでもいいの?」

「おう、もちろん。こっちの世界に無くて困ってる物とか、あったらいいなーと思う物まで、何でもいいから教えて欲しい」

「それは特許とっきょ的に大丈夫なんであるか?」


『………………』


 サキさんの一言で気まずい空気の沈黙が流れた。



「元の世界でやったら大問題だろーが、この世界は法律が違うから大丈夫なはずだ……しかしそう言われると、どうにも後ろめたい気分になるわな」


 ナカミチはアゴ髭を指でつまみながら、何やら考え始めた。


「まあ、向こうの世界の事情はもう関係ないだろう。二度と戻れんのだし、今ある技術と知識で生き抜くしかないんだから、ここは有り難く使わせて貰えばいいと思う」

「そうか……そうだよな。そうさせて貰うか……」


 今ある技術と知識──これに関しては、この世界に来た直後から随分と頭を悩ませた。

 元の世界の技術と知識を駆使したくても、もはや詳細を調べる手段を失っている俺たちには、現時点で身に付いている能力しか利用できないことを、嫌というくらい思い知らされているからだ。






「うむ……ならば、爪切りと洗濯バサミがあれば良いのう」

「爪切りかー……確かに便利だな。よし、爪切り……と。洗濯バサミもこの世界では見ない商品だな。風が抜ける路地裏だと、洗濯物がよく落ちてる」


 ナカミチは小さく折り曲げた繊維質の用紙に、木の皮を巻いたクレヨンのようなペンでメモを取り始めた。

 爪に関しては、かなり前に雑貨屋で買った平ヤスリみたいなやつで削りながら手入れをしているのだが、まあ確かに爪切りがあれば楽だろうな。



「洗濯バサミが作れるなら、ピンチハンガーとパラソルハンガーも欲しいわね」

「ピンチ? パラソル? 何のことだかわかんねーな」

「洗濯バサミがたくさんぶら下がっていて、パンツや靴下をいっぱい干せるのがピンチハンガーで、骨組みだけの傘を逆さに吊るして、回りにタオルをたくさん干せる方がパラソルハンガーよ」

「ああ、あれのことか、わかるわかる」


 あのたくさん干せる便利なやつは、ピンチハンガーとかパラソルハンガーというんだな。

 俺の家ではどんな形でも「洗濯ハンガー」と呼んでいた記憶しかない。



「ジャガイモの皮とかをむくピーラーも欲しいわね。あと、千切りとか薄切りができるスライサーがあると便利だわ。おろし器はあるけど、ピーラーとかスライサーは売ってないのよね」

「あれ? なかったんだ……」

「ないのよ」


 普段何も考えずに食っていたサラダの千切りも、ティナは全部手で切っていたのか。



「ピラピラ何とかとスライサーは、最優先で作って欲しい道具だなあ」

「なに? そんなに欲しいのか? じゃあ最優先候補に入れて……と。しかしどんな形だったか……」

「それならわしが描いてやるわい」


 サキさんは相変わらず器用な手つきでピーラーとスライサーの絵を描いた。

 この二つは俺の家の台所にもあったはずだが、よく細かい部分まで覚えているものだ。


「ピーラーの刃の横にある、Uの字のワッカは何のためにあるんだ?」

「わしも知らんが、大方ジャガイモの芽をほじくって取り去るためであろう」

「へえぇ……」






 サキさんが絵を描いている間も、便利グッズの話し合いは続いている。


「私は傘が欲しいです。外套というか、雨カッパしかないのは不便でしょうがないです」

「……うーむ、傘は以前作ろうとしてダメだったんだわ」

「ナカミチでも作れないのか?」

「まずは竹で骨組みを作る練習をしてみたんだが、あれは専門の職人が各部品を担当していかねーと無理だと思ったな」


 もし傘があれば、俺が毎晩ゴミを燃やすときに雨が降っていても平気になるんだがなあ。

 冒険中に雨が降っていても、傘があれば荷馬車から外に出たい場面で役に立つだろうし。それだけに、現状作れないのは残念だ。



「そうですか……じゃあ、カラビナはどうですか?」

「ん?」


 馴染みのない名前に全員が首を傾げたが、ポーチやキーホルダーに付いてくるナス型の開閉式キーリングだと説明されて、初めてイメージがわいた。


「私が欲しいのは、強度がある登山用のカラビナですよ。この世界は日常でもロープを使う場面が多いので、冒険者以外にも売れそうな気がするんです」

「……それなら、開口部のデザインも試行錯誤しないといけねーな。確かにあると便利なのは間違いない。これは収穫祭に間に合わなくても作る価値があるだろーな」


 いろんな道具があるものだ。しかし何というか、全体的に発想が地味だな。

 カラビナに関しては冒険者らしいと思うのだが、他の道具は日用品ばかりだ。もう少し夢があっても良さそうな気がするんだがなあ。


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