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第184話「キャンプと給仕と宴」

 今俺たちは、カルカスの号令で集められた兵士たちと採石場の安全を確認して回っているところだ。

 編成としては、俺とサキさん、エミリアとカルカス、そして兵士が五名の合計九人。


 恐らく作業が終わる頃には日も落ちているだろうから、ティナとユナ、そして残りの兵士二名は採石場の入り口に残って、今晩のキャンプに必要な作業をしている。

 本来なら井戸が生きているかもしれない廃村の近くにテントを張るのが良いのだろうが、あそこはあそこで安全だとは言いにくい。

 まあ、一人でも魔術師がいれば好きなときに水を出せるので、特にキャンプ地を選ばないというのは強みである。



 メンバー以外の編成としては、トロールの死骸を回収するために用意したからの荷馬車と馬が三頭。馬に乗るのは朝から頑張っている騎兵の人、そして俺とサキさんの三人だ。

 荷馬車には御者席にエミリアとカルカス、後ろの荷台には兵士が四人乗っている。


 ちなみに武器はそれぞれ持っているが、トロールの回収作業で邪魔になりそうな鎧の部位は外している状態だ。

 サキさんも鉄兜や胴体の部位は脱いで、チェインメイルだけになっているし、俺も胴体の部位は置いてきてしまった。



「最初のトロール二体が一番大きかったけど、加減が出来なくて一番損傷が激しい。焼き焦がした臭いもきついから、苦手な人は付いてこない方がいいかも」

「ここからでも雲行きの怪しい臭いがしておりますな……」


 騎馬の兵士が俺だけに聞こえるように言った。


「責任者の私はきちんと見ておく義務がある。しかし、これは何とも……」


 隣のエミリアは平気な顔をしているが、カルカスは派手な服の袖に鼻を沈めた。俺もリーダーとしての責任があるから我慢して同行しているが、できれば早く立ち去りたい。



「この大きさは記録にある最大サイズに近いと思います。繁殖の方法はよくわかっていませんが、この二体は……」

「エミリア嬢、もうその辺で良いのではないか? 私は限界である……」

「カルカス様、我々も耐えられません。ここは早々にお下がりください」

「うんむ……」


 巨大なトロールの丸焼きを前に喜々としてはしゃぐエミリアを置いて、カルカスとその兵士たちは全員、元きた道を引き返してしまった。


「エミリア、見終わったら穴掘って埋めておけよ。あんまり遅いと置いていくからな」






 エミリアを待つこと数十分、次第に嫌な臭いがしなくなってきたのは、俺の鼻が慣れてきたわけではない。俺の言い付け通り、エミリアが魔法で穴を掘ってトロールの死骸を埋めたせいだろう。

 それからすぐにエミリアも戻ってきた。


「燃やしてみてわかったが、トロールの表面は岩で出来ているわけじゃなかったんだな。皮膚が硬化して岩みたいになってる感じだった」

「そうですね。文献にも書かれていましたが、あんなになるまで燃やした人は殆どいないと思うので参考になりました」



 俺たちは採石場をぐるりと大回りしながら、やがてトロールが四体見つかった場所に着いた。幸いなことだが、ここに来るまでに新たなトロールは見つかっていない。

 4メートル級が二体、2メートル級が四体、それで終わりだったみたいだ。


「うむぅ、ここは四体も潜んでおったか……」

「この場所は普通の岩とトロールが混在していたので大変です。特にエミリア嬢が研究用にするとワガママをおっしゃるので、ただでさえ強敵なのに戦い方まで限定されて苦労しました」

「それは難儀であったな。しかし私にとっても助かる配慮じゃ。流石に『あの臭い』を撒き散らす死骸を報告に持って行く訳にはいかん」


 ああそうか……少なくとも依頼主のためになったんなら、苦労した甲斐もある。



 四体のトロールのうち、炎の矢で焼かれてしまっている個体は、俺が土の魔法を使って埋めた。残りの二体は荷馬車に乗せられている途中だ。

 岩に擬態ぎたいした形態と、動き回っている形態の両方が手に入ったとあって、普段は物を浮かせる魔法が苦手だと言うエミリアも、今日ばかりは文句の一つも言わずに浮遊の魔法を使っている。


 ……しかし、持ってきた荷馬車はそこそこゴツい車両だったが、二体目のトロールを乗せた時点でメキメキと嫌な音を立てた。


「これはいかん。一体降ろせ。もう一台の荷馬車を呼んできて、重量を分散するのじゃ」

「ハッ! もう一台の荷馬車を持ってまいります!!」


 あまりの重量に悲鳴を上げる荷馬車を無理やり動かしたら、確実に車軸が壊れそうだ。カルカスは騎馬兵に命じて、もう一台の荷馬車を呼びに行かせた。






 結局荷馬車二台にトロールの死骸を一体ずつ載せて、何とかキャンプに戻った頃には日もすっかり落ちていた。

 キャンプではティナとユナだけが食事の用意をしている。キャンプに残って作業をしていた兵士は二人いたはずだが、途中で荷馬車を呼び出したので全員が出払った状態になっていた。


 キャンプに戻った俺たちは、まず最初に武装を解除して、臨戦態勢から気分を開放した。

 サキさんや兵士たちのように、一日中重たい金属鎧を身に着けていた男たちは、皆一様に体を伸ばしている。



 キャンプに戻ってきてから、ティナとカルカスは何かを話し合っていたようだが、ややあってカルカスが皆を注目させる。


「諸君、今日はご苦労であった。ニートの冒険者たちのはからいで風呂が用意されておるので、入りたい者は各自自由に入ることを許可する」


 いつの間に風呂を作ったのか知らないが、アサ村で作った経験を活かしたに違いない。



 突然風呂があると聞かされた兵士たちは、最初訳がわからないという顔をしていたが、廃屋はいおくの影から立ち昇る湯気に気付いて実感が湧いたのだろう、一部の兵士は歓声を上げながら風呂の方へと走って行った。


 ……その中にはちゃっかりサキさんの姿も混じっている。


「俺たちの風呂はどうする?」

「食事の後にテントの中でテレポーターを使いましょう」


 ティナは夕食を作りながら言う。

 今日の夕食は、大きな鍋でシチューを作っている。十三人分の食事となると鍋もでかい。この辺りの調理器具はカルカスの屋敷から持ち出した物だろうな。

 シチューの他には、パンとチーズと干し肉と……大きな酒樽さかだるもある。



 ティナは夕食の準備、ユナとカルカスはテーブルの上の資料を読んでいるし、エミリアの方はトロールに構っているのかと思いきや、先程から姿が見えない。テレポートで魔術学院に戻ったのだろうか?


 何はともあれ、暇を持て余した俺は焚き火の周りに石の長椅子をいくつか作った。こうしておけば、土まみれの地べたに座らなくてもいいだろう。






 夕食の準備が終わって、かまどの火を端の方へ寄せていると、風呂から上がった兵士たちは雑談混じりで、自然と焚き火の近くに集まってきた。

 テーブルの上の資料を見直していたカルカスもその手を止めて、大きな酒樽を適当なフライパンで叩き割って見せる。


 カルカスが酒樽の果実酒をカップですくって飲み干すと、それを合図にして夕食が始まった。

 兵士たちがぼんを持って一列に並んでしまったので、何となく流れ的に俺とティナが給仕きゅうじをする感じになってしまったが、それはそれで悪いことではない。


 俺が一番気になったのは、どこからともなく現れたエミリアが、何故か兵士たちの先頭に立って超大盛りを要求してきたことだ。



 給仕を終えた俺は、果実酒のカップを片手にテーブルで資料とにらめっこをしているカルカスと、いつの間にか資料をまとめる手伝いをしているユナに夕食を持っていった。


「ん、頂くとしよう」

「ありがとうございます」


 二人とも手を止めて食事をとり始めるが、やはり資料の方が気になる様子だ。



「明日の朝にはここを発たねばならん。廃村の状況も含めて気になる部分がないかを精査しておるのだ。しかしこの独特なスープは美味じゃな……」


 なるほど……移動だけでも半日掛かりだもんな。後で調べたい部分が出てきても気軽に来て調べる訳にもいかんだろうし、大変だなあ。


 このテーブルなら騒がしくないと思ったのだが、二人の邪魔になると悪いので、俺は焚き木のところで食べることに決めた。






 焚き木を囲んでの夕食が、いよいよ騒がしいうたげに変わってきた頃、すっかり売り切れてしまったシチューの鍋と食器を、俺とティナで洗っている。


「明日の朝まで食べられるように、作り過ぎなくらい作ったつもりだったけど、きれいに無くなったわね……明日の材料はどうしようかしら?」


 ティナの作ったシチューはえらく評判で、皆が皆おかわりを繰り返していたら汁の一滴も残らなかった。



「チーズや干し肉はこのまま酒の席で無くなりそうだし、明日の朝まで残ってそうなのはカチカチのパンだけか」

「食材は十分足りてたはずだけど、横着おうちゃくしたのは失敗だったわね」


 いや、これはティナのせいではないと思うが。


「明日の朝エミリアに朝食が作れないと言えば、必死に食材を集めてくるだろうから問題なかろう。どのみちこの時間では市場も終わっているだろうしな」

「そうねえ……」


 夕食の後片付けを終えた俺とティナは、ユナとエミリアを誘って自分たちのテントに入り、そこからテレポーターを使って家の風呂まで移動した。






 家に戻った俺は、白髪天狗とハヤウマテイオウの世話をしてから風呂に入った。今朝まで降っていた雨はすっかり止んで、地面の方も乾いている。


「なんだか今日は、随分長い一日だったような気がするな」

「そうですね。廃村でも一戦ありましたし、一日中モンスターの相手をしていたような気がします」

「それにしても四人で風呂に入るのは久しぶりだなあ……」



 エミリアが文句の一つも言わずに風呂に付き合った訳を聞くと、髪にトロールの焼け焦げた臭いがうつった気がするという理由だった。

 一番長くあの場に留まっていたのでもしやと思ったが、実際に嗅いでみるとそんなことはない。あまりにも酷い臭いだったから、記憶にこびり付いているだけじゃないのか?


 世の中には幻臭げんしゅうなんていう症状もあるみたいだからな。


「これは当分臭いが取れないだろうな。毎日風呂に入った方がいいぞ?」

「そうします……」


 俺はエミリアの腹を指でつまみながら言った。この腹……ある日突然、せきを切ったように脂肪が付き始めた気がする。もう手遅れかもしれんなあ。


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