第160話「抱っこー!」
テレポーターの検証も終わり、いつの間にかエミリアも現れていたので、俺たちは全員で宿の酒場に移動してから無難そうな料理を注文した。
「市場と酒屋通りの状況はどうなってる?」
「気になる酒は買い終わったの。わしの酒コレクションも賑やかになったわい」
「サキさんは趣味や特技がいくらでもあって羨ましいな」
「私の方は、できればもう一日欲しいところね」
「それなら明日もこの宿で一泊しようか」
「サキさんに予定が無いなら、ミシンを買った中古屋さんに案内して貰えませんか? 確か東街の南側でしたよね?」
「うむ。大掛かりな機械ばかりを扱うておったわい」
ほう、そんな場所にあったのか。この世界の機械技術には少し興味のある所だが、馬に乗って下っ腹にガツンガツンくるのは、もう少しの間だけ遠慮したい。
夕食後、ティナ、ユナ、サキさんの三人は宿の大浴場に向かい、俺の方はカウンターでもう一泊追加の手続きを済ませてから部屋に戻った。
いつもは外の銭湯に出掛けるサキさんだが、今日は宿の大浴場に入ってみるらしい。
エミリアも学院に戻ってしまい、結局俺は暫くの間一人で暇を潰していた。俺の暇潰しといえば、もうコロコロくらいしか残されていないのだが……。
それはそうと、最近やたらと前髪が目に入って仕方ない。横も後ろも伸びてきたせいで、髪が外に跳ねている事が多くなってきたし。
魔法の櫛でセットした直後は内巻きになっているんだが、時間が経つと外に跳ねるので鬱陶しい。
コロコロにも飽きた俺が魔法の櫛で何度も髪の毛を梳かしていると、今日もユナが一番乗りで戻ってきた。
「跳ねてるのが気になるんですか?」
「うん、ギリ肩に当たるせいだと思うんだが……俺もユナくらい長かったらいいのにな」
ティナの長さまで行くと俺では扱いきれないが、背中くらいまでの長さなら色々と髪型を弄れて楽しいかもしれない。
「ユナは最近髪を下ろしてる日が多いよな」
「髪を下ろすと光に反射して目立つから抵抗があったんですけど、こっちの世界なら変な目で見られないと思うし、思い切って下ろしてみたんです」
「なるほどな。せっかく長いんだからティナみたいに色々弄って遊べばいいんだよ」
俺はユナの頭からタオルを取って、濡れたままの金髪を魔法の櫛で梳かしてやった。濡れているせいもあってか、ユナの髪は蜂蜜色に輝いている。
「ミナトさん、魔法の櫛であんまり梳かすと艶が……」
「いいんだよ。文句言ってくるやつがいたら、俺が土の魔法で首まで埋めてやるから。まあ、俺より先にティナの方が手を出しそうだけどな」
「…………」
「私がどうかしたの?」
いつの間にか部屋に戻っていたティナに後ろから声を掛けられた俺は、笑いながら今の会話を誤魔化した。ユナはドレッサーの鏡越しに気付いて話に乗ってこなかったようだ。
相変わらずちゃっかりしてるよなあ……。
ユナとティナが髪を乾かし終えた頃になって、ようやくサキさんが風呂から戻ってきた。
「宿の風呂はどうだった?」
「大変気に入ったわい。親子で泊まりに来ていた美少年と裸で冒険の話をしておったら遅うなっての」
「良かったな。でも未成年には手を出すなよ」
サキさんはズボンのポケットに右手を入れてモゾモゾとしていたが、暫くして収まったのか、ようやく髪を乾かし始めた。
サキさんが髪を乾かし終えたあとは歯磨きついでに宿のクリーニング屋に寄って、二日分の洗濯物を出してから寝床に付く。
「ミナトさん……起きてますか?」
「……うん?」
普段ならティナを挟んだ向こう側で寝ているはずのユナが、俺の隣に潜り込んできた。
「こっちくる?」
俺がユナを引き寄せると、ユナは磁石のようにぴたりとくっついてくる。甘えたいのかなあと思った俺はユナの頭を撫で回していたが、途中から抱き合っているうちに不思議と落ち着くポジションを発見してそのまま寝てしまった。
……この宿に泊まって二回目の朝だ。何というか、いつでも好きな時に家に帰れると思ったら、心にもゆとりができて完全に気が抜けた朝を迎えてしまった。
「いつまで寝ておるのだ?」
「ギリギリ常習犯のサキさんに言われるとは夢にも思わんかったわ」
昨日は散々テレポーターの性能テストをしたが、そういえば誰も女子部屋から出て家の様子を確認しなかったな。
俺は完成してからのお楽しみに取って置きたい気分だったので見なかったが……。
朝の支度を終えたタイミングを見計らったかのように現れたエミリアを加えて、一階の酒場で簡単な朝食を済ませた俺たちは、一度宿の部屋に戻って外出の準備をしている。
「私の方は今日で済むと思うわ。仕入れの時期と重なったから収穫も多かったわよ」
「お疲れさま。体調が万全なら俺も手伝えたんだろうけどな」
「わしとユナは機械の中古屋を見てくるわい。馬は両方使うが構わんかの?」
「俺は構わんぞ」
「大丈夫よ」
俺とティナが返事をすると、すでに出掛ける準備を終えていたユナとサキさんは二人で部屋を後にした。
「じゃあ私も出掛けるわね。一人でも大丈夫?」
「うん……」
ティナも市場に出掛けてしまった。結局宿に残されたのは俺一人……ではなく、なぜかエミリアも残っていた。
「今日は暇なのか?」
「以前お話ししていた鋼のゴーレム回収の件で進展があったので報告しようかと」
「うん?」
「何とか魔剣を借りる手筈が整ったので、依頼の方をお願いできませんか?」
「そういう話はみんなが居る時にして貰わないと……」
俺が今晩全員が揃った時じゃないと勝手に決められないと言うと、エミリアはションボリしながらテレポートで帰って行った。
──これはもしかしなくても、エミリアはユナが苦手なせいだろうな。
特に不仲という訳ではないはずだが、ユナはエミリアに対してわりと手厳しい。思い起こせば最初の頃からずっとそんな感じが続いている。
どちらかと言えばユナは自分から何かを仕掛けるタイプではなく、何かをされるとやり返す性格なので、本人も気付かないうちにエミリアが変な事でもしたんだろう。
それはともかく、エミリアが学院に帰ってしまったので、俺は一人になってしまった。
朝のうちは相変わらず宿の大浴場に人影は見えない。俺はこの機会を見逃さずに一人貸し切り状態の大浴場を満喫した。
どうせ誰もいないからと、偽りの指輪を嵌めたまま光の精霊石を握りしめ、湯船に幻影で作ったバラの花を浮かべたりして散々遊んだあと、何とも言えない虚しさを抱えたまま風呂から上がる。
そういえば腹の方は相変わらずズキズキと……いや、ジクンジクンと鈍い痛みを発している。たとえ気が紛れている時も、絶え間なく襲ってくるので質が悪い。
色んな意味で観念してからは気分的には楽になった。それでもやっぱり不便なことには変わりない。
不便さの内訳は、殆どが衛生面に関することだ。一旦外に出ると公衆トイレ的なものが見当たらないので困ってしまう。これならまだ人目の心配がない街の外に居る方がマシかもしれない。
本格的にやることがない俺は、鏡の前で可愛く映る仕草や表情の研究をしていた。
散々ティナからかわいいかわいいと言われ続けている俺だが、正直女の言うかわいいほど信用の置けないものは無い。だからあまり意識していなかったのだが、先日ヨシアキに言われてからは、どういう訳だか妙にそれを意識するようになってしまった。
こういうのは、異性から見た感想の方が遥かに説得力があるということだろうな。
──鏡の前で練習するのは案外難しい。仕草や表情を可愛くなんてのは、やはり自分の中である程度イメージが出来ていないと練習にならん気がする。
せめて無意識の時に仏頂面になったり、いつの間にか股を開いていたり、笑顔が引きつるようなのだけは何としてでも治したい癖なのだが……。
俺が鏡の前で悪戦苦闘していると、ティナが市場から戻ってきた。
ティナは手提げのカゴに小箱や麻袋を詰め込んでいるが、量が少ないのかそれほど重そうにはしていない。とりあえず欲しい物だけを厳選して買ってきたのだろう。
「やっと終わったわよ。ミナトの方は大丈夫?」
「お疲れさま。今回はそんなに悪くないかな。その代わり昨日と殆ど変わらんけど」
靴を脱いでベッドに座っているティナの横に腰掛けた俺は、部屋に二人しか居ないのをいいことに膝枕でティナに甘えた。
「ティナ、抱っこー。抱っこしてー」
膝枕に満足した俺がティナに抱きつくと、ティナは包み込むように俺を抱っこして背中をトントンしてくれる。この絶妙なリズムのトントンはヤバ……い……。
「……寝てた」
俺が目を覚ますと、ユナとサキさんも部屋に戻ってきていた。夜まで寝てしまったかと焦ったが、まだ外が明るいので熟睡したわけでもないようだ。
「帰りは暗くなる頃かと思ってたけど……」
「実はあまり現実的でない機械が多くて、少し見学しただけで戻ってきたんです」
ユナの話を聞くと、ミシンの他に織り機や編み機なども見掛けたようだが、どれも大きな機材でいわゆる業務用だったようだ。
縫製関連以外には、ドラム缶のような物を回す用途不明の大きな機械や、巨大な研ぎ石を回転させる機械など、普通の家には置かないような物しかなかったらしい。
「工業機械のリサイクルショップみたいな感じか。サキさんのミシンもやたら頑丈な作業台とセットだったし、あのミシンも業務用かなあ……」
「完全に業務用ですね。一台で家が買えそうな物ですから、一般家庭に浸透するのはもっと先のことでしょう。全ての部品が手作りのうちは普及しませんよ」
とりあえずティナは市場を見終わったし、サキさんも酒を見終わったし、東街の散策はもういいかな?
結局俺は武器屋を見つけた以外には大して東街を満喫できなかったが、こういう時もあるか……今が冒険中じゃなくて良かったと思う。




