第157話「隠れ蓑(みの)の術」
ティナと一緒に宿の階段を下りた俺は、カウンターにいる受付けの鎧兜二人に若干不自然な愛想笑いを浮かべて宿の外に出た。
「やりたい放題のサキさんのせいで散々な目に合ったわ。あれだけ自由に生きられたら人生楽しいだろうな」
「そうかもしれないわね……まあ、あんまり言わないであげて」
そう言いながら、ティナが腕を組んできた。よーし、こっちからも組み返してやろう。
「もう、腕を組んで寄り掛かるの、一度やってみたかったのに……」
「ああ……それならティナの方から組んでいいよ」
俺はティナの腕を両手で抱えて、肩のあたりに顔を擦り付けながら甘えていただけなので、この場はティナに譲ることにした。
「…………」
ティナは俺の左腕に自分の右腕を回すと、もう片方の左手をそっと俺の二の腕に添えてくる。身を寄せているのはティナの方なのだが、俺の腕はティナの体に吸い付くように引き寄せられた。
「ねえミナト、私の組み方、おかしく見えないかしら?」
「大丈夫だと思う……女同士なんだし、おかしい所なんてないだろう……」
恥ずかしそうな上目遣いで俺を見るティナの仕草にドキリとした俺は、何だか良くわからないまま意味不明なフォローを入れて市場へ向かう道を進んだ。
少し回り道になったが、市場の一番奥にある自由広場に辿り着いた俺とティナは、さっそく店を見て回ることにした。
王都の市場は良く出る物や売れる物から順番に並んでいる。売上の大きい店ほど税金だか使用料だかを多く納めているので、その分だけ優遇されるみたいだ。こういうシステムだと売れない物や需要の低い物は奥の方へと追いやられてしまう訳で、幸か不幸か俺たちには都合のいい環境が出来上がっている。
つまり、ここ王都オルステインにおいては、一般的ではないマイナーな物資を人の少ない環境でゆっくりと見て回れるということだ。
それにしても王都最大の市場と言うだけあって、俺たちがいつも足を運んでいる西街の市場とはスケールが違って見える。
「これだけ大きいとエミリアが見逃した食材や調味料も多そうだな。今まで並んでいなかった新しい物が入荷することもあるだろうし」
「これはなかなか……とても一日じゃ見て回れそうにないわね。明日は東街の南に移動する予定だけど、もう少し時間を取りたいわ」
ざっと見て回ったくらいじゃ見落とすだけなので、確かにもう少し時間が欲しい。しかもこの市場は家から対角線上の真反対にある。普段から通える場所ではないので、この機会に十分見て回る必要があるだろう。
「俺も何日か時間を割いてでも市場の内容を把握するべきだと思う。たぶん誰も反対しないはずだから、そういう段取りで予定を組もう」
俺はその後もティナに引っ張りまわされて、珍しい調味料をいくつか買わされた。さらにティナは、気になった食材の名前をメモしている。
「ティナも魔法のペンを買ったのか?」
「ううん、サキさんから貰ったのよ。二本もいらないからって」
「なるほど……」
自由広場だけでもまだ半分も見ていないが、そろそろ日が落ち始めて物探しには向かない時間になってきた。店のランプ程度の光量では調味料のラベルも満足に読めなくなる。
まさか魔法の明かりを使って好き勝手にやるわけには行かないからな。今日のところは撤収だ。
「ちょっと出てくるのが遅かったのもあるしな。明日にしよう」
「そうね。遅くなると裏通りも真っ暗になるし、ちょっと急ぎましょうか」
俺とティナが宿の部屋に戻ると、真っ赤な顔をしてベッドでダウンしているサキさんと、重ねた羊皮紙をうちわ代わりにして、サキさんの顔を仰いでいるユナがいた。
「サキさん毎回調子に乗って酒飲んでるけど、そろそろ酒に弱いのを自覚しろよ」
「知らんわい。わしが酒を呑むのは、そこに酒があるからよの」
俺はサキさんの真っ赤な額にデコピンしてやった。まあ酔って暴れないだけマシか……。結局サキさんは、本日二回目の回復魔法でティナの世話になった。
「サキさんの酔いが覚めるまで時間があるから今のうちに言っとくんだが、市場での食材と調味料探しが全く終わらなかったから、明日も継続することにしたい」
「いいんじゃないでしょうか? ただ、この宿はイロモノ過ぎるので、朝のうちにゆっくりできそうないい宿を探して、それから行動しませんか?」
「うむ。それならわしも無理せんで済むわい。まだ回り足りぬから是非そうして欲しいわい」
サキさんは今日一日で回りきろうとして失敗したのか。俺たちはユナの提案通り、明日は朝のうちに良い宿を探して、それから行動することに決めた。
俺たちは今、宿の酒場にいる。サキさんが復活するまで待っていたからすっかり夕食時を外してしまった感じだ。
辺りの客は酒の時間を楽しんでいるようだが、見たところ老人のグループやおっさんのグループばかり。時折酒の入ったおっさんが冷やかしのように絡んでくるが、勝手に自己完結して自分の席に戻って行くという、おかしな空気になっている。
騒ぎ声の内容が嫌でも耳に入ってくるが、どうやらみんな退役軍人のグループらしい。時折ここに集まって昔話に花を咲かせているようだ。
ミリタリーマニアが集まるような宿ではないみたいだ。絡まれついでに訪ねてみたが、そういう連中は軍に入るそうだ。まあ本物になれるのならそうする……のかな?
おっさんたちと適当に雑談をしていたら、俺たちのテーブルにも料理が運ばれてきた。変な皿だったら困るので、今回はそれぞれ違う料理を注文して全員でつつく感じだ。
「サドラン小隊のワイルドクッキングを見てるから、どんなゲテモノ料理が出てくるか警戒していたけど、なんか普通だな」
「コイス村で兵士の人が作った食事に似ていますね。正直なところ……」
『不味いー……』
全員の感想が一致した。塩や胡椒をまぶして焼いてあるだけの料理は普通に食べられるのだが、何だかよくわからない味付けがしてある皿は総じて不味かった。
調理しない方が美味しいと言うのは料理としては失敗だが、この不味さは再現率が高いと思うので、宿のコンセプトを考えると合格なのだろうな。
とは言え、喉を通らないような食べ物に当たらなかったのは助かった。
俺たちは食事が済み次第、男女に分かれて風呂を済ませてから再び部屋に戻ってきた。ただしサキさんはまだ戻ってこない。昼間酔い潰れたせいで今日の銭湯は諦め、おとなしく宿の浴場に行ったものの、未だ戻ってくる様子がない。
「ここの風呂はダメだ。いくら軍隊が女人禁制とはいえ女風呂が狭すぎだろう」
「一人しか入れない大きさの浴槽にはまいったわね」
「明日はちゃんとした宿を探します。そろそろ着替えやタオルが足りませんし、クリーニング屋まで完備してある宿がいいですね」
俺たちはティナの浮遊魔法でドライヤーを持ち込んでから髪を乾かし終えたが、それでもサキさんが部屋に戻ってこないので、仕方なく三人で歯磨きをしてから暫く待つ……が、やっぱり戻ってこなかったので、もう三人で先に寝ることにした。
翌朝目を覚ました俺たちはパンとチーズだけの適当な朝食を終えてから、サキさんが後先考えずに買ってしまった酒を全員の背負い袋に小分けして納めた。
「こいつ、持ち運ぶことまで考えてないだろ。これ以上酒が増えたらもう知らんぞ。ミスったフリして何本か割るかもな」
「それだけはやめてくれえ!」
「今日はこれから宿を探すんですよね?」
「うん、市場に近くて設備が揃った宿にする。寄り道はせず最初に宿を決める予定だ」
俺たちはお宝を見つけた冒険帰りでもないのにボコボコと膨らんでしまった背負い袋を、馬の背中に括り付けてから宿を出た。
「チェックアウトしてきましたー」
「ん、じゃあ行こうか」
この時間、直接市場に続いている道は物資の運搬でごった返している。俺たちはなるべく細い裏道を選びながら、外周一区外側の環状通りまで移動した。
「あてもなく彷徨っても時間が掛かるだけなので、地元の人に聞いて来ます」
「じゃあ、おねがいするわね」
ハヤウマテイオウから飛び降りたユナは、じわじわと人通りが増えている東の大通りに姿を消す。残った俺たちも馬から降りて、適度な瓦礫に腰掛けながらユナの帰りを待つことに決めた。
「王都散策も今日で四日目か。家の方はどうなっているだろうな」
「ちょっと気になるわね」
「放っておけば良い。じきに終わるわい」
サキさんは背負い袋から酒を一本取り出してラッパ飲みを始めた。
俺も暇を持て余していたので、意味もなく宙ぶらりんの足をプラプラさせて遊んでいたのだが……股の方が湿っているのに気付いた……。
はああぁ~……。
「ティナ、ちょっと……始まっちゃったみたい」
「あら、大変ね」
俺がティナの袖をくいくいつまんで耳打ちをすると、ティナは背負い袋の中から替えのパンツと股に挟むやつを取り出して、外周一区の外壁に魔法を掛けた。
「幻影で囲った個室を作ったから、この中に入れば外から見えないわよ」
なるほど、壁と同じ幻影を出して「隠れ蓑の術」をやったのか。俺は幻影の魔法で作られた即席の個室に入って、スカートをたくし上げながら回りを確認した。
……幻影の内側は白いパネルのようになっている。いくら外からは見えないと言われても、内側から外の様子が丸見えになっていたら気分的に落ち着かない。こういう部分で配慮してくれるのは助かるな。
俺は心置きなくパンツに親指を引っ掛けて、ガニ股の体制でパンツを降ろす。格好は悪いが、パンツを降ろすときに内股が汚れないようにするとこうなる……。
……ギリギリでセーフだった。本番になる直前で気付いたのは運が良かった。もう次からはちょっと早めに股に挟んでおくことにしよう。
確か一番初めのときはティナが気付いてくれたから助かったが、二度目のときは本番まで気が付かなかったせいでお気に入りのパンツを一枚台無しにした。
今回はセーフだったが、実のところブラとセットのパンツだけが駄目になったときの精神的ダメージは結構でかい。
大体セットで買うような下着はブラの性能を妥協してしまう感じになるが、妥協したブラの部分だけが残るというのは如何ともし難く、片割れになってしまったブラはそれ以降一度も出番が回ってこないほどだ。
可愛さに免じて少し形が合わなくても我慢するなんて感覚は、ここ最近になってからのことだが……まあ、今回はセーフで良かった。
俺は揉むとちり紙になる葉を魔法の水で湿らせて、ちょいちょいと股を拭いたあとに新しいパンツを足に通して股に挟むやつを置いた。
「おまたせ。ティナのお陰で助かったわ。王都には公衆トイレがないからなあ……」
俺は汚れたパンツを丸めて洗濯用とは別の袋に仕舞った。
「災難でしたね……うわ、ほんとに外からは見えないんですね」
いつの間にか戻っていたユナが、個室に顔だけを入れて幻影魔法の効果に驚いている。以前魔法で同じようなことをしたときは、闇の魔法で遮光カーテンを作るイメージだったので、今回のものとは随分勝手が違う。
もちろん、幻影の魔法でカモフラージュされた今回の個室の方が圧倒的に性能は高いと思う。闇の遮光カーテンは光を吸収しきれずに、微かに透けていたからなあ。
「とりあえず宿の方に案内しますよ」
俺たちは再び馬に乗って、ユナを先頭に宿の場所まで歩き始めた。




