第156話「酒と宿とサキさん」
翌朝目が覚めた俺たちは、朝の支度を済ませてから宿の酒場で軽い朝食を取った。
今日は目が覚めるとテーブルの上に書き置きがしてあり、明日の晩までマンホールの蓋を取り外す作業に集中するらしいことが書いてあった。
「ちょっと無茶を言い過ぎたかな?」
「なにがあったの?」
俺はティナに昨日のやり取りを説明した。ティナも「自分に都合のいい報告」の内容が気になるらしい。機会があれば導師モーリンから聞いてみたいと思う。
そんなわけで、朝食を済ませた俺たちは大通りが混み始める前に宿を引き払って北街東寄り──汚い魔道具屋の近くまで移動してから今日の散策範囲を話し合っていた。
「北東エリアは距離的にも難しくて散策したことがないんですよ」
「南西エリアの真反対になるもんな」
「あと、北街の東側は一部が風俗街になっていて、盗賊ギルドの本部もあるし、とても女の子が近寄れる場所じゃないらしいです」
「トラブルが起こりそうな場所には近寄らないようにしたいわね」
「だなあ」
冒険の匂いがプンプンする場所には行かない。平和に暮らすための鉄則である。対人トラブルほど面倒くさいものはないからな。
俺たちは外周一区外側の環状通りを進んで、東街の北側まで移動した。
この辺りは西街まで回って来ないような、王都では比較的マイナーな食材や調味料が揃っている。食材に関しては王都で最大の市場が開かれている場所だ。
まあ遠いので、この市場に用があるときはエミリアがテレポートで買い出しに来ているのだが……。
「流石、市場の方は活気があるなあ。でも、今買い物しても使いようがないし、市場の方は見なくていいかな?」
「そうですねー。馬も入れませんし……」
「市場よりも北側であるが、酒屋の並ぶ通りがあるとエミリアから聞いたことがあるわい」
「じゃあその辺を回るか」
俺たちはサキさんのリクエストで、酒屋が並んでいる少し広い通りまで移動した。詳しい場所までは知らなかったが、適当に歩いている人を捕まえて聞いたらすぐにわかった。
「荷馬車がすれ違えるくらいの通りだな」
「うむ。デカい酒樽を運ぶからの。狭い路地では不便であろう」
サキさんは妙にソワソワしていたが、ついには白髪天狗を降りて後ろの俺に手綱を渡し、フラフラ~っと一番手近な酒屋に入ってしまった。
「これは先に宿を決めておいた方が良かったかもしれませんね」
「せっかくサキさんが気分良くしているから、落ち着くまで暫く待ってみましょう」
ティナが言うので暫く待っていたのだが、酒屋を移動するたびに手に持った酒が増えて行くというか、サキさんの顔も赤らんできたので、俺は無理やりサキさんを引っ張って呼び戻した。
「ちょっとサキさん、ここで飲み倒れされたら困るし、買うのはいいけど持ち運びに困るからそれくらいにしておけ」
「何を言う。まだまだこれからであろ~ぅ、がッ! ぐふッ!」
これじゃあただの酔っ払いだ。すっかり酔いが回ったサキさんを三人でなだめて、俺たちは宿を探すことにした。
何の酒を飲んだのか知らんが、白髪天狗の後部座席で荷物になっているサキさんを早くなんとかしたいものだ。しかもサキさんが買い歩きした酒も邪魔だ。
「もう選り好みしてる場合じゃないな。目に留まった宿に入ろう」
「この先に見える川の上に建った宿はどうですか?」
「あれは……宿なの?」
ユナが指差したのは、石橋の上に建てられた堅牢な宿だった。厚みのある両開きの扉の左右には、昼間だというのに篝火が灯されている。
それはそうと、ふと気になったがこの宿も二階建てだ。そう言えば、王都では三階建て以上の建物を見たことがないな……。
「軍の施設みたいな雰囲気だが……」
「部屋を取って来ますね」
全体的に物々しいオーラを発している宿だが、ユナは全く意に介さず宿の中に入っていった。
「普通の部屋は身動きが取れないほど狭いらしいので、一番広い部屋を取ってきましたよ。馬小屋は建物の裏みたいです。馬に乗ったまま宿の扉を越えて行くらしいですよ」
「ちょっと何を言っているのか良くわからんが、とにかく馬に乗ったまま宿の中に入っていくんだな?」
「……そうです」
ユナは口を押さえて笑いを堪えながらハヤウマテイオウの先頭に跨り、不安げな表情のティナを後ろに乗せたまま、重厚な宿の扉から中に入って行く。
仕方がないので俺も酔い潰れたサキさんを乗せたままそれに続いた。
宿の扉をくぐると、会議室で見掛けるような長い机──カウンターの代わりだろうか? の奥に鎧兜の男二人が立っている。
「…………」
異様な雰囲気に俺とティナは言葉を失ったが、どうにも間が持たずに俺が愛想笑いを投げ掛けると、二人の男は直立不動になって敬礼をした。
「どこの世界にも居るんだな……」
俺は思わず声に出した。
何とか宿の反対側に抜けた俺たちは、馬を繋いでリヤカーを外したりしている。
「ここは何と言うか独創的な宿だな。今日の俺は何があっても突っ込まないぞ!」
「使わなくなった軍事施設を宿に改造してあるので、話のネタにはなると思いますよ」
「それはそうと、サキさんをどうやって運ぶの?」
サキさんは少しずつ回復を始めているが、まだまだ動けそうにない。
「サキさんは俺が脇に抱えて運ぶから、ティナの浮遊魔法で浮かせてくれると助かる」
「じゃあ荷物は私が持ちますね。ドライヤーとお酒はひとまず置いて行きます」
ティナがサキさんの体に浮遊の魔法を掛けたので、俺は白髪天狗からサキさんをズルズルと引っ張って脇に抱えた。
浮遊の魔法が掛かった物を運ぶときの感覚は、エアホッケーのマレットを動かしている感覚に近いと思う。殆ど何の抵抗もなくヌルヌルと動かせる感じだ。
「ひぃいっ……!!」
俺がサキさんを脇に抱えて、ティナやユナと笑いながら宿の階段を上がろうとしたとき、カウンターの方から小さな悲鳴が聞こえた。
悲鳴の方を向くと、先程敬礼をしていた鎧兜の男二人が俺の方を見て怯えている様に見える。俺は最初その意味が分からなかったが、笑いながらサキさんを片手で振り回している自分の姿をイメージして、しまったと後悔した。
「やってしまいましたね……」
ユナがガックリと肩を落とした。ユナも油断していたのだな。俺も油断したぞ。
『………………』
──何とも言えない気まずい空気が辺りを包む。何とかせねば……。
「……こ、これは毛布だ!」
「も、毛布なんでありますか!?」
「そうです。これは毛布なんです! 所有者以外には人の姿に見えるという、変わった効果の魔道具なんですよ!!」
「魔道具だったんでありますか!?」
「冷静に考えてみて。こんな女の子が片手で男性を振り回せる訳ないじゃない」
「……確かに、確かにそうでありますな。ハハハ……」
「大変失礼致しましたッ!!」
再び直立不動で敬礼をする二人を引きつった笑顔でやり過ごした俺は、サキさんを抱えなおして一目散に階段を駆け上がった。
俺たちは逃げるようにして部屋になだれ込み、サキさんをベッドの上に降ろす。
「かなりしんどい言い訳だったが、多分誤魔化せてないな……」
「やぁ……油断しました。完全に気が回ってなかったです」
「仕方ないわね。次からは気をつけましょう」
俺はこれから毎日、ゴリラ女とか変な噂が立っていないかビクビクしながら生活しないといけないんだろうか? そう考えると、みるみる気分が落ち込んできた。
むしろこの原因はサキさんにあるんじゃないのか? 変な噂が立ったら責任取ってもらうからな……。
今日はこれから周辺エリアの散策でもしようと思っていたのだが、ティナがサキさんを治療しているのを待っていたら、すっかり昼を過ぎてしまった。
「どう?」
「……うむ。何とか歩けるくらいにはなったわい」
「朝はあれだけ元気だったのに、一体何を飲んだらそうなるんだ?」
「ドワーフが一杯で倒れる酒があると言われての。試しに飲ませてもろうたらコレである」
サキさんは両手で額の汗を拭いながら、その時飲んだ酒の説明を始めた。キツい度数なのに焼けるどころか、口に含んだ瞬間はいくらでも行けると思ったらしい。
「口当たりの良さで量が増えるのは一番怖いパターンね」
「そういうことか。別にドワーフが倒れる訳じゃないんだな」
「うむ……かなり高価な酒でもあるから、ゆるり飲むには良いと思うがの」
ちなみに一ダースも買ったらしい。バカじゃなかろうか。
「そうそう、サキさんは魔道具の変な毛布って扱いになってるから、もう出歩くの禁止な」
「まだ酒を見とらんわい。もう一度回ったあと、銭湯に寄ってくるつもりである」
完全回復したサキさんは、俺が掴もうと伸ばした腕をヒラリとかわして宿の外へと駆け出した。このままサキさんがカウンターの二人と鉢合わせしたんでは、せっかくその場の流れで誤魔化した言い訳も台無しである。
「……まあいいか、俺たちも夕方までその辺りを散策してみる?」
「実際に市場を見てみたいわ。何があるのか知ってるとエミリアにも頼みやすいし……」
「私はこの宿を見学しています。この建物は昔、実際に兵士の詰め所として使われていたらしいんです」
確か馬小屋に居たときもそんなことを話していたな。
そう言われて部屋の中を見回せば、この部屋のデザインは木や石で頑丈に作られていて、古臭いベッドも木材を切りっ放しにした飾り気ゼロの無骨なものが置かれている。流石に毛布や敷物は市販品に見えるが。
こういうのはサキさんが一番に興味を示すと思ったけど、全く興味を示さなかったな。
「今日はティナに付いて行こう。もし途中ではぐれたら、俺はここに戻ってくるけど」
俺とティナは市場を調べに行くが、ユナは宿に残って軍事施設の名残りを見学するみたいなので、今日は各自自由行動することにした。
ちなみに今日の夕食は、ユナの希望でこの宿の酒場を利用することに決めた。退役軍人のシェフが一般兵士の食事を再現した料理を出すらしいのだ。




