第155話「ロラン宝石店の台所」
サキさんに続いてティナとユナもそれぞれが自由行動を始めたため、俺は宿の部屋に一人ポツンと取り残された。いや、自分から休息を選んだのだが……。
「………………」
外に出れば何か面白い物が見つかるのかもしれないが、見たい物が具体的に思い浮かばないので返ってつらくなった。
思えば元の世界では、外出して奔走したのは面接先の会社を駈けずり回ったのが最後で、それ以降はすっかり部屋に引き篭もったままネットをうろうろしているか、本名を名乗る必要がないオンラインゲームで時間を食い潰すだけの生活をしていた。
ちなみに俺が一番やりこんだのはFPSゲームだ。音声チャットで常連のフレンドと連携を取りながら敵を追い込んでいくのは面白かった。
まあ、元の世界に帰る手段を失った現在では、もう二度とネットやゲームで遊ぶ機会はないだろう……。
どちらにせよ、パソコンかスマホが無いと遊べない趣味しか持っていなかったのが問題だ。ティナもユナもサキさんも、この世界に有るもので十分に趣味や特技を活かせているからな……。
馴染みのない場所で一人になったせいか、いらない事まで思い出して後ろ向きになっている俺のところへ、エミリアが訪ねてきた。
「先程食材を届けに行ったのですが、今日の夕食はロラン宝石店で食べるそうですよ」
「ああ、大方シャリルの家で夕食を作ることにしたんだろうな」
ということはユナとサキさんが戻ってくるまで、この部屋で待っていた方がいいかもな。俺は二人を待ちながら、エミリアと話でもして時間を潰すことにした。
「あれからマンホールの蓋はどうなったんだ? 何処でも日帰り可能になりそうだから、わりと期待してるんだけど……」
「あの魔装置は、対になるもう一つの魔装置とセットで使うものですが、魔法陣の部屋に固定されている魔装置がどうしても取り外せなくて困っているんです」
「もう一つのマンホールの蓋が取り外せないってことは、あの魔装置は魔法陣の部屋しか行ったり来たりできない状態なのか?」
「そうです……しかも取り外せない方の魔装置が本体側で、持ち帰った方の魔装置は本体と連動するだけの補助装置のような役割なんです」
遺跡自体に埋め込まれた魔装置だと面倒そうだなあ。
「最悪、売り払うことも視野に入れないとダメかな? その時は素材として売るから、本体側も強引に取り外して処分することになるだろうが……」
「流石にあれだけの魔装置を壊すのは勿体ないので、結論を急がない方がいいと思いますよ。遺跡も傷ついてしまいますし……」
俺とエミリアが話をしていると、まずはユナが戻ってきた。
「何かいいものは見つかった?」
「ありませんねー。便利そうな物はいくつかあったんですけど、いちいち買うとキリがないですから……必要になった時に売れていると困るので、棚の奥に隠して来ましたけど」
……どうでもいい感じの店だからいいのかな? 奥の方からお宝が見つかることも多いみたいだし、他の常連客も似たような感じで商品を隠しているのかもしれないな。
俺はサキさんが戻ってくるまでの間、ユナにマンホールの蓋のことを説明した。
「……そうですか。それならいっそ、魔術学院に正式な依頼として取り外して貰ったらどうですか? 報酬は魔法陣の部屋を研究する権利です」
「うん? それって……無料で取り外せって意味にならないか?」
「いえいえ違いますよ。何故か魔術学院の管轄のように扱われていますけど、あの部屋の所有権はニートブレイカーズの物でしょう? 一緒に冒険しているエミリアさんには研究する権利がありますけど、魔術学院自体に権利はありません」
んー……あー……?
「エミリア先生、その辺、どうなんだ?」
「ユナさんの言う通りです。全く反論できません」
エミリアは胸を張って言った。なぜ奇乳を強調しながら認めるのか? こんな奇乳にはなりたくないが、俺よりおっぱいがデカいのを自慢されているようでムカムカする。
「エミリア、あの部屋を研究する権利と引き換えだ。マンホールの蓋は魔術学院が総力を上げて取り外す努力をして貰うぞ」
「学院への報告は自分の都合がいいように書いて、毎日やりたい放題しているので……そこを突かれると痛いです。帰ったら学院長先生に相談してみます……」
何となく嫌な予感はしていたが、やはりこいつの好き勝手な振る舞いには相応のカラクリがあったようだ。一体どんな報告をしているのか聞いてみたいものだな。
それにしても我がパーティーの優秀なマネージャーもとい暫定賢者は頼りになる。俺なら確実になあなあで済ませていたところだ。現に先程までそうしてたし。
そうこうしていると、頭にタオルを巻いたままのサキさんが戻ってきた。
俺たちはサキさんが髪を乾かし終えるのを待ってから、ロラン宝石店に向かった……と言っても、俺たちがいる宿から二つほど先の路地にあったのだが。
今日は夕食作りに忙しかったのか、店の入り口には閉店と書かれたプレートがぶら下がっている。
「しかし、店に掛けてある看板の文字が大きくてやたら目立つなあ。これだけ目立っていると目印に使われることも多いだろうな」
「それを狙っていたとしたら相当なやり手ですよ」
ロラン宝石店は二階建ての建物だが、一階の店舗部分はそれほど大きくないようだ。店の隣には屋根付きのガレージがあり、シャリルが使っている荷馬車が納められている。
店側の扉は閉まっているので、俺たちはエミリアの後をついて荷馬車置き場の奥にある勝手口のようなドアをノックしてから家の中にお邪魔した。
「おや、いい時間に来たじゃないの!」
勝手口のドアを空けると、少し奥の仕切りからシャリルの顔が半分だけ出てきた。恐らく鍋から手が離せないのだろう。俺たちはそのまま奥の方へと進んでシャリルに挨拶した。
「サキさんも久しぶりね」
「うむ」
「そっちの子は、前は居なかった子だね?」
「こっちはユナだ。ちょうどシャリルと入れ違いで加わったんだよ」
「はじめまして、ユナと言います」
「シャリル・ロランよ。今日はこんなだけど、普段は行商人をやってるわ」
シャリルは前回公園で会ったときと同じサイズの腹を、ピンクのエプロン越しに叩いて見せた。きっと料理姿をアピールしたかったんだろうが、すっかり太った腹の方に目が行ってしまう。
「みんな揃ってたのね」
俺たちが台所の長椅子に座ってシャリルとの雑談を楽しんでいると、勝手口の方からティナの声がした。シャリルから借りたのか、お揃いのエプロンを下げている。
足りない材料を買いに出ていたのだろう、手には調味料が握られていた。
「ティナ、ちょっとこれ、味見しておくれよ」
「うん……大丈夫。ちゃんとできてるわよ」
初めて作るメニューなのか、シャリルは横で料理をしているティナに何度か味見を求めている。鍋を見たり、ティナの手元を見たりで忙しそうだ。
鍋の方が完成すると、今度は軽く茹で上げした野菜や肉を細かく切った具を使って、ティナがチャーハンを作り始めた。具材、米、だし汁と軽快に混ぜ合わせるとすぐに完成する。
「卵無しのチャーハンは珍しいなあ」
「生卵を持ち運ぶのは難しいから、今日はキャンプでも作れそうな具材なのよ」
なるほど。シャリルが手に入れられる具材で考えてあるのか。ここで魚介類を使い始めたら、テレポートが前提の料理になってしまうもんな。
ティナが二回ほど手本を見せた後、残りは全部シャリルが挑戦していた。料理の練習を欠かさずやっていると言うだけあって、飲み込みが早い。
ほどなくして全員分のチャーハンが完成し、先程の鍋と共にテーブルへ並べられた。
俺たちは定員二名と思われる二つの長椅子に三人ずつ詰めて夕食を取っている。
「今日はまさかシャリルの料理が食えるとは思わなかったな」
「たまたま帰ってたのよ。二日後にはエルレトラを回ることになるけどね」
前にも同じ事を言っていたな。何処かの地名なんだろうが、エルレトラか……。
「ここからずっと南にあるエルレトラ公国のことです。オルステイン王国とは姉妹国家になるんですよ」
俺の顔色を読んだのか、エミリアが説明した。
「リトナ村から直接行けたら早いんだけどね、南の街道は魔物が危険すぎて、もし鉢合わせしたら生半可な護衛じゃ手に負えない。毎回一人でマラデクの町から南下して、公都エルレトラで商談を済ませた後はカナンの町を経由してから王都に戻ってくるのよ」
「物資を入れ替えながら一周してくるんですね」
「そういうこと。まあ一周する間に何日も街道のキャンプで寝泊まりするから、まともな料理が作れないと毎日硬いパンと干し肉とかになっちまうわけ」
一度家を出たら、ぐるっと回って帰ってくるまでに二十日は掛かるらしい。行商人も大変だなあ。いつか遠出するときは、長旅のノウハウを教えて貰いたいものだ。
食事が終わった後は、みんなで洗い物を済ませつつ、拭いた食器はティナの魔法でうちの食器棚に送り返している。
エミリアはマンホールの蓋を何とかするために早々に学院へ帰ってしまったが、少なくともこんな事に召喚魔法を使う魔術師はいないらしい。何故なら、まともな料理ができる魔術師なんか一人もいないからだ。
後片付けが済んでシャリルと分かれた俺たちは、急いで宿に戻ると浴場へ直行する。
「新し目の宿でも女湯の方は狭いなあ」
「遠出したり外泊するのは男性の方が圧倒的に多いですから、比率を考えると仕方ないんでしょうね……銭湯なら同じくらいの広さみたいですよ」
まあそうなるか。今までにもいくつかの宿に泊まったが、女性客だと家族旅行か団体旅行みたいな客層しか見なかったからな。
結局俺たちは、他の宿泊客の倍以上の時間を掛けて風呂を済ませてから部屋に戻った。
宿の部屋に戻ると、サキさんが一人で酒を飲んでいる。何処に隠していたのか知らないが、焼き目の付いた川魚の燻製を……。
「ちょっとサキさん、ドライヤーのストーブで焼くの止めてちょうだい」
「ストーブに直置きしましたね? ここだけ黒くなってるじゃないですか!」
「アルミホイル使わないとか最低だろ」
俺とティナとユナは口々にサキさんを罵りながら順番に髪を乾かしたが、最初しおらしかったサキさんはブーツを履いたままソファーのテーブルに足を乗せるという大胆な方法で反省していない事をアピールし始めた。
今夜のサキさんは、どうやらワイルドな男を演じているようだ。迷惑過ぎる。止めて欲しい。
俺たちが髪を乾かし終わってもサキさんは酒を飲んでいるみたいなので、今日は三人で歯磨きをしてから一足お先に寝ることにした。




