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第154話「北街の大通り」

 翌朝、俺たちは何故か朝も現れたエミリアと一緒に、適当な朝食を部屋で取った。


「今日はどうしますか?」

「王都北側の西寄りを見て回ろう。北側は外周一区寄りの環状通りを抜けてばかりだから、殆ど未知の領域だ」

「私も北側は詳しくないので楽しみです」


「では私は学院に戻ります。今夜の宿が決まったら木筒で知らせてください」

「あ、待ってエミリア。この壺を鑑定して、家に置いてきてくれない?」

「これは浄水の壺ですね。泥水でもたちまち浄化してしまう魔法の壺です。壺から水を溢れさせると効果が出ないので、溜め池に沈めて自動的に浄水を待つような使い方はできませんが……魔術学院では薬を廃棄するときに浄水の壺を使っていますよ」


 エミリアは木箱の蓋を開けて中身を確認しただけで即答した。学院でも日常的に使われている魔道具なのですぐにわかったらしい。


「浄水の壺は家の調理場に置いておきます」

「うん、お願いね」


 エミリアが学院に戻ったあと、荷物をまとめた俺たちも宿を引き払って出発した。






 今俺たちが散策しているエリアは「外周二区」と呼ばれる一般市民……いわゆる平民が生活する大きなドーナツ状の城下町だ。

 外周二区の内側には富裕層ふゆうそうが住む「外周一区」、外周一区のさらに内側には王族や貴族が住む「内周区」があり、その中央には本丸であるオルステイン城がそびえている。


 ちなみに平民が自由に行き来できるのは外周一区までで、それも平時へいじの話である。内周区より内側は厳重に警備されていて、平民の場合は特別な許可証を所持するか、王族または貴族の同伴がなければ立ち入ることができない仕組みだ。


 ──まあでも、魔法や魔道具を駆使すれば好き勝手にできそうな気もするが。



 外周二区の外壁には、東西南北へと伸びる四本の街道にそって四つの大正門があり、外周一区の中ほどまで続いている街道は、王都の四大通りとして毎日賑わっている。

 東西南北の四つの地区には、官憲や兵士が駐在する役所……俺たちは奉行所と呼んでいる……があり、各エリアを担当する役所は大通りのほぼ中心に建てられている。


 役所には文系の貴族が担当責任者として控えているそうだ。以前俺たちが巨大ミミズ討伐でお膳立てした貴族のボンボンたちも、いずれはこういう役職に就くのだろう。



 王都の地形をなす外周二区の外壁は、過去に何度も拡張工事が行われたようで、今ではすっかりジャガイモのような形をしている。しかも王城を中心に「×印」で強引に四分割した範囲が外周二区の東西南北になるため、それぞれのエリアで面積が違うようだ。


 東西南北の中で最も面積が小さいのは西南エリアになる。つまり俺たちのホームだ。西南エリアの外壁の先には王立魔術学院があるので、おいそれと拡張工事は行われない。


 外周二区を時計の針で見ると、12時、3時、6時、9時の位置に十文字の如く大通りが走り、東西南北それぞれの大通りの中間地点には役所がある。

 外周二区の東西南北を分ける境界線は、それぞれ1時30分、4時30分、7時30分、10時30分の位置にある。斜めに区切ることで、一番トラブルが起こりやすい大通りの担当役所が被らないようにしているのだろう。



 改めて確認しよう。今日俺たちが散策する場所は、時計の針で見た場合だと10時30分から0時の範囲だ。


「ミナトよ、早う馬に乗らぬか」

「ああ、うん。今日散策する範囲を確認してた。外周の方から適当に回ってみようか」






 暫くの間、俺たちは外周側をウロウロしていたが、不思議とこの辺りは宿も酒場も銭湯も見当たらない。その代わりに、大きな川が街の外から流れてきており、この川のせいで王都の外壁に巨大な切れ目を入れている。


 王都には大小様々な川が毛細血管のように流れているが、その大元がこの大きな川なのだろう。流石に橋を掛けるのにも一苦労しそうな大きさの川を外壁で覆うことはできなかったみたいで、外壁の切れ目の左右には背の高い見張り台が確認できる。


 俺たちは外壁に守られている街の内側から、外の世界を見渡せる開放的な穴場を見つけたわけで、休憩がてら川の土手に腰掛けているところだ。



「この川が細かく分岐しながら、王都中に流れて行くんだな」

「この位置が上流だと南街の東寄りが一番水質が悪そうですね。ちょうど工房の辺りですけど……」

「しかし外壁の切れ目から外の世界を眺めておるのは、何とも不思議な気分になるの?」

「確かにな……」


 俺たちが元いた世界では、頑丈な外壁で街ごと覆ってしまうような文化は既に絶滅しているので、サキさんの感想には共感できた。まるでカメラのフレーム越しに景色を見ているようだ。



「この川の水源はコイス村の湖になるのかしら?」

「上流を見る限り、いくつかの川が合流せねばこの水量にならんわい」


 サキさんが指摘した通り、コイス村の道中にあった川一つではこの水量は無理だろう。王都から川をさかのぼって水源を見つけに行く探検も楽しそうだが、まあ、そういう遊びは夏場にやるべきだな。


「ポツリポツリと民家はあっても、干乾びた水草が絡んでいるて小屋ばかりだし、ここは洪水や水没が頻発するエリアなのかもしれんなあ」

「雨が続いた時に軍隊が出動したっていう話もありましたからね……」


 ここは本当に何もない場所だ。のんびりするには良さそうだが、とりあえず北の大通り付近まで移動することにした。






 暫くは川の土手沿いを進んでいた俺たちだが、ふとした好奇心で小道に逸れると恐ろしいほど入り組んだ住宅密集地に迷い込んでしまった。

 歩いている頭上に建物があったりして、さながら駅の連絡通路のような真っ暗な場所を、魔法の明かりがあるからと何も考えず適当に進んでいたら、見事に迷った。


「あの大きな川のせいで、居住区がこっちに追いやられたような雰囲気ですよね」

「うん。それはそうと、俺はもう現在地を把握できてないぞ」


 俺が真顔で言うと、馬の手綱を引いていたサキさんとユナも一様に首を振った。二人ともプチ探検気分でガード下をくぐっていただけらしい。それに加えて建物が視界と日光を遮っているので方角もわからなくなっている。



「スカートだからあまりやりたくないけど、魔法で屋根より上に昇ってみるわね」

「頼むわ。どうにもならん」


 ティナはふわふわしたティアードスカートを自分の脚に巻きつけると、浮遊の魔法で視界が開ける高さまで上昇した。


「どんな感じですか?」

「一つ手前の分かれ道を右に折れたら、外壁横の環状通りに出るみたいよ」

「……東に向かっていたのに、いつの間にか西を向いていたみたいですね」

「本気で方角が分からなくなったのは初めてだ。なんだか怖いな」


 回りの住人に見つからないうちに急いで降りてきたティナを馬に乗せて、俺たちは一つ手前の分かれ道まで引き返し、何とか外壁横の環状通りに出た。



「これは昔から住んでる人間しかまともに歩けない場所だな。こんな所に引っ越ししたら、その日は自力で帰れない自信があるぞ」

「わしも無理である」

「……精霊力のバランスが崩れている場所がいくつもあったから、そのせいで迷ったのかもしれないわね」


 街を歩いていると、そういった場所が見つかるという話を随分前に聞いた覚えもあるのだが、精霊力が原因で方向がわからなくなるようでは困る。ここに住んでいる人は大丈夫なんだろうか?






 外壁伝がいへきづたいに環状通りを進んで、北の大通りまであと一筋という所に差し掛かると、せきを切ったように酒場や商店がのきつらね始めた。

 大抵、どの方面も物が集中しているのは大通り付近なのだが、北街は特にその傾向が強いみたいだ。店の密集具合も凄いが、とにかく大通りの人口が多い。


「これだけ混んでいると、馬は連れて歩けんよな」

「途中ではぐれそうだし、先に宿を決めたほうが良さそうね」


 予め宿を決めておけば、最初から各自自由行動という段取りが可能だ。俺たちは大通りから一つ奥の小道に入って宿を探した。大通りから裏の道まで敷地が繋がっているくらいの大きな宿なら、十分な設備が揃っているに違いない。



「今日はここにしませんか?」


 いくつかあった宿を通り過ぎたのち、ユナが指差した宿は小道側の角に面した比較的新しい建物の宿だ。俺たちは特に希望がなかったので、宿の手配はユナに任せた。


「表玄関が大通りにない方が出入りは楽であるな?」

「それもそうか……」


 ユナが適当な部屋を手配してきたので、白髪天狗とハヤウマテイオウはそのまま宿の人に任せて、さっそく俺たちは手荷物を抱えて二階の部屋へと向かった。






「まだ新しい宿みたいね」

「年季の入った宿が多いからな、これはこれで新鮮だ」


 ユナが取った部屋はワンルームの大部屋だったが、大きなローテーブルの四方に置かれたソファーでくつろげる部分と、部屋と一体になったベッド……イメージとしては一段高くなったお座敷にマットと毛布が敷いてあるような部分とに別れている。


「こういう構造の部屋は初めてだな……」


 和食屋のお座敷のような構造のベッドが物珍しかった俺は、好奇心でマットを持ち上げてみたのだが、やはり底の部分は何の変哲もない木板で作られていた。


「畳と思うたか?」

「うん、ちょっとだけ期待してた」


 俺の行動を見てそれを言い当てたサキさんは、一人でガハガハと笑い始めた。



「これからどうしようか? 夕食どきまで適当に自由行動でもいいが……」

「わしは銭湯を探しに行くわい」

「お前は他にやることないのか?」

「途中の路地で武器防具の店が目に入ったから、そこにも寄るわい!」


 サキさんはそう言い残して部屋を出ていった……と思ったらすぐに引き返してきて、愛用のお風呂セットを抱えて再び部屋をあとにする。

 こいつは何というか、男の裸なんてもう十分見飽きただろうと思うのだが、満足という言葉を知らんのだろうか?



「私はいつもの魔道具の店に行ってきます」

「あの汚い店か?」

「位置的には通りの向かい側なんですよ。大通りの人混みに混じっても好きな所を見れない気がするので、そっちには行かないつもりです」

「その方がいいだろうな……」


 ユナは人でごった返した一方通行の流れが苦手なのか、直接大通りを歩くことはしないようだ。



「私はそうねえ……ロラン宝石店を探しに行くわ」

「シャリルの実家の店か。確か北街だと言ってたな……」


 俺はすっかり忘れてしまっていたが、メモを取っていたティナは覚えていたようだ。王都で見掛けないような調味料を見つけたら買ってきて欲しいと頼んでいた記憶が蘇る。


「俺はどうしようかな。夕方までには時間があるし、もう少し休んでから決めるわ」


 ティナかユナのどちらかに付いていくのが無難な気もしたが、毎日歩きづめで散策したのでは身がもたない。俺は無理して外に出ず、部屋で休むことにした。


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