第148話「家計簿と増築計画」
翌朝目が覚めると、雨はまだ降り続いているようだった。強い雨ではないようだが、今日はどこにも行けないだろう。
「まだ降ってますか?」
「今日はダメそうだなあ……」
部屋の木窓から外の様子を見ていると、後ろからユナが抱き付いてきた。俺とユナは適当に着替えてから脱衣所で朝の準備をする。
「今朝の洗濯はやらなくてもいいか。無理に干しても気分よく乾かないだろうし」
「ですね。私はティナさんの手伝いをしてきます」
ユナが調理場に行ったので俺は広間の方へ戻るが、ちょうどサキさんがのそのそと階段を下りてくるところだった。
「今日は止みそうにないな」
「そのようだの」
サキさんが顔を洗いに行ってすぐ、エミリアが広間に沸いた。俺の視線がサキさんを追って横へ向いた一瞬の隙に現れたようだ。
「流石に寝たか?」
「はい。あんな状態になったのは久しぶりでした」
昨日の晩よりも血色が良くなったエミリアだが、今日は実家に帰ってゆっくりと休むそうだ。その方がいい。白目を剥くまで研究に没頭するのも考えものだ。
俺がエミリアの作業状況を聞いていると、ティナとユナが朝食を運んできた。今日の朝食はベーコンを挟んで焼き上げたパイとスモークチーズのサラダだった。
「いつもよりお茶の風味が違うな……後味が甘く感じる」
「今日は少し変えてみたんですよ。せっかく温度石と砂時計があるのでキッチリ計ってみました」
──エミリアから貰った温度石と四連砂時計は役に立っているようだな。
朝食後に一息入れた俺たちは、昨日の報告も兼ねて今日の予定を話し合っていた。
「色んな理由で二人パーティーになっていたヨシアキだが、昨日何とか一人増えて三人パーティーになった。駆け出し専門の宿で見つけたんだが、リリエッタっていう女の子だ」
「ほう、わしは昨日入れ違いになったせいか会わなんだの」
「この機会にヨシアキは台所のある家を探すと言ってたけど、どうなることやら……今日の俺の予定だが、家計簿を付けたら他にやることがない」
「便乗だけど、私も特にやることが無いわ。折角だからたこ焼きでもと思ったけど、肝心のエミリアが居ないから、食材の買い出しも出来ないわね……」
むう。たこ焼きの鉄板はナカミチにも贈ったが、肝心要のタコを自力で用意出来ないのはいかんなあ。
「私は家の中でやる事が思い付かないので、何も無ければハーブの研究でもしていようと思います」
「サキさんはどうするんだ?」
「わしか? 朝のうちに薪を割っておくかの。昼以降の予定はないわい」
そう言うと、サキさんは勝手口の方へ向かった。昨晩は降り出す前からオーニングテントを張っていたので、まあ、地面も濡れてないだろうし問題はないだろう。
ティナとユナはテーブルに紙を置いてなにやら絵を描き始めたので、俺はソファーの方に座って家計簿を付けることにした。
さて、実はアサ村の遺跡探索に出発する前から計算していなかった分が幾つかある。
ミンチ機が銀貨750枚、小型の湯沸かし器が銀貨3700枚、サキさんの部屋用に買った小型の薪ストーブが銀貨960枚で、俺たちの部屋で使う大型の薪ストーブは銀貨1710枚だ。
そうそう、家の裏に設置する焼却炉も買ったな。大きくはないが厚みのある鉄板で作られた頑丈なものだ。これならすぐに朽ちたりはしないだろう。銀貨260枚だった。
それから、シオンとハルを連れて魔道具の店に行ったとき、開放の駒を2セット買った。少しまけてもらって銀貨7000枚だ。
ある程度数が揃ったのでナカミチに1セット分、強駒3個と弱駒5個を譲った。今手元にある……というか家の中にある開放の駒は4セット分、強駒12個と弱駒20個だ。
流石にもう開放の駒は増やさなくてもいいと思う。今後は街で見掛けても条件反射で買ってしまわないように気をつけたい。
続いてカナンの町で使った経費は、宿代、食事代、クリーニング代、サキさんが希望した怪しい男性専用エステサロンの費用を合計して銀貨1030枚……この中にはたこ焼きの鉄板の代金も含まれている。
それから、魔法の矢を6本使った。魔法の矢は最初に100本用意しておいたはずだが、そろそろ半分を切ってしまうな……。
使った覚えのない本数が減っていたので不思議に思った俺は、テーブルで何かを描いているティナとユナに聞いてみたが、どうやらユナが実験で何本か使っていたらしい。
まあ、便宜上魔法の矢と呼んではいるが、偽りの指輪で精霊力を込めないと何の効果もないので、何本か紛失してても特に危険はないのだが。
「補充しておきましょうか?」
「使用期限もないから、ある程度減ったら補充しておいてくれると助かるかも」
その他には薪や日用品で銀貨280枚を使っている。ここで言う日用品とは、生活雑貨以外にも薪とか馬の世話に使う物をはじめ、自前で買った食材や調味料など全てごちゃ混ぜである。
食い物とそうでない物は分けた方がいいのかもしれないが、正直面倒くさい。
アサ村の遺跡探索で得た物だが、最終的な換金総額は銀貨10万7000枚だった。そこからアサ村に銀貨10万枚を渡したので、俺たちの取り分は銀貨7000枚だ。
手持ちに残した魔道具だと、「魔法の電子ペン」はサキさんに渡して、「魔力向上の指輪」はティナに渡している。魔力向上の指輪は魔法の指輪としても機能するので、魔法の杖が手元に無くても制限なく魔法が使えるようになる。
ティナは魔法の杖を好んで使っているが、保険という意味では有益な魔道具だ。
「結局、魔力向上の指輪はどのくらいの効果があるのかわかった?」
「日常生活で使う魔法だと、弱すぎて効果がわからないのよ。魔法を使う時に赤い宝石が微かに光るから、機能はしてると思うけど……」
やはりある程度大きな魔法を使わないと良くわからないのかな?
そういえばまだマンホールの蓋が戻って来ないな。あれが本命なんだけどなあ……。
俺がせっせと家計簿を付けていると、汗だくになったサキさんが上半身裸の状態で広間に戻ってきた。
「やはり体を動かすと暑いわい」
サキさんはタオルで汗を拭いてから、冷えた水を一気に流し込んだ。どうやらもう少し薪を割るらしい。
「そうそう、何かあったときの常備金として全員に金貨12枚を渡していたんだが、もし減っていたら教えてくれ。ちなみに金貨12枚は最初に魔術学院から支給された金額なんだが、今回からは倍の金貨24枚に増やそうと思う」
「わしは確か残り金貨9枚だったかの……」
「じゃあ金貨15枚渡しておく。今回初めて確認したと思うがあんまり減ってないな」
「銭湯と酒代くらいだしの。たまに依頼をこなしておるから、小遣いには不自由せんわい」
サキさんは俺から受け取った金貨15枚をズボンの前ポケットに入れると、そのまま薪割り作業に戻っていった。
「私の方は残り金貨7枚です」
「色々見て回ってるから、結構使っているかと思ったが……」
「実はティナさんからちょくちょく貰っていて……今はハーブの調合で依頼をこなしてますから、プライベートなことには使っていませんよ」
む。ユナの年だと遊ぶ金は親から貰うものだが、しっかりしてるな。
「あまり気にしなくてもいいぞ。サキさんなんてカナンの町で怪しいエステサロンに銀貨220枚も使ってくれたからな」
俺はユナに金貨17枚を手渡した。魔法の矢の管理を頼むならもう少し多めに渡すべきか迷ったが、俺としてはその都度貰いに来てくれた方が管理しやすい。
「私は残り銀貨37枚ね……」
「何というか、もう少し早く気付いてやれたら良かったな……」
俺はティナに金貨24枚を渡した。三人が使った金額の合計はちょうど銀貨1000枚か。ちなみに俺は金貨12枚が丸々残っている──。
さて、前回計算したときから今日までに使った金額は銀貨1万6690枚、得られた収入は銀貨7000枚、それを差し引いて銀貨9690枚だ。
今回は現金だけで計算すると大赤字だなあ。現在の総資産は銀貨49万1320枚になった。相変わらず一の位を無視しているから、十の位で計算がズレるのはご愛嬌である。
ちなみに魔法の矢のストックは残り53本だ。
それにしても魔法のランタンはどうするべきか。ユナとサキさんが懐中電灯の代わりに1本ずつ持ってはいるが、それでも残り11本もある。
今のところ使い道が思い付かないし、暫くはテント袋の横にでも収めておくか……。
「やはり今日は止みそうもないな。ティナとユナは朝から何を書いてたんだ?」
「家の増築計画です。元々の設計が今の用途に合っていないので、シートは掛けてますけど今も雨ざらしになっている荷車とか、広間で床置き同然になってる背負い袋とか……」
二人が描いた図面には、階段の横から出入りできる物置き部屋の図面と、荷馬車などを置く屋根だけの建物の図面が描かれている。
「何をしておるのだ?」
俺が図面を見ていると、薪割り作業を終えたサキさんが戻ってきた。
「ティナとユナが家の増築計画を考えているみたいだ」
「……この荷馬車置き場であるが、どうせ建てるなら本格的な馬小屋にしてはどうかの?」
「今の馬小屋だとダメなんですか?」
「狭いからの。たまに来て半日ほど置いておくだけなら良いのであるが、あそこに毎晩二頭でおるのは馬に良うない……と、先日マウロが言うておった」
誰だっけ? ああ、トイレの汲み取りとかしてくれる農家のおじさんか。なかなか会う機会がないけど、サキさんは酒とツマミを持って出入りしているみたいだな。
「そう言うことなら馬小屋ごと建てた方がいいかもしれないわね。どの辺りに建てるのかを決めて、あとは専門の人に任せましょう」
「物置き部屋と同時進行でもいいが、やるなら馬小屋の方が優先かな? 今の馬小屋のスペースはどうする? 馬には狭くても、そこそこ広い空間だぞ」
「その辺りは実際にスペースが空いてから考えませんか?」
「わかった。まずは引き受けてくれる業者を見つけよう。収穫祭の準備が始まったら大工さん辺りは街中総出になるだろうからな」
ティナとユナの暇潰しから始まった増築計画だが、わりと以前から話が出ていたせいもあってか、何やらトントン拍子に計画が進んでしまいそうだ。




