第143話「乗合馬車を追い抜け」
「サキさんはティナが指定した荷物を荷馬車から下ろしてくれ。それが済んだら自分用のテントを適当に張っておけばいいだろう」
「うむ」
「ユナは馬の世話と手入れを頼む。俺は魔法でかまどを作ったり、水を張ったりするぞ」
「わかりました」
俺は半日間ずっと浮遊の魔法を使っていたティナを休ませる代わりに、手早くかまどを作って火を起こした。最初のうちは手際も悪くてガタガタになっていたかまど作りも、回数を重ねるうちにクオリティーが上がってきたように感じる。
「ねえミナト、たこ焼きの鉄板が二枚あるんだけど、これどうしたの?」
「カナンの町の南でユナが見つけて来たんだよ。それ、何の調理に使うと思う?」
「何かしらね? たこ焼きにしては穴が大きい気もするから、卵でも乗せるのかしら?」
俺とユナではわからなかったが、ティナはすぐに正解を出した。
「上手く作れるかわからんけど、一枚はナカミチにやろうと思って二枚買ってみた」
「鉄板自体はしっかりしてるから上手く焼けそうよ。問題はタコとソースね」
「イカはあったから、恐らくタコもあるだろう。あとはソースだけか」
「醤油の代わりに魚醤ベースで試すしかないわね……」
すっかり起き上がったティナは、夕食の支度をしながらソース作りを考え始めた。
俺とサキさんは、とりあえずやることをやってしまって、今はティナとユナが夕食を作っている風景をぼんやりと眺めている。
「今日の風呂はどうしようか? 露天風呂は寒かったし、俺は家に帰ってからでもいい気がしている……」
「そうですね。夏場ではないですし、私も顔を洗うくらいで大丈夫ですよ」
「ティナはどうする?」
「そうねえ、気になる所だけ拭ければいいから、お風呂はやめておきましょう」
風呂の話から脱線して適当に雑談していると、いつの間にか夕食が出来上がっていた。
今日の夕食は鶏の唐揚げに溶き卵の吸い物だ。パンではなく米なのも有り難いが、前回の冒険でも困ったように、まともなテーブルが無いので皿やお椀が増えると厳しくなる。
「今度こそ折りたたみのテーブルを買わないと食うのが難しいな」
「しばらく家でのんびりしていると思って探さなかったんですよね。置き場所にも困りますし」
置き場所なあ……これ以上何かを増やすなら物置きが欲しいと、ユナが言っていたのを覚えているが、まあちょっと今の家だと収納スペースが足りないんだよな。
元々はエミリアのおじ様がラブホテルの代わりに建てたセーフハウスみたいなものだし、冒険者が四人も住むなんて初めから考えられてないだろうし。
今のところあの家から引っ越す気もないから、多少は改造する頃合いかもな。
食事を終えた俺たちは、お湯を張ったたらいで適当に顔を洗ったり、下着だけでも着替えながら適当に寝る準備を整えた。
「食器と鍋はちゃんと洗わんとな。生ゴミは魔法の火で消し炭にして臭いを消さんと、後ろの森から野生動物が出てくるかもしれん」
「そんなに心配なら交代で火の番をすれば良かろう?」
「じゃあ俺が一番、サキさんが二番、ユナが三番だ。朝食の支度を始めたら自動的に火の番になるティナは見張りに含めないぞ」
「良かろう」
そんな話をしたせいで、みんなが寝た後も俺は一人寂しく火の番をする事になった。
毛布に包まってぼけーっと焚き木の炎を眺めていると、元の世界で毎日何もせずにぼけーっとゲームの画面を眺めていたときの感覚が蘇ってくる。
眠気でカクンとするたびに現実に引き戻される感覚を繰り返していると、一体どのくらい火の番をしているのかもわからなくなってきた。
……星なんか見ても時間がわかる訳ではないが、何となく眺めてしまうものだ。相変わらずこの世界の夜空は賑やかで、こんなに星が多くては星座なんて引けそうもない。
「サキさん代われ。交代しろ」
俺は小声でサキさんのテントに声を掛けたが、一向に起きてくる気配がないのでテントの端を蹴り飛ばしてやった。
「……もっと静かに起こさんか」
「静かに起こしてたけど起きなかっただろ?」
俺は毛布に身を包んだまま、もそもそと荷馬車に乗り込んで寝た。
翌朝寝坊した俺は、同じく寝坊したサキさんと一緒に朝の身支度をしてから軽い朝食を取った。
「二度寝したわい。結局ティナが起きてくるまで火の番をしておった」
「夜は時間の感覚がわからんな。多分俺も結構長く火の番をしてた気がする」
「何だかすみません……」
「精霊力の量を調整した光の精霊石と開放の駒を組み合わせたらタイマーになるわよ。時間の掛かる料理で使ってるわ」
「おお、そんな使い方があったのか……」
「王都に帰ったら、砂時計買ってきましょうか?」
「あるの?」
「高価なわりには途中で砂が止まっている個体が多かったので買わなかったんですけど、一応ありましたよ」
今日の晩にでもエミリアに聞いてみよう。店で売ってるものは品質が悪そうなので、魔術学院で使い物になる品質の物を用意して貰った方が良さそうだ。
朝食を済ませた俺たち四人は、キャンプの撤収作業を分担していつでも出発できるようにした。まだまだ乗合馬車の姿は見えない。まあ、数時間のアドバンテージがあるからな──これで追い抜かれるようなことがあったら流石にへこむぞ。
昨日と同じ編成のまま、俺たち四人は王都に向かって帰路を急いでいる。なぜ急ぐのか? 今日のうちに洗濯物を洗って干しておきたいからだ。
「今日始めて意識したが、カナン方面からだと王城の先っぽは見えないんだな」
「そういえばそうですね。位置が悪いんでしょうか?」
俺たちは王都の西門から側道を南下して家に帰ってきた。結局最後まで乗合馬車に追いつかれることはなかったので、行ける所まで進んでおく作戦は成功と言える。
「ようやく帰ってこれたな。今日はまだまだ、やることがいっぱいあるぞ」
「どうするのだ?」
「まずは小型湯沸かし器だけ風呂場に戻して洗濯だな。俺とユナが洗ってる間に、サキさんとティナで荷物を家に運んでおいてくれ」
「うむ」
家に着いた俺たちは、休む間もなく作業を始めた。
「あれ? これだけか? なんでこんなに洗濯物が少ないんだ?」
洗濯するものをかき集めてみたが、下着が各二、三枚ある程度で、俺が想像していた洗濯物の山は無かった。
「冒険中に出た洗濯物は全部宿のクリーニングに出したせいですね」
「ああ、すっかり忘れてたな……」
俺はエミリアが脱ぎ捨てていった下着をビチャッと床に叩き付けると、洗濯物は下着だけだし、残りの作業はユナに任せて風呂場を出た。
俺が広間に行くと、ティナとサキさんの二人は荷馬車の荷物をすべて家の中に運び込んでいた。やはりサキさんの腕力にティナの魔法が加わると作業が早い。
「武器防具の手入れと小物の片付けは後にして、サキさんは馬の世話をしてきてくれ。俺とティナは毛布と家の布団を干そう」
「わかったわ。サキさんの部屋の窓から直接降ろすから、下で受け取ってちょうだい」
ティナに言われた通り、勝手口を出て物干し台の横で待っていると、小さく畳まれた布団や毛布がフワリフワリと降りてきて、物干し竿の手前で勝手に広がった。
俺は二階の窓から次々に降りてくる毛布や布団を仕損じないように物干し竿に掛けて回る。
「今ので最後よ」
「もう終わりか。拍子抜けするくらい早く終わったな」
「もう布団を干し終わったんですか? こっちはようやく脱水が済んだところですよ」
勝手口から洗濯かごを抱えてきたユナと協力して、俺は物干し竿の空いたスペースに下着を干していった。
何とか昼前に終わったから、夕方までには乾くだろう。サキさんの下着は丈夫な綿100%で厚みがあるものの、それ以外の下着は大体ペラペラの物が多い。すぐに乾くはずだ。
洗濯と物干しを済ませた俺とティナとユナは、背負袋の中身を整理しながら冒険中に使い切った消耗品がないかを点検している。物はついでにと、このさい家の中の日用品もチェックして足りないものをリストアップした。
「一度に買い込むことが多いせいか、無くなるタイミングも一度に来るなあ」
「買い出しのときに、日用品は多めに買ってタイミングをずらすようにしているけど、何故か一周して同時に切れるパターンに戻るのよね」
「最終的に使う金額が同じでも、一度に買うと高いイメージがするから困るよなあ……」
俺たちが買い物リストを作っていると、馬の世話を終えたサキさんが広間に戻ってきた。
「後は軽く装備の手入れをするだけだの。油で軽く拭く程度であるが……」
今回の冒険では暴れ足りなかったのか、サキさんは不満そうに装備の手入れを始める。本命であった鋼のゴーレムと戦えなかったのが心残りらしい。俺としては戦闘をせずに小細工で済んだので、概ね満足しているのだが。
「何度も言うようだが、ゴーレムの障壁と装甲を貫ける武器がないと無理だ。お前の剣で鉄の塊を切り裂けるならすぐにでも挑戦してやるけどな。まあ今は忘れろ」
「ぬうぅ……」
「私はちょっと買い出しに行ってきます。色々回りたい所があるので夜まで帰ってこれないです」
「む? 荷台を使うならエサと一緒に藁と薪も頼むわい」
「わかりました」
「あ、ナカミチの工房にたこ焼きの鉄板を持って行くなら、ついでに精霊石を持って行ってくれ」
「わかりました。他に何かありませんか?」
「他は特にないかな……」
ユナはハヤウマテイオウに荷車をくっつけて街に出掛けていった。
「装備の手入れが終わったわい。わしは夜まで銭湯で和んでくる」
「サキさん、途中で冒険者の宿に寄ったらヨシアキの新規メンバー集めがどうなったのかを聞いておいて欲しい」
「よかろう。では、行ってくる!」
サキさんも白髪天狗に乗って街へ出掛けてしまった。
「こうなると俺たちは家から出辛くなるんだよな。まあ何処か行きたい場所があるわけでもないんだが」
「今の二頭に負けないくらいの良馬になると探すのが大変そうね。馬小屋も増築しないと狭いだろうし……」
「ちょっと難しいか」
「歩くのが面倒なだけなら、魔法で飛んで行くこともできるわよ?」
「目立つ上にスカートの中が丸見えになりそうだから、なるべく街では使いたくないな」
暫くゴロゴロしていたティナが夕食の支度を始めたので、俺は適当に掃除をして暇を潰すことにした。




