第141話「カナンの町の南側」
あれやこれやと目移りしているユナの後ろから、俺はハヤウマテイオウの手綱を引いてそれを見守っている。カナンの町の南側を支える商店街の通りには、一見して地元の住人しか見当たらないが活気は十分にある。
「何か面白いものはあった?」
「見てください! これ、たこ焼きの鉄板にそっくりです。何に使うと思います?」
「んー、なんだろう? この世界にもたこ焼きがあったのか?」
丸い鉄板に半球形の穴がいくつも空いた調理器具は、どこからどう見てもたこ焼きを作る鉄板に見えるのだが、実は卵料理に使う鉄板らしかった。
「茹で卵をこの穴に乗せて燻製機に入れたり、かまどの火に掛けたりするそうですよ」
「なるほど。たこ焼きも作れそうだし二枚買っておくか。一枚はナカミチのお土産にしよう。あのおっさん、こういうの好きそうだからな」
たこ焼き用の鉄板……じゃなかった、卵料理に使う鉄板は一枚あたり銀貨11枚だ。
その後も俺とユナは、家畜や農具の店を見学したり、焼き鳥を買い食いしたりして商店街の端までを見て回った。
「何とも言えない田舎風の商店街だったなあ」
「そうですねー」
のどかではあるが……正直なところ何もなさ過ぎて半分飽きてきた俺は、見た目からしてボロボロの宿をぼけーっと眺めていた。
すると十数名の冒険者っぽい一団が、宿からぞろぞろと出てくるのが見える。その冒険者たちは、宿の手前で雑談か打ち合わせだかをしたあと、それぞれが大荷物を背負ったりリヤカーを引いたりしながら南へ続く街道に消えていった。
暇を持て余していた俺は冒険者の人数を数えてみたが、全て男性で総勢十四人のパーティーだった。
「あのボロい宿は冒険者の宿なのかな? 冒険者だよな? あんなに大所帯だと旅芸人の一座みたいだなあ……」
「組織的に動いているような感じがしましたね。最後に宿を覗いてみませんか?」
俺はハヤウマテイオウの手綱を宿の手前にある木に括りつけて、ユナと一緒に宿の扉を開いた。
見た目に酷い外見の通り、宿は中身もボロかった。一階部分の半分は酒場になっているようだが、椅子やテーブルは随所に修理の跡が見られる。荒れくれ共の溜まり場という表現が一番しっくりときそうな酒場だ。
「見ない顔ね。ここは難しい依頼しか来ないから、北の宿に行った方がいいわよ」
掲示板の依頼書を見ているユナが、誰かに話し掛けられた。こんなオンボロ宿には似つかわしくない、派手な化粧とドレスで着飾ったバインバインの姉ちゃんだ。
「あ、すみません。ちょっと興味があって……お姉さんも冒険者なんですか?」
「やあねえ、私はこの宿の女主人よ」
女主人はウェーブのかかった長い黒髪をかき上げながら笑った。ちょっと派手なのを除けば普通のお姉さんにしか見えないが、何かとヤバそうな店を良く切り盛りできるものだ。
「そういえば、さっき出て行った冒険者の人たちはどんな依頼を受けたんですか?」
「あの連中は遺跡に向かったのよ。定期的に町まで戻っては物資を補充して、また懲りもせずに遺跡の奥へと進んで行くの。ああなったらもう病気ね」
やれやれと溜息を付く女主人だが口元だけは笑っている。見た目に反して冒険者の宿の主人らしい風格を感じてしまった。
ユナと女主人の雑談を聞き流しつつ、俺も掲示板に張り付けてある依頼書を軽く見て回ったが、素材や討伐モンスターの名前を見ても毎度の事ながら全くわからない。
「相変わらず、モンスターの名前を見てもさっぱりだ……」
「私も知らないわよ。実物なんて見たことないから。尤も、ここに出入りするような冒険者なら大抵の化け物は知っているから、私の仕事は食事と寝床の面倒を見ることくらい」
「随分と勝手の違う宿なんだなあ」
「先代が亡くなったときに、常連の冒険者がどうしてもと言って存続させた宿だから……」
いろんな宿があるものだな。世間話のついでにわかったことだが、この冒険者の宿はしょっちゅう酒場で乱闘騒ぎが起こるので、近所の住人は誰も近寄らないらしい。
常連の冒険者に愛されているわりには最悪の営業妨害を同時に受けるという、なんとも不思議な宿だ。ここの女主人もいい人過ぎるだろう。
冒険者の宿を後にした俺とユナは、ハヤウマテイオウに乗ってのんびりと元来た道を歩いている。
「ああいう冒険者の宿もあるんだな。また一つ勉強になった」
「そうですね。依頼の難易度がわからずじまいだったのは残念ですけど、あんな規模の冒険者パーティーが存在しているのも興味深かったです」
冒険者といえば三、四人から、多くても六人程度のパーティーが一般的だ。場合によっては複数のパーティーが協力する場面もあるようだが、一つのパーティーとしてあそこまでの大所帯は見たことが無い。
大規模な遺跡探索になるとあのくらいの人数が必要なのか? 規模が大きいとパーティー全体の維持や報酬の管理も大変そうだ。日頃から不満のあるグループが揉めたら容易に分裂しそうだし、リーダーは大変だろうな……。
「そういうのはやっぱり、腕っぷしの強いリーダーが仕切ってるんじゃないですか?」
「やっぱりそうなるのかなあ?」
帰り道はおおよその距離がわかっているので気が楽だ。俺とユナは夕方前に宿まで戻れたらいいかという軽い気持ちでカナンの町の景色を堪能した。
結局、宿に戻ったのは辺りが薄暗くなった頃だ──。
俺とユナが宿の部屋に戻ると、お肌ツヤツヤのサキさんがリビングのソファーで寛いでいた。
「満足されたようで何よりだ」
「うむ!」
サキさんの隣には疲れ切った顔のエミリアがセルフ放置プレイを堪能している。
「なんだいたのか」
「はい」
寝室の方を覗くと、湯たんぽを抱えて猫みたいに丸くなっているティナの姿が見えた。
「ティナは大丈夫?」
「何とか平気よ……今日の晩ご飯どうしよっか?」
「出歩くのも辛いだろうし、何か買って来よう」
「それなら私が買って来ますよ」
「わしも付いて行くかの。五人分は重かろう」
ユナとサキさんはその場でどうするかを決めると、すぐに立ち上がって部屋を出て行く。
「ミナトさん、私からは遺跡に関する経過報告があります」
俺とエミリアはソファーに座って向かい合った。
「まず換金できたものですが、全部で銀貨8万8000枚になりました」
「思ったより少ないな……」
「そうですね。この中に魔道具は含まれていないので、不要品を売却すればもう少し増やせると思いますよ」
なるほど。アサ村には銀貨10万枚ほどの取り分があれば十分かなと考えていたが、このままでは少し足りない感じだな。
「それから、魔装置のプレートでテレポートした先の部屋は、私たちが探索した遺跡の中心部に位置していました。なので今は部屋と遺跡を繋ぐ通路を作っているところです」
「結局壁をほじることになったのか?」
「どうしても狭いですからね、テレポートの事故が起こらないようにある程度広い空間が必要なのです」
「うん……まあ、お疲れさま。お金や魔道具は家に帰ってからでいいよ」
『………………』
何だか嫌な予感がしたのでソファーから立ち上がろうとしたのだが、エミリアにスカートの裾を引っ張られた。
「それで、一つ相談したいことがあるんですけど……」
「ほら来たー、もう聞きたくないー」
「ゴーレムの研究をしている導師が、本物の鋼のゴーレムと聞いて是非回収したいと言っているのですが……攻撃魔法で強引に破壊したら遺跡ごと台無しになるので、何とかして貰えたらと……」
エミリアは俺のスカートを引っ張ったままの状態で強引に話を聞かせてくる。聞いたが最後、結局気になって力を貸してしまう俺の性格を的確に突いてきやがった。
「あのゴーレムは今の戦力だと倒せない結論が出たから穴埋めにしたんじゃないか。倒せる武器を手に入れるにしても、一度王都に帰らないとどうにもならんぞ?」
「急ぎの依頼ではないので、出来るときにお願いします。送り迎えは儀式テレポートを使うので完全な日帰りも可能ですし……」
散々ミスリル銀製の強力な魔剣とか魔槍が無いと戦いにならないと言ってたのに、知恵や小手先でどうにかなるとは思えない。魔法の矢も効かなかったし……。
まあ日帰りできるなら、色々試して安全に倒す方法を見つけられるかも知れないが。
俺がしわしわになったスカートの裾を直していると、ユナとサキさんが買い出しから戻ってきた。
二人が買ってきたのはタコスのような食べ物だが、骨付きの鶏足が丸ごと入っていたり、ブロックのようなブツ切りベーコンが肉汁まみれの状態でゴロゴロと押し込んである物凄い料理だった。
「そっちの酷い食べ物はサキさんとエミリアさんの分です。私たちのはもっと常識的なやつですよ」
「安心した。肉食獣ごっこでも始めるのかと思った」
「それを食べるのかと思っていたから胸焼けが……」
俺とティナとユナの三人は、今にも吠えだしそうな勢いで食べるサキさんとエミリアの壮絶な食事風景が視界に入らないようにして、慎ましく食べた。
食事が終わってサキさんが酒を飲み始めた頃、今日は俺とユナとエミリアの三人で風呂に入ることにした。
「あの、私は経過報告と夕食が終わったら帰る予定なのですが……」
「エミリアお前、もう二日も風呂に入ってないじゃないか……やっぱり、下着もアサ村で着けてたやつのままだ」
俺がエミリアのローブの首元に指を引っ掛けて中を覗くと、見覚えのあるブラジャーがあった。最近はまともになって来たと思っていたのに、着替えてすらないのか。
「遺跡の方が忙しくて……召喚魔法に関しては私がスペシャリストなので責任が……」
「いやあ、もう、そういうふうになるんだったら、今度から遺跡探索の冒険にエミリアは誘えないな……」
「そうですね。着替えもしなくなるようなら、もう誘えませんね……」
「エミリアが何か言ってるの? まさか下着すら替えてないだなんて言わないわよね?」
寝室の方からティナの不機嫌そうな声が聞こえたとき、本能で何かを察知したエミリアは慌てて浴場への連行を承諾した。
俺とユナとエミリアという世にも珍しい組み合わせで浴場に移動した俺たち三人は、さっそく脱衣所で服を脱ぎ始める。
「この時間帯だと絶妙なタイミングで空いてるんだよなあ」
俺たち以外に誰もいない……とまではいかないが、今は個人客が二人ほど入っている程度だ。
「じゃあ中に入ろう。エミリアは上から下まで全部洗って貰うからな」
「はい……」
俺とユナは両脇からエミリアを挟んだまま風呂場入りした。アサ村の露天風呂は寒かったから大目に見ていたが、今日はキッチリ洗って貰おう。




