第140話「大部屋の意味がない」
夕食は前回ジャックがはしご酒をしていた時に、途中でリタイヤした俺とティナが回れなかった店に行こうと決めた。
「何軒かあるんですけど、せっかくなので持ち帰りのできない店に案内しますね」
ユナを先頭にして宿からそれほど遠くない場所にある店に案内された俺たちは、薄暗くて狭い階段を上った。店というよりもボロアパートの二階に続く木の階段と言った方がしっくりくる感じだ。
「何だかすごい所ね」
階段を上って廊下の突き当りまで行くと、店の扉の横にはメニューの書かれた小さな看板が立っている。その看板はランプで照らされているが暗すぎて殆ど読めない。
演出はオシャレなんだけど、いまいち上手くいっていないクオリティーの低さに妙な親しみを感じてしまう。
店内はゴチャゴチャとしていて、まるで雑貨屋のようだ。店の主人は白髪交じりの髭を蓄えた渋いおっさんで、仕込みの手を休めないまま愛想笑いで返してくる。
「今宵のおすすめを四人前頼もうかの。それから、虎のラベルが貼ってある酒をくれえ」
「はいよ。全員兄ちゃんの女かい? テーブルは適当に繋げて構わないよ」
「うむ」
うむ、じゃねえよ。サキさんはテーブルを勝手に動かすことに対して返事をしたのだろうが、随分と誤解を受けそうな返事の仕方じゃないか。
「ミナトもこっちに来て手伝わんか」
「むーっ!」
俺たちがテーブルを囲んで、サキさんのコップから二杯目の酒が無くなった頃、ようやく料理が運ばれてきた。
皿に乗せられた料理は、数種類の肉と野菜とパイ生地のようなものが層になっている不思議な創作料理だ。見た目の大きさ的に足りないんじゃないかと思ったが、実をほぐして周りのソースに絡めると、思ったよりもボリュームが出てきた。
「増えるワカメみたいね。野菜だけじゃなくてお肉も増えてるわよ。不思議だわ……」
ティナに言われて良く観察すると、野菜以外の具も増えているように見える。一体どうやって作っているのか見当も付かないが面白い料理だ。
ちなみに味の方はそこまで良くなかった。増えるのは面白かったが全体的に食感が悪いせいだ。店の前の看板もそうだが、この店は肝心なところが抜けてしまうようだな。
「わしはもう暫くここで飲むことにするわい」
「俺たちは宿に戻るぞ。まあ、明日も一泊するから好きなだけ飲めばいい」
「そうさせて貰おう」
飯を食い終わって一息入れていた俺たちは、サキさんをその場に残して宿に戻った。
宿に戻った俺とティナとユナは三人で歯を磨いたあと、ティナだけそのまま部屋に戻り、俺とユナは宿の浴場へと向かった。
この宿の浴場は女湯でも結構広くて快適な場所だ。俺たちが脱衣所で服を脱いでいると、ちょうど団体さんと入れ違いになる。
「いい感じに風呂が空いたなあ」
「そうですね……」
ガランとした風呂を見渡す俺の腕にユナが抱き付いてきた。
「手作り露天風呂も悪くはなかったけど、ちゃんとした壁のある方が安心できるな。髪を洗ってる最中に変な動物が出てきたら最悪だからなあ……」
俺はしみじみと言ったが、ユナは抱き付いたまま腕を離してくれない。前にもこんな事があったなあと思った俺は、ユナを真正面から抱き返してやった。
「どうしたー?」
「ごめんなさいミナトさん、もう少しだけ……」
俺とユナは風呂場の出入り口を塞ぐような位置にいるので、俺は他の客が来ないか気を使いながらユナの気が落ち着くのを待った。
しかし……俺とユナは背丈が殆ど同じなので、真正面から抱き合うとおっぱい同士が潰れ合ってしまう。せめて左右のどちらか半分に位置をずらせば、山切りカットの要領で互いのおっぱいが上手く嵌ると思うんだが──気にし過ぎか。
俺がくだらない事を考えていると、ようやくユナの方から腕の力を抜いてくれた。
「大丈夫?」
「はい、もう大丈夫です」
俺から離れたユナは、何事も無かったような顔をして洗い場の隅っこを陣取った。宿の浴場や銭湯では、いつも端っこの方に寄るのが俺たちの癖になっている。
結局ユナの真意はわからないままだが、とりあえずユナと隣同士に並んで髪と体を洗ってから湯に浸かった。
風呂から上がって荷馬車のドライヤーで髪を乾かし終えた俺とユナが宿の部屋に戻る頃には、サキさんも酒飲みから戻っていた。
宿の部屋はリビングと二つの小さな寝室に分かれているのだが、なぜか全員で小さな寝室に集まっている。
「備え付けのぺらい毛布だと、夜中に寒いかもしれん……」
「うむ……荷馬車から毛布を取ってくるわい」
サキさんが毛布を取りに行こうと立ち上がったので俺も一緒に行くことにした。髪を乾かしたついでに持ってくれば良かったんだが、その場で気が付かなかったものは仕方がない。
荷馬車に収めてある厚手の毛布を四枚取り出した俺は、サキさんに三枚渡して再び宿の階段を上った。本当は二枚ずつ持つ気でいたが、サキさんは余裕そうなので三枚任せることにした。小さく折り畳んだ厚手の毛布は思ったよりもかさばるので助かる。
「せいっ!」
「ほいっ!」
部屋に戻ったサキさんは、ティナとユナが寛いでいる寝室に毛布を三枚投げた。俺も自分で持ってきた毛布を同じ場所に投げた。
「今日は全員ここで寝るの?」
「何で全部こっちに置いたんだろう? まあいいや、寝よう」
ベッドの一つはティナ、もう一つは俺とユナ、二つのベッドに挟まれた通路の地べたには何故かサキさんが寝転んで、俺たち四人はそのまま寝てしまった。
サキさん、ここで寝るのは構わないが、隣の寝室からマットだけでも持ってくればいいのに……。
翌朝、珍しくダラダラと起きた俺たち四人は、男女に分かれて浴場の洗面台で朝の支度をしたあと、宿のロビーに集まっている。
「朝飯はどうしようか? ティナは食べられそう?」
「できれば軽いものが欲しいわね……」
「ここで注文してから部屋に運んで貰いませんか? あまりうるさくない場所の方がいいでしょうし」
「わしは部屋に戻っておるわい。適当に注文してくれえ」
サキさんは言うことだけ言って、そのまま宿の階段を上って行ってしまった。仕方がないので適当に朝食を頼んでから、俺たち三人も部屋に戻る。
暫くすると部屋に朝食が運ばれてきたので、早速リビングにあるテーブルに広げて貰ってから、俺たちは遅めの朝食をとった。
朝食は何てことはない、パンとスープにベーコンエッグが付いたモーニングセットのようなメニューだ。
「今日はどうするかな?」
「男専門のエステサロンがあるらしいから、今日はそこに行ってみるわい。それが済んだら銭湯だわい」
「まさかとは思うが、いかがわしい店じゃないだろうな……」
「貴族や金持ちのイケメンが集う店らしいのだ。女人は禁制である。残念だの?」
サキさんは自慢げな表情で俺を見下した。興味ないから別にいいけど、無性にむか付く。
「私は昨日回れなかった場所を見てきます。カナンの町の南側にも街道が伸びてますから、南は南で栄えているそうですよ」
「そういえば、カナンは縦方向に長い町だったな」
「ミナトさんとティナさんはどうするんですか?」
「私は今日一日部屋で休憩してるわ。ミナトはユナに付いて行ってあげて」
「うーん……じゃあ夕方までには帰ってくることにしよう」
できれば具合の悪そうなティナを置いて遊びに行くのは気が引けるのだが、昨日のユナを思い出すとこっちの方が心配なので、今回はユナに付いて行くことにした。
普段から自宅待機することが多い俺としては、ちょっとした探検気分を味わえそうだ。
「三人ともこれを持って行って」
「ん?」
「ティナさんの髪飾りですね……」
「どういうことかの?」
町に出掛けようとする俺たち三人に、ティナは自分の髪飾りを配った。
「もし緊急で集合しないといけない状態になったら、その髪飾りが……こんな感じで手元から消えるのはどう?」
ティナが魔法の杖を一振りすると、俺が手にしていた髪飾りがふわっと消えてティナの元に戻った。
「アイテム召喚を特定のメッセージとして使うのか。離れていても緊急事態が伝わるのは便利だな」
「なるほどの。次からはもう少し男らしい物を用意してくれぬか?」
「そうね。考えておくわ」
「では、行きましょうか」
「ああそうだ、男サロンの相場はいくらだ? 少し多めに持って行けよ」
「うむ!」
俺とユナはハヤウマテイオウに、サキさんは白髪天狗に跨って、それぞれ思う方向に向かって走った。
カナンは縦方向に長い町だ。東西に伸びる街道が町の北側を貫通しているので、必然的に北側の方が栄えている。南側は昔ながらの住宅街で栄えているらしい。
ユナの後ろに乗って町の景色を眺めていると、町の半分も行かないうちから民家の多い住宅密集地のような場所に出た。裏道という訳ではなさそうだが、密集し過ぎて日当たりの悪い場所だ。
「こうして見るとマラデクの町の方が整備されてるし清潔感もあるよな」
「ここはまだ北寄りなので建物が密集してますけど、もう少し奥に行けば田舎っぽい風景になるそうですよ」
町の南北を繋ぐ大動脈のはずなのに狭く込み入った通りを抜けると、だんだん建物の密度が薄くなり始め、ついには農村一歩手前のような風景になってしまった。
「凄い変わりようだ。こっちの村一歩手前の町並みがカナン本来の姿なんだろうな」
「そうかも知れませんね。南側にも街道伝いに流通があるので、もう少し行くとお店や宿のある場所に出ると思います」
そこから暫く進むと、見渡せる程度の規模ではあるが古びた宿と銭湯が現れ、その奥には様々な商品が並ぶ商店街の一角が見え始めた。




