第139話「カナンの町、再び」
何事も無くカナンの町に入った俺たちは、前回の遺跡探索でも利用した「この町で一番高価な宿」の手前で馬を止めた。
「部屋を取ってくるから、必要な手荷物だけをまとめて置いてくれ」
俺は荷馬車の御者席から飛び降りて、宿のカウンターに向かう。重厚な扉は半分開いているが、俺は扉の一歩手前で前髪とズボンの裾を払ってから宿に入る。
「ツインとダブルを一部屋ずつ空いてますか?」
「申し訳ございません。本日はダブルが一部屋と三階の大部屋のみ空きがあります」
む? まだ昼過ぎくらいなのに、今日は日が悪かったかな……。
「大部屋って言うのはどんな感じなんだろう? 男一人と女三人の予定だけど……」
「リビングを挟んで二つの寝室が別れてあります。普段はご家族や付き人を連れたお客様がご利用になられますよ」
「なるほど、大部屋でお願いします。一泊……二泊三日で、外に馬四頭と荷馬車があるのでそれもお願いします」
「承りました。では合計で……銀貨580枚になります」
俺はサインをしてから金貨12枚を支払って、お釣りの銀貨20枚と大部屋の鍵を受け取った。
俺が宿のカウンターでいくつか質問をしていると、ティナとユナとサキさんの三人も手荷物を持ってカウンターに集まってくる。
「今日は混んでるみたいで、ファミリー向けの大部屋しか取れんかった」
「仕方ないですね。とりあえず部屋に荷物を置きに行きませんか?」
三階の大部屋に移動した俺たちは、リビングに荷物を置いて足を伸ばす。備え付けのランプは使わずに魔法の明かりで部屋を照らすのは毎度の事だ。
「なかなか座り心地のいいソファーだなあ」
部屋を見渡すと、上着や帽子を掛けるハンガーと水差しを置く小さな棚が目に入る。リビングはあまりゴテゴテしていない感じだ。ソファーの座り心地から考えると調度品の品質は良いのだと思う。
「左右にある寝室はベッドが2つずつ置いてありますよ」
「寝床はどうとでもなりそうだの」
「これからどうするかな? 二泊三日で取ってあるから、ユナは自由に散策して来てもいいぞ。今回は天気もいいし色々見て回れるんじゃないかな?」
「ほんとですか? じゃあ行ってきます!」
夕方までには帰って来るように言うと、早速ユナは普段着に着替えて町に繰り出した。
「わしは武器屋に寄った後で銭湯に行くわい」
「サキさんのは普通の武器屋じゃなくて、魔剣とかを置いてある魔法の店だろう? ユナと一緒に行くのが確実だと思うけどな」
「そうかも知れんの!」
サキさんは下半身の鎧だけを脱いだ中途半端な状態のまま、愛用のお風呂セットを抱えて部屋を飛び出した。
兜は取っているが上半身の鎧がそのままなので、インナーの鎖帷子が脱げないのは苦しそうだ。明日ゆっくり見に行けばいいのにと思ったが、あとの祭りである。
「ティナはどうする?」
「私は誰も居ないうちにお風呂に入って来るわ。ちょっと……来ちゃったから明日はだめかも」
そうかあ、大変だなあ……。
今までの冒険も毎回誰かの予定と重なっていた気がするけど、冒険に出てから家に帰るまでに二人連続で重なってしまったのは今回が初めてだ。
ユナは自分で軽いと言ってるようにあまり辛そうではないが、ティナは本気で動けなくなるほど酷いから、できれば冒険とは重なって欲しくない。
今日は宿だからまだいいけど、これが移動中だと最悪だ。荷馬車は路面の悪さが直接尻に響いてくるので足止めを食らう。
ちなみに俺のは軽いとか重いとか以前に心がへし折れて我慢ができなくなるタイプなので、自分でも情けないと思う。
ティナもユナと同じように普段着に着替えてから風呂に行ってしまったので、一人で部屋に残された俺も普段着に着替えてから、煤や砂で汚れた冒険着をまとめて宿のクリーニング屋に預けておいた。
「………………」
誰も居ないと暇だな。俺は部屋の換気がてらに木窓を開けて外の様子を窺った。
昼間は秋服のまま運動をするとまだ汗ばんでしまう日も多いが、朝晩は結構な肌寒さだ。昼夜の気温差があるので冒険中は特に気を付けないといけないだろう。
三階とはいえ、この部屋は町の外側を向いているのであまり面白い景色は見えない。森の中もそうだったが目に見える木々は青々としていて、秋の空気とは裏腹にまだまだ紅葉を楽しめる風ではなかった。
山の奥の方は深みのある紅色や山吹色に染まりつつあるのだがなあ……。
俺が木窓から外を眺めていると、風呂から上がったティナが部屋に戻って来た。髪はきれいに乾いているので、荷馬車に寄って乾かしたのだろう。
「ミナトも着替えたの?」
「うん。折角なんで宿のクリーニングに出しておいた。煤とか砂とかで結構汚れたしな」
ティナは手荷物を持って寝室の方へと歩いて行く。今回はサキさんも同じ部屋なので、やっぱり寝室でないと落ち着いて出来ないこともあるよな。俺はティナが選んだ方の寝室にユナの手荷物を移動させた。
一番いいのはもう片方の寝室からベッドを1つ持ってくることだが、寝室の広さを見る限りベッドを3つも並べるのは難しそうだ。
「ミナトはサキさんの方で寝るの?」
「ユナは普通の女の子だからなあ。俺とは違って男のサキさんと一緒に寝るのは抵抗があると思うし……」
俺がそんなことを言うと、ティナは俺をベッドの上に座らせてから、両手で俺の頬を包んだまま自分の胸元に寄せてきた。
「あのね、ミナトも女の子なのよ。サキさんなら大丈夫だと思うけど、他の男の子にも同じような感覚でいたらダメよ?」
「う……んんん?」
「ミナトみたいな可愛い女の子が無防備に接してきたら、その気になっちゃう男の子もいるってことよ」
ティナは俺の頬をうにうにしたあと、自分のおっぱいに顔を埋めさせて俺の肩をぎゅーっと抱き抱えた。
俺はティナのおっぱいとブラジャーの間に挟まっている乳パッドの感触が邪魔だなあと思う半面、風呂上がり特有の甘い匂いと体温に癒されてしまった。
「いいわね? わかった?」
「うん!」
俺がティナに抱き付きながら答えると、ティナは俺の頭を撫で始めた。心地よくなった俺は暫くそのままの体勢で甘えていたのだが、誰かが部屋のドアを開ける音がしたので仕方なくリビングに戻ることにした。
部屋に戻って来たのはユナだ。サキさんとは帰り際に別れたらしい。まあ、やつの行き先は銭湯なんだけど。
「何か面白いものはあった?」
「サキさんと魔道具の店に行ってきました。なぜか武器防具の品揃えが良かったですよ」
需要がありそうな物は王都に集中するのだと思い込んでいたが、ある所にはあるらしい。
「魔法の革鎧がいくつかあったので見て回ったんですけど、男性専用の物しか置いてなかったのは残念でした」
「胸当ての部分が男性的な筋肉の形になってるやつだよな。あれは恥ずかしくて付けられんわ」
「ですよねえ……」
そういえば俺の胸当ては弓の弦がおっぱいを弾かないようにする為のやつだし、ティナの籠手は最初に買った安物だし、ユナのは単純に革のベストだから、どれもモンスターの攻撃を受け止められる防具じゃないんだよな。
「全身を鋼鉄で覆ってるサキさんはいいとして、やっぱり俺たちには魔法の防具が欲しいな。前から言ってる事だけど、障壁の腕輪も壊れたままだし早めに次の手を打ちたい」
「それなら明日みんなで行ってみますか?」
ユナの提案を聞いていたティナは、ごめんねと言いながら両手の人差し指で小さく×(ペケ)の字を作る。ユナにはそれだけで意味が伝わったようだ。
「そういえば、ティナが籠手を使うのは何か意味があったっけ?」
「危ないと思ったときに、腕を盾代わりにしそうだからその保険だったのよ。でも籠手を付けない方が魔法の集中に有利だから、今の私には要らない気がするわね」
「なるほど。それなら俺の胸当てとユナのベストをもう少しマシなものに変えるか……」
「そうですね。何もしないよりはマシでしょう……今になって思えば、障壁の腕輪が一番使い勝手が良かったような気もしますね」
だよなあ。最初はお試し感覚で買った障壁の腕輪だけど、最終的には全滅を回避させるくらいの活躍をした。もう一個売っていたら倍の値段でも買うんだが……。
「ところでサキさんの武器はあったの?」
「気になる武器はあったみたいですけど、ミスリル銀じゃなかったので諦めていました」
「そっちも収穫なしか」
「ミスリル銀の魔道具はいくつかありましたけど、小振りのナイフでも結構しますね」
「素材価値だけで金の150倍はありそうだからな」
「そんなにするんですか?」
俺も自分で言ってから違和感を感じたので脳内計算してみた。素材価値で金貨120枚の偽りの指輪を溶かしたら、金貨よりも一回り小さい程度の体積だろうから、素人計算ではあるが、やはりミスリル銀は金の150倍程度の価値があると見て間違いない。
そこから魔法の効果が価格に上乗せされると恐ろしい価格になる魔道具も多いだろう。
「魔道具との巡り合わせは時の運だから、ミスリル銀の武器は慌てずに探しましょう。それよりも王都に帰ったら、もう少し質の高い防具を買い揃えるべきね」
「強化の魔法を使うのが前提になるとして、俺たちは今まで通りレザー製の防具で良さそうだな。軽くて型崩れにも強い材質は今のところレザーだけだ」
「カーボンやプラスチックが無いのは不便ですよね……」
俺たちが防具について話し合っていると、サキさんも町の銭湯から戻ってきた。荷馬車で髪を乾かすついでに鎧は置いてきたらしい。今は愛用のお風呂セットだけを抱えている。
「飯どうしようか? 今日はエミリア来ないのかな?」
「あの人、肝心なときはいつも予定がわからないですよね」
「ほんと気配りの足らん女だよな。遅くなったら酒場しか行く場所なくなるし、今日は俺たちだけで食いに行こうか」
食べ物でエミリアを見捨てる発言をすれば普段は即座に現れるのだが、結局エミリアは来なかったので、今晩は珍しく俺たち四人だけで外食することにした。
「町の中でも日が落ちると冷えるわね」
宿から出ると微妙に寒かったので、俺たちは荷馬車からマントを取り出して羽織ることにした。
「サキさんのマントは丈が長くていいよな。俺たちのは短いから微妙だなあ」
「ならばわしの隣に入れば良い」
俺が愚痴ると、サキさんは片手で自分のマントを広げて見せた。これは、中に入れということだろうか?
「一瞬サキさんがカッコ良く見えたけど、ホモ戦士にキュンとしても虚しいだけだから遠慮するわ」
「ホモ侍である。いい加減に覚えんか」




