第127話「男湯が一番の薬」
俺が風船のようにプカプカと浮いているサキさんを連れて広間へ戻ると、澄ました顔のエミリアが椅子に腰掛けていた。
「エミリア、今朝からサキさんの朝立ちが収まらんのだが、何が原因だろうか?」
「なんでしょう?」
「これなんだけど……サキさん、ちょっとこっち向けて」
「うむ」
俺はサキさんを半回転させてエミリアに股間のテントを見せた。エミリアは一瞬顔を引きつらせたが、その巨大なテントの迫力から目を逸らすことが出来ずにいる。
……何となくエミリアの気持ちがわかってしまう自分が悔しい。
「一向に収まる気配が無いんだが……」
「でこうなりすぎて痛み出したのであるが……」
「……う、うぅーん……」
「カルモア熱にこんな症状あるのか? 俺はモーリンの薬のせいだと思っているんだがな」
「ちょっと聞いてきます」
エミリアはその場でテレポートして消えた。
俺はサキさんを椅子に座らせたが、まさかチンチンをさすってやるわけにもいかんので痛いのは我慢してもらうしかない。
そんなことをしていると、朝の支度を終えたユナとティナが朝食を運んできた。
「エミリアはどうしたの?」
「モーリンがくれた薬の効果を確認しに行ったんだが、すぐに戻ってくるだろう」
エミリアはすぐに戻って来た。
「薬は間違えていないそうです。少しだけ精力剤を配合していたみたいですけど」
「少しだけ? 寝ている間もこんな感じだったぞ?」
「導師モーリンも首を傾げていましたが、た、溜まっているだけではないかと……」
「昨晩は抜いておらぬからの」
実年齢14歳のユナがいるんだから、溜まっているだの抜くだの言うのはやめて欲しいぞ。それに朝の食卓でするような会話ではない。
朝食のあとエミリアは魔術学院に戻ったので、俺たちは今日の予定を話し合うことにした。
「とはいえサキさんは動けないか。ユナも今日はしんどいだろう。俺とティナはサキさんの看病があるから自宅待機だし……」
「しばし部屋まで移動させてくれい。ここでは事に至れぬでの」
「あー、はいはい。終わったら壁ドンで呼んでね」
俺とティナはサキさんを部屋に移動させたあと、ユナと一緒に三人で自室に戻った。
「……随分改良が進んだわね」
俺たちは今、股に挟むやつを作っている。とはいっても、最初の頃に比べると細かな改良が進んで複雑になってきているので、不器用な俺では型紙に沿ってガーゼを切り分けるくらいしか手伝えないのだが……。
ちなみに今は二種類を使い分けるようにしてある。ティナ&ユナ曰く昼用と夜用で多い日も安心らしい。元男の俺でも良く知っているフレーズだ。
これからもお世話になります。
「三者三様の癖がありますからね、ミナトさんも気になる所があれば言ってくれると助かるんですけど」
「そうだなあ……仰向けの体勢で寝ていたら、尻の割れ目を伝って漏れそうになったことがあったな。はっとして押さえたからセーフだったけど」
「ありますよね」
「割れ目にそって密着させておくしかないわね……」
「それだと何ていうか、そのー、んー、何かフタをされているような感じで屁が出ない……あー、もういいや、サキさんの様子見てくる!」
恥ずかしくなった俺は、女の子会議を放棄して自分の部屋を出た。
俺が自室を出て廊下を歩いていると、玄関のドアをノックする音が聞こえてくる。今まさにタイミング良く──ではなく、何度もノックを繰り返しているような感じだ。
「はいはい、今出ますよ」
俺が玄関のドアを開けると元貴族のウォルツが立っていた。こいつの青い髪は目立つのですぐにわかった。
「突然押しかけて済まない。二日ほどサキさんの姿がないので様子を窺いに来たのだが」
「ああ……剣技大会の練習をしてたんだったな。サキさんはカルモア熱でダウン中なんだ」
「アレかぁー……今はどんな調子なのか?」
「二階の手前がサキさんの部屋なので会ってやってくれ。今は自室で修行中だ」
「そうか。では折角なので挨拶をしてから帰るとしよう」
……靴のまま家に上がり込もうとしたウォルツを止めたのは言うまでもない。
「忘れる所だった。強面親父からこれを預かってきたので受け取って貰いたい。今朝届いたものだ」
「手紙かな? こういうのは初めてだ。ありがとう、確かに受け取ったわ」
俺は手紙を受け取ってから、一緒に階段を上がった所でウォルツと別れた。サキさんの部屋では見たくないものを見てしまうかも知れないが、男同士なんだし仲良くやってほしいと思う。
結局俺は、また自分の部屋に舞い戻ってしまった。
「誰か来てるの?」
「ウォルツが心配して様子を見に来てくれたようだから、サキさんの部屋に通してきた」
「……そう。大丈夫かしらね?」
「さあ……」
サキさんが自分の部屋に籠っている意味を知っているティナは、少し心配そうだった。
「ウォルツから手紙を渡されたんだが。冒険者の宿留めで俺たち宛てにきた物だ」
「依頼書じゃないんですね。なんて書いてあるんですか?」
「なんだろうな? ちょっと読んでみようか」
手紙……といっても巻物のような形だが、ニートブレイカーズ宛なのに差出人の名前が不明という怪しげな手紙の封印を剥がして、俺はロール状の紙を広げた。
手紙はA5用紙くらいの大きさだろう。紙質が良くないのか、至る所にペン先の引っ掛かりがあって、ちょっと読みづらい印象がある。
「ん~……拝啓ニートブレイカーズ様、以前お世話になった……アサ村のジムです。本格的な刈り入れを迎える折り、ゴブリンが居た洞窟の閉鎖作業をしていたところ怪しい横穴を見つけました。村長の話では古い遺跡かもしれないので……」
「あの時は地面ばかり調べて、壁の方は見てなかったわね」
「アサ村って、まだ私が居ないときに行った村ですよね?」
「そうそう、俺とティナとサキさんで、カナンの町から歩いて行ったんだよな」
ジムはアサ村でゴブリンの巣まで案内してくれた青年だ。手紙にはまだ続きがある。
「……横穴が開いて以来不気味な唸り声がするので、是非一度相談に乗って頂ければと思います。追記、横穴を塞いでも唸り声が止みません……」
途中まではフンフンなるほどと読んでいた俺だが、最後の一行で怖くなった。
「呪いの声だったりして……ホラー映画だと村人全員がゾンビになってる流れよね……」
「もう、やめてください。ゾンビとかグロいのはダメなんですよぅ」
ユナは俺の腕を掴んだ。まあ、何というか、俺もリアルゾンビには会いたくないな。
「あそこはエスタモル銀貨と偽りの指輪を拾った場所だから、古代遺跡で間違いないだろう。唸り声の原因が事件の兆候だったら困るし、調査には行くべきだな」
「そうね。今晩どうするか話し合いましょう」
ティナは夕食の準備をしに調理場へ、ユナはこのまま部屋で作業中なので、俺はサキさんの様子を見に行くことにした。
「サキさんいるか?」
俺はサキさんの部屋をノックしてみたが、返事がないのでドアを開けて確認するとサキさんは居なかった。自力で出歩ける状態ではないはずだが、ウォルツと何処かへ出掛けたのだろうか?
書き置きでもないかとサキさんの文机や広間のテーブルを確認するが何もない。最後に馬小屋を覗くと白髪天狗が見当たらないので、やはり何処かへ出掛けたようだ。
「ウォルツと一緒なんだろうが、病人なんだし何処へ行くのかくらい教えろと思った」
「そうね。本調子じゃないから心配だわ」
調理場の勝手口から馬小屋を覗いていた俺が文句を言うと、ティナもそれに同意した。
俺は暖炉前の本をきれいに片付けてから、布団のシーツを敷き直す。今日もここで寝ることになるだろうしなあ。
俺がソファーに腰掛けて本を読んでいると、何処からともなく現れたエミリアがテーブルの席に着いていた。
「前から思っていたが、魔道具大全みたいな本はないのか?」
「独自に資料をまとめている魔術師ならいるかも知れませんが、本にするのは難しいと思いますよ」
「そうなのか?」
「一品物が多すぎるのです。カテゴリ別けも不可能なほど膨大になるでしょう……」
なるほどなあ。解放の駒はいくつも製造されていたようだが、基本的に魔道具の生成は魔術師だけが可能なので、必然的に実験や知的好奇心を満たすようなマジックアイテムが多くなる。そんな作り方をしていると一品物ばかりになるのだろうな。
障壁の腕輪がいい例だ。魔道具としては失敗作の部類だと思うが、もう一つ欲しくても手に入らない。
「参考にする資料がない状態だと、魔道具の鑑定はどうやるんだ?」
「魔術師が魔道具の魔力を感知すれば、魔力の質や強さからどんな効果が宿っているのか感覚でわかるんですよ。その代わり、感知した魔力を理解できるだけの知識や経験が必要になります」
「そんなに簡単なのか? 実験を繰り返して調べるものだと思ってた……」
「言葉にすると簡単ですが、その場で鑑定できる魔道具は滅多に無いですよ。普通は落ち着いた場所で時間を掛けて、魔道具に込められた魔力を紐解いて行くんです」
マラデクの町で買った魔道具を即座に鑑定できなかったのはそのためか。
「ちなみに偽りの指輪は魔力感知の一部が難しかったので文献と照らし合わせて調べたのですが……あそこまで複雑だと本来は数人掛かりで鑑定する魔道具ですよ」
「思っていたより面倒臭い魔道具だったんだな。つまり、偽りの指輪にはエミリアの理解を超えた仕様があるかも知れない訳だ」
「鑑定結果には自信を持っていますよ。でも、感覚として理解できない部分があった事は確かなので、もしかしたら見逃した能力があるかもしれません」
エミリアが見逃した能力は、精霊石を壊したら精霊力が爆発する謎仕様のことだろう。
俺とエミリアが話をしているとサキさんが一人で帰ってきた。少しぎこちないが、何とか自力で歩いているようだ。
風呂道具を抱えたまま髪を濡らしているので、銭湯に行ってきた様子だが。
「もう歩けるのか?」
「走るのは難しいがの、生活するには問題ないわい」
銭湯で他の客にカルモア熱がうつったらどうするんだと思ったが、男湯の方も早い時間帯なら誰もいないのかな? まあ、行ってしまったものは仕方がない。
見たところ朝立ちも収まっているようだし、体調も悪くはなさそうだ。サキさんにとっては男湯が一番の薬なのかも……。
サキさんが髪を乾かしてから広間に戻ってくる頃には、ユナも作業をやめて広間に集合していた。
ティナが夕食を運んできたところで、俺も本を閉じてテーブルの席に着いた。




