第125話「わらび餅」
「サキさん、起きてるか?」
俺はサキさんの部屋をノックしてみるが、返事が無かったのでそのままドアを開けた。
「うむ……風邪を引いたみたいでの、動けんのだ……」
「まじか」
サキさんはふざけている風でもなく、本気でグッタリしたまま起き上がってこない。
こいつは重傷を負っていても仁王立ちしているような男なので、俺のように構って欲しくて動けないフリをしている訳ではないだろう。
一応サキさんの額に手を触れてみるが、特に熱っぽい感じはしない。
「ちょっと待ってろ」
俺は広間で朝食をとっているエミリアに相談することにした。
「……恐らくカルモア熱でしょう。オルステインの最西端から流れてくる雨に打たれると発症することがあるのです。私も子供の頃にかかりました」
「大丈夫なのか?」
「子供なら一日二日で治りますけど、大人がかかると数日間まともに動けなくなる事もあります。男性の場合は、何と言いますか……長引くと種ナシになることも……」
「感染力は強いんですか?」
「殆ど無いので安心していいと思います」
朝食どころではないサキさんの分をエミリアが意地汚く食っている横で、俺は手早く今後の予定を立てた。
「感染力は弱いようだが、これでティナまでダウンしたら困る。奴の看病は出来る限り俺が引き受けよう」
「種ナシはかわいそうだから、何か手を打ってあげたいわね」
「普通の風邪熱ではないのだろう? 特徴と対処法を教えておいてくれ」
エミリアの話をまとめると、症状としては体を動かしにくいとか、怠いとか力が入らないとか……目まいや頭痛はしないが体の方に症状が出るらしい。
階段から落ちたり、転んだ拍子に頭を打つという事故も多いので、布団で安静にしておくのが一番安全のようだ。
大体のことがわかったので、俺は朝食を後回しにしてサキさんの部屋へと戻った。
「オルステイン特有の熱らしいぞ。思うように動けないのはそのためらしい。何かして欲しいことがあったら何でも俺に言え」
「うむ、では便所に行きたいわい。そろそろ我慢できん」
「……どうにもならん。ちょっと待ってろ」
俺は再びサキさんの部屋を出てティナを呼んだ。
サキさんは今、ティナの浮遊魔法で中腰のままプカプカと空中を漂っている。
俺は宙に浮いたサキさんの手を引いて、階段を下り調理場を抜けて、トイレの便座にサキさんを置いた。
「すまぬがズボンとパンツを降ろしてくれえ」
「む? そこまで動けんのか?」
「足腰立たぬ。尻を浮かすのが難しいわい」
俺はティナに再びサキさんを浮かせて貰って、目を閉じたままサキさんのズボンとパンツを降ろした。
「この辺でいいか?」
「うむ」
これはしんどいな……。
「終わったら合図してくれ」
「うむ」
サキさんが用を足している間に、ティナとユナの二人には暖炉の前を空けて貰って、俺はサキさんの部屋から布団を持ち出した。
「暖炉の前に布団を敷くんですね」
「何かあるたびに二階から移動させるのは効率が悪いからな」
サキさんの布団を暖炉前に移動させた俺は、ティナと一緒に再びサキさんを宙に浮かせて布団の場所まで移動させた。
「サキさんも何か食わんとなあ」
「おかゆでも作ろうかしら?」
「わらび餅が食いたい……」
「うーん……いいわよ」
わがままを言うなとツッコミを入れようと思ったが、どうやら作れるものらしい。
早速ティナはユナを連れて調理場に向かった。
朝食がまだの俺は、すっかり冷えてしまったパンを入れ直して貰った熱いハーブティーで流し込んだ。調理場の方からは大豆の香ばしい匂いが漂ってくる。
俺が自分の食器を下げに調理場まで行くと、勝手口の外で木箱の蓋を押さえたユナと、魔法の杖を振るうティナの姿が目に入る。
「何してんだ?」
「きな粉を作っているのよ。炒った大豆を砕くんだけど、ミキサーの代わりに衝撃の魔法で砕こうと思って」
「大丈夫、行けるはずです。押さえてますから粉々にしてやりましょう!」
俺が食器を洗っている横で派手な破裂音を響かせる二人を見ていると、到底料理をしているようには見えなかったが──。
暫くして木箱の中に入れてある麻袋の中身をふるいに掛けると、炒った大豆はかなり細かな粉へと変わっていた。時折、衝撃の魔法から逃れた無傷の大豆が転がってくるのは愛嬌がある。
「加減は丁度良かったわね。もう少し、すり鉢で慣らしてから味を付けましょう」
きな粉の仕上げはユナに任せて、ティナはわらび餅を作り始めた。
専用の粉が必要なのかと思っていたが、片栗粉と砂糖と水だけでも作れるそうだ。
「ひたすら混ぜる作業なんだなあ」
「そうよ。ある程度火加減は見ないとだけど……ちょっと氷水を用意してちょうだい」
「ほい」
俺は鉄のボウルに氷水を用意する。
火を止めた後も暫く木ベラでかき回していたティナだったが、餅の塊をスプーンですくって氷水の中に漬け始めた。
なるほど、こうやって冷やしたら完成なのか。
「きな粉の方もできましたよ」
ユナはきな粉に砂糖と塩で味を整えてから味見をしている。
もう完成か? 作ると言ってから一時間も掛からなかったな。俺は食器棚から小さな器を三つと大きな器を一つ取り出して調理台に並べた。
器に冷やしたわらび餅を盛り付けて、最後にきな粉を振りかければ完成だ。
広間に戻った俺たちは、サキさんをソファーに移してからローテーブルを囲んでいる。
「一人で食えそうか?」
「うむ。腕くらいは回せるようになったわい」
サキさんは器に口を付けると、流し込むようにしてわらび餅を食った。
「おかわり」
「無いわよ」
味わいもせずに一瞬で胃袋の中へと消えるわらび餅を見ていたティナは笑顔で答えた。
「しょうがない。俺のをやる。一口は食うから待ってろ……」
わらび餅は一度だけスーパーで買ってきたのを食べた経験があるのだが、ネチネチして甘ったるくて正直俺は得意ではなかった。
まあティナが作ってくれたものだから一口くらいは食おうと思っていたのだが、ティナが作ったわらび餅は微かな甘みを残して口の中で溶けるように消える不思議な食感で、俺が知っているわらび餅とは全く違う食べ物だった。
きな粉の風味もまるで違う気がする……俺のをやると言ったが、あれは嘘だ。
「お前は全然味わってなかったから、やっぱあげない!」
「むうぅ~ッ!!」
「……しょうがないわね。私のをあげるわ」
露骨に顔に出たサキさんの前に、ティナは自分の小皿を差し出した。
サキさんは悪びれた様子もなく小皿を受け取ると、今度はゆっくり味わって食い始める。
なぜ最初から味わって食わなかったのか? こいつの精神構造は未だに良くわからない。
サキさんを布団に戻した俺たちは、次なる問題を話し合っていた。
「……ティナの言い分はわかる。今はホモでも気が変わった時に種ナシだと辛いな」
「魔法や薬で何とかならないんでしょうか?」
「金冷法とか言う、キンタマを氷漬けにする健康法があるらしいわ」
俺たちは今、エミリアが言っていたカルモア熱で「種ナシ」になるリスクを減らそうと知恵を絞っている。
とても女の子会議の話題ではないが、仲間のキンタマが大ピンチかも知れないので仕方がない。
「良くわからんが金冷法を試してみるか? 魔法でキンタマを凍らせればいいのか?」
「古代ローマの時代から伝わる健康法らしいわよ」
「私たちじゃ試せないですし、実験してみないとわからないですね。ところで古代ローマって氷は作れたんでしょうか?」
「無理だろうな。冬季限定だったんじゃないかな?」
「……お主ら、本気で言うておるのか?」
サキさんが怯えた表情で布団から顔を出した。仕方がないだろう、ユナも言っている通り俺たちには自分で試せるキンタマが付いてないんだから。
「わしの金玉はカルモア熱如きでやられたりせぬ。心配無用である」
「ほんとに大丈夫か? あとで間に合わなくなっても知らんぞ?」
「大丈夫である」
どうやらサキさんのキンタマは大丈夫らしい。まあダメなときはまた考えるか。
今日はもうどうにもならないので、サキさんも含めた俺たちはエミリアが持参した本を適当に読んでいる。
俺は生活、ティナは技術、ユナは神話、サキさんは歴史……まあ、興味のある分野から読むのはいいことだ。
「どうやら大抵の職業にはギルドや商会があるようだな。冒険者には何もないらしいが」
「そうなの? 冒険者の宿は単なる斡旋業者になるのかしら?」
「何の保証もない職業だし当然だろうな。あと、商人だと所属する商会の間で銀行みたいなサービスが使えるみたいだ……シャリルが大量の現金袋を荷馬車に乗せていなかったのはコレかな?」
「どのページです? 専用の木札ですか……最低額が銀貨10万枚、便利そうですけど発行の条件がなかなか厳しいですね」
「偽造対策だろう。しかしギルドの存在も良し悪しだと思う。実力がある奴にとっては足かせでしかないが、かと言ってはみ出すと立ち行かなくなる。何だか面倒だな」
「新規参入が難しい職業も多いわね。ナカミチが最初から独立して工房を始められたのは魔術学院の根回しがあったのかしら?」
「確か仕事の斡旋は可能って、最初にエミリアが言っていたよな」
どこの世界に行っても社会のしがらみはあるみたいだ。
冒険者の俺たちには今のところ関係ない話だが、一通り覚えておけば交渉の材料に使える場面があるかも知れんな。




