第114話「鉄切りナイフ」
王都周辺で一泊しても良かったのだが、王城の先っぽが見えている場所まで来ると家に帰りたい気持ちの方が大きくなってしまう。
結局、王都に到着したのは夜になってからだ。
人通りの減った大通りを突っ切って客の捌けた冒険者の宿に直行した俺たちは、サドランから受け取った羊皮紙の筒を強面親父に手渡した。
「まあ何とかなったわい」
「……ほおぅ、ちゃんと依頼をこなしたようだな。いいだろう、報酬を受け取んな!」
親父は木箱に入った大きな麻袋を二つ、カウンターの上に置いた。
俺が受け取りのサインをしている間に、サキさんは報酬の入った袋を木箱ごと荷馬車に積み込んでいる。
「今日はここで食って行くから、何か適当に作ってくれ」
「おう、いいぜ」
「それから、大トカゲは出さんでくれ。苦手な子がいる」
「はぁ!? お前ら食ってただろうが?」
「知らなくて食ってたの! いいから抜いて!!」
「ったく、今の時期が一番うまいってのによお……」
強面親父は自分の腕を引っ叩くと、気合を入れて調理場へ向かって行った。
俺たちが五人でテーブルを囲っていると、遅くまで冒険していたらしいパーティーが宿に入ってくるのが見えた。
場違いなドレスを着た三人組だ。一瞬、こんな時間に依頼をしに来た訳アリの依頼人かと思ったが、三人とも武器を手に持っているので冒険者なのだろう。
その三人組を見た親父は暫く大笑いしていたが、やがて台帳を付けると部屋の鍵を渡していた。
「……親父のやつ、大トカゲやめろって言ったら鶏丸ごと出してきやがった」
「でもおいしいですよ」
俺たち五人は鶏の丸焼きをおかずにしていた──。
「あっれ? サキさんじゃん。ミナトたちも一緒なんだ……って、何でエミリアまでここにいるんだ!?」
「誰だ? サキさんの知り合いか?」
「いやいやいや! 俺だって! ヨシアキだよ!!」
ヨシアキは……というか、ヨシアキ、元貴族のウォルツ、盗賊のジェイの三人はドレス姿で化け物のようなメイクをして、更に全員で帯剣しているという物凄いビジュアルで現れたので一瞬本気で誰だかわからなかった。
「凄い恰好ね。何があったの?」
「大した事ではありません。潜入捜査のために変装していたのですよ」
「それは大変でしたね……」
もっと良い方法は無かったのかと突っ込みたかったが、女装の方向に持って行くパターンはウォルツの作戦に違いない。
どうもこのウォルツとかいう元貴族は、前回のヨシアキの話からも想像できるように何かと理由をつけて「女装作戦」に持って行きたがる変態のようだ。
「気持ちが悪い遊び人はどうしたんだ?」
「あいつとは途中で別れた」
「大事な用を思い出したらしい。明日の朝には戻って来るんじゃないかな」
言葉足らずなジェイの台詞をヨシアキが補足する。
「俺たちはこれから銭湯に行くけど、そのうちまたみんなで集まって飲もう」
「わしも銭湯に行くかの」
ヨシアキ、ウォルツ、ジェイ、サキさんの男四人はそのまま銭湯に行ってしまった。
武器はそのまま着替えもせずに銭湯へ行ったけど、帰りもドレスを着るつもりなのか?
「俺たちも帰るか……」
森の入り口で荷馬車を止めた俺は、家から荷車を持って来て、重たい荷物をティナの浮遊魔法で浮かせていた。
「浮いてる荷物を動かすのは簡単ですね」
「全部サキさんに押し付けなくて良くなったのは大きいな」
「エミリアはこれからどうするの?」
「今日はもう遅いので、荷馬車で一度学院に戻りますよ。サンプルもありますし……」
「まあ、今日はお疲れさん」
「あの、それと……つるつるは……明日でも?」
「いつでもいいぞ」
俺たちは荷馬車に乗ったエミリアと別れてから、三人で家の中に荷物を運んだ。
「細かい事は明日やればいいか。今日は風呂だけ入って寝よう」
「そうしましょう」
風呂に湯が溜まるまでの時間に歯磨きをして大きな荷物を元の場所に戻した俺たちは、軽めの風呂に入った後サキさんの帰りを待つことなく寝ることにした。
サキさんの装備は広間に置いてあるが、魔法の明かりは付けたままにしてあるし、自分で何とかするだろう。
翌朝目が覚めた俺たちは、ティナが朝食を作っている間に細かい荷物を整理していた。
なるべくいつでも出られるようにしておきたいので、背負い袋に入れてある消耗品の類も確認しながら収めている。
「なんとか終わったな」
「あとは洗濯だけですね」
冒険中に使った下着を洗濯かごの中に入れて、俺は広間でセルフ放置プレイを楽しんでいるエミリアの元へ向かった。ちなみにサキさんは朝からミシンをしている。
「荷馬車を家まで持って帰ったりするので、つるつるは今晩でも大丈夫ですか?」
「それなら夜食ってから風呂でやるか?」
「はい!」
「何をするのだ?」
「エミリアのチン毛を全部抜くんだよ」
「言い触らさないでください!」
はしたない大声を上げるエミリアをなだめていると、ティナが朝食を運んできた。
今日の朝食は……オニオンスープにコーンサラダと普通のパンが置いてある。
「ごめんなさい。ウインナーが付くはずだったんだけど、マラデクの町で買った魔法のナイフで切れ目を入れようとしたら床に落としちゃったのよ……全部」
「全部?」
「そう、ウインナーを仕損じてフライパンにナイフが当たったときに、フライパンを貫通したから慌てて抜こうとしたら、斜めになって床に落としたの」
『ん?』
ちょっとティナが何を言っているのか良くわからないまま、俺たちは飯を食った。
食後のハーブティーで一息ついた俺たちは、早速今日の予定を話し合っている。
「俺は朝のうちに洗濯かな。もう夜中は乾かんからな」
「わしとユナは馬の手入れで馬工房に行くわい」
「ついでにナカミチさんの工房にも寄ってきます」
「それなら雑貨屋まで送って貰おうかしら? 新しいフライパンを買ってこないといけないわ」
「そんなにひどいのか?」
「見てもらう方が早いわね……」
ティナは調理場からダメになったフライパンを持ってきた。
見ると底の部分の鉄板が数センチにわたって切れている。あのナイフで切れたのか?
「見てて」
フライパンの上に床に落ちたウインナーを置いて魔法のナイフを当てるが、ウインナーは全く切れなかった。
ウインナーが切れない事を全員が確認すると、今度はフライパンに魔法のナイフを当てる。メスのような刃先はフライパンの底をスルリと貫通して、ティナが手前に引くとまるで画用紙でも切っているかのようにフライパンの底が切れ始めた。
「変なナイフだ……」
「斬鉄剣ならぬ、斬鉄デザインナイフだの」
「切れるのは鉄だけなんでしょうか?」
俺たちはユナの疑問を解消するため色んなものを持ち寄って実験したのだが、どうやら金属に類する物しか切れないようだ。
命知らずのサキさんが自分の体にナイフを当てたが、人体は切れなかった。
「うーん……これが武器として使えたら、相手の装備だけを破壊できそうなんだが」
「これだけ刃先が小さいと無理だの……」
「錠前を切るとか、引き出しの鍵を壊すくらいしか思いつかないですね」
「あとは鉄板から手裏剣を切り出して遊んだり……」
「鍛冶職人のナカミチが使ったら大変なことになりそうね」
「あー……」
俺たちは話し合った結果、錠前なら魔法でいくらでも壊せるという結論になったので、このメスのような形をしたナイフはナカミチに譲ることに決めた。
「そうだよな。この世界の道具で鉄を切るのは重労働だもんな……」
「じゃあ魔法のナイフは私が渡しておきますね」
「このナイフは斬鉄デザインナイフと名付けようかの」
「鉄切りナイフでいいんじゃないの?」
俺は魔法のナイフを「鉄切りナイフ」と名付けた。
サキさんとユナとティナが街に出掛けてしまったので、俺は一人で家に残り洗濯をしている。下着だけとはいえ四人分なので結構な量がある。干すのも大変だ。
洗濯が終わったら毛布と布団を干して、広間で家計簿を付けることにした。
まず四人分の秋服が銀貨790枚、家で使う毛布が四枚で銀貨2000枚、暖炉周りの家具が銀貨3760枚、物干し台と竿六本で銀貨70枚、荷車が銀貨1200枚、ドライヤーの制作費が銀貨1380枚、脱衣所に置いた鏡が銀貨1800枚……。
ここまでの合計で銀貨1万1000枚。うわあ……結構使ったな。
それから冒険用のごっつい毛布が五枚で銀貨1500枚、マラデクの宿と食事代で銀貨1400枚、服のクリーニング代と四人の靴を買って銀貨250枚、鉄切りナイフが銀貨1200枚、魔法のリボンが銀貨340枚、効果不明のミスリル銀の鍵が銀貨6870枚となる。
そこから細かい費用を合わせると、全部で2万2760枚を使った。
今回の報酬が銀貨20万枚、手持ちの資産が銀貨32万3780枚だったので、現在の総資産は銀貨50万1020枚だ。
これだけあれば何かあっても安心して冬を越せそうだな。
しかし今回は魔法の矢を25本も使い、一品物の障壁の腕輪まで失った。
報酬の銀貨は20万枚だが、仮に魔法の矢を正規品の価格で計算したら大赤字だ。やはりパーティーの能力が高いほど経費を抑えられるようなので、これからも創意工夫は続けていきたい。
とはいえ、創意工夫のボーダーラインは魔術師の有無で左右されるようだが……。




