第111話「マラデクの町」
宿のロビーでみんなと合流した俺は、サキさんとエミリアにシングルの鍵を渡して、各自落ち着いたら大部屋に集合する手筈にして別れた。
俺たちの大部屋は三階だ。
部屋に入ると八畳くらいの部屋が二つに別れていて、その片方は寝室になっていた。
きれいで清潔感のある部屋だ。宿の人が先回りしたのか、部屋の中を見渡すと複数のランプが灯されている状態だった。
俺とユナは部屋のランプを消して回り、ティナの魔法で明かりを点けて貰った。
「最近あまり気にしなかったが、こう改めてランプの明かりを見てしまうと、ここが異世界なんだと実感してしまうな」
ユナが観音開きの木窓を少し開けてみたようだが、横風が吹いたのですぐに閉めた。
「ちょっと散策に出たかったんですけど、これはもう無理ですね……」
「明日には止むといいわね」
「屋上にテントが張ってあったから後で行ってみるか」
俺が日用品の入った背負い袋から必要な物を別けていると、サキさんとエミリアも大部屋に来た。二人の部屋は二階の隣向かいだったらしい。
「ここには二泊三日の予定だ。明日は自由行動にして、明後日の朝に出発しよう」
「今日はこれからどうするのだ?」
「宿の屋上に行こう。周辺の様子くらいはわかるだろうからな」
俺たちは全員で宿の屋上まで移動した。雷が鳴り響くような天気では誰も屋上には来ないようで、今は俺たちの貸し切り状態だ。
屋上の一部は分厚いテントで覆われているのだが、それでも雨漏りをしている。
「何だか閉店寸前のデパートの屋上みたいね……」
「だのう」
雨が降る日の人気がない場所は独特の雰囲気がある。それに似ているのだろうか?
「宿の横にアーケードみたいな場所がありますよ!」
「これはすごいな」
ユナが指さした場所には、アーチ状の幌と鉄板を交互に設置したアーケード街のような通りがある。それも一つだけではないようだ。
「話には聞いていましたが、私も実際に見たのは初めてです」
「今から行って来てもいいですか?」
「いいけど、夕方には戻って来るんだぞ」
「はい!」
目を輝かせて許可を求めてきたユナは、そのまま走ってアーケードに行ってしまった。
「わしも町の銭湯を探してくるかの。そのまま夕方まで浸かってくるわい」
「好きにしろよ」
「私は宿の浴場に行ってきます。今日で四日入ってないので……」
「汚いなあ……」
ユナは外へ遊びに行き、サキさんは銭湯へ、エミリアどんも浴場に行ってしまった。
俺とティナは何もすることが無いので宿の中を散策していたのだが、宿の中にクリーニング屋があることを知った。服でも靴でも毛布でも、洗濯可能な物なら何でも洗ってくれるらしい。
料金を見るとそんなに高くなかったので、洗ってもヘドロの臭いが完全に落ちなかった全員分の服を洗って貰うことにした。
靴の方は買い直した方が安いと言われたのでその場で廃棄処分したが──。
「王都にもクリーニング屋はありそうだな。厚手の毛布とかは洗うのが難しいから、そういうのはプロに任せることにしよう」
「ユナに言って探しておいてもらいましょう」
宿の大部屋に戻って来た俺は、魔法の練習を始めたティナの隣で今回の戦闘を振り返っていた。
結果的には上手く収まったが、やはり巨大生物を相手にするのは難しい。
相手のサイズが大きければ、一度に動く距離も相対的に増える。あの時、障壁の腕輪が無ければ最悪イカダごとすり潰されていたかもしれん……。
魔法の矢も考えものだ。精霊力を混ぜ合わせると、ろくでもない威力になってしまう。
あんな威力の矢を簡単に作れることがバレたら、もう俺だけの問題ではなくなってしまうぞ。
まあ偽りの指輪がないと作れないので、その辺りのカラクリに気付く人間は殆ど居ないと思うが……。
どちらにせよ、通常武器の限界を遥かに超えるような化け物は遠慮したい。
結局今回は魔法の矢を25本も消費して、障壁の腕輪は崩れ去り、ついでに四人分の履物がダメになった。銀貨1万枚くらいの損失かあ……。
俺が一人反省会をしているとユナが外から戻ってきたので、俺たちはお風呂セットと替えの下着を持って宿の浴場へ行くことにした。
この宿は浴場も清潔感があって好感が持てる。それほど大きな風呂場ではないが、時間が早いせいもあるのか俺たち以外の客は数えるほどしか居ない。
しかも良い宿なので客層もご婦人方ばかり。俺たちは安心して体を洗い始めた。
泥を被ったときは念入りに洗ったつもりだが、所詮はたらい風呂での話。せっかくだから念には念を入れて洗うぞ!
「そう言えば、アーケードの様子はどうだった?」
「凄く賑わっていましたよ。お店の人の話だと、天気が悪い日の方が売り上げがいいらしいです」
「なるほどなあ……」
マラデクの町はアーケードの下に大抵の商店が集まっているらしい。
逆を言えば穴場を探したいときはアーケードから外れた場所を探せという感じで、ユナはわざわざ冒険者の宿まで行って情報収集してきたようだ。
「明日一日で行きたい場所は全部回りたいです。少し遠いですけど魔道具の店もあるみたいですよ。その近くに珍しい装備品を売ってる変な店もあるらしいです」
「どんな装備品かしら? サキさんも連れて行けそうね」
「明日晴れたらみんなで行こうか。魔道具は見たいし、変な店も気になる」
俺たちは互いの匂いを何度も確認しながら、念のために二回も洗って湯船に浸かった。
「そんなに大きくない浴槽だが、少しだけなら泳げそうだな?」
「やめておきなさい」
他の客が居なくなったので、俺とユナはここぞとばかりに泳ごうとしたがティナに止められてしまった。
風呂から上がった俺たちは、一度荷馬車に立ち寄って髪を乾かすことにした。
「サキさんもか」
「うむ」
銭湯から戻って来たサキさんは、魔法の櫛で髪をツヤツヤにしながら髪を乾かしている。
「……ブッ!」
自分の口を押えたユナが横を向いて噴き出した。サキさんの髪がツヤツヤだと、どうしてもツボに入ってしまうらしい。
俺たちは髪を乾かしたあと、エミリアを誘って宿の酒場へ向かった。
ステージを兼ねた宿の酒場は結構な広さがある。食事時ということもあってか、今の時間帯は宿泊客も多い。
見たところ、この時間はバイキング形式になっているようだ。
「うわ、混んでるわね……」
「バイキングか。食い荒らす客層が少なそうだから大丈夫かな……一応メニューからも注文できるみたいだぞ」
エミリアとサキさんは飲み食い荒すと言ってバイキングを選んだが、俺とティナとユナは普通にメニューから選んだ。
飲み食い荒らすってなんだよ……。
俺は肉の煮込みスープとパンを頼んで、ティナとユナも何か似たようなものを無難に注文して食べているのだが、とりあえず酒と料理を全種類持って来て飲み食い荒らすサキさんとエミリアが目の前にいると、だんだん食欲が無くなってくる。
「これを食べ終わったら部屋に戻るわね」
「そうですね……」
「明日は全員で行きたい場所もあるから、飲み食い倒れしないように気を付けてくれよ」
「うむ……」
「らいじょうぶれす(大丈夫です)」
……エミリアの方はダメだな。明日は四人で行動することになりそうだ。
一度大部屋に戻って来た俺たち三人は、寝る準備をして明日に備えた。
「雨が降ってたら荷馬車で、止んでたら馬で移動かなあ」
「大通り以外はそんなに広い道がないので、大きな荷馬車は難しいと思います」
ユナは外の様子が気になったのか、木窓を少し開いて外の様子を見ている。
あれだけうるさかった雷の音は消えて、雨も随分小降りになってきたようだ。
俺とティナとユナは、家より狭くて小さく感じるダブルベッドから落ちないように身を寄せ合って寝た。
翌朝、木窓から外を見ると霧のような雨が降っていたのだが、朝の準備をしてから酒場で質素なモーニングを済ませている間に雨も止んでいた。
「生憎の曇り空だが雨は止んでくれたな」
「では馬を準備するかの」
「ねえ、先に靴を買いに行かない?」
「そうしようか……」
俺とユナは夏用のミュールだし、ティナも夏用のサンダルだ。サキさんに至っては草履なので水を吸っているだろう。このままでは足の指が冷えそうだ。
「エミリアさんは大丈夫でしょうか?」
「あの女は食い意地に負けて失敗したんだ。いつぞやのサキさんのようにな!」
「言わんでくれえ」
なぜエミリアが居ないのかは敢えて語る必要もない。俺たちは先にアーケードの靴屋に立ち寄って、廃棄した靴と同じような物を選んで買った。
「実際に入ってみると大きな屋根だな」
「隣の通りのアーケードには食料品があるんですよ。そこから南に歩いて行くと冒険者の宿があるんです」
「へえ……」
「銭湯はこの通りを北である。アーケードの中にあるので濡れずに済んだわい」
「何だか王都より整備されてて住みやすそうな町ね」
「あっちはごちゃごちゃしてるからなあ」
せっかくアーケードに入ったので、馬を引いてアーケードの端まで練り歩いた後、目的の魔道具の店まで馬を走らせた。
遠いとは聞いていたが実際かなり遠く、道を尋ねながら移動したが殆ど町の外れのような場所まで走ることになった。
「随分遠かったな。おかげでマラデクの町並みを色々見れて良かった気もするが」
「どちらから行きますか?」
「わしは変な店に行きたいわい。魔道具にはあまり興味がないしの」
「サキさんが言うと如何わしい店に感じるな」
「二手に別れましょう。後で変な店に立ち寄ればいいわね?」
「うむ」
サキさんは馬を降りて変な店に一人で向かった。俺たちも馬を繋いでから魔道具の店に入ることにした。




